01-04 草太とスライム
物語が少しずつ、少ーしずつ動き始めます。
まるでズルズル動くスライムのように。
スライムとの共同生活も1週間が経とうとしていた。
『ソータ、餌だよ~♪』
「おう、悪いな」
……飼われてるような気がしないでもない。
が、気にしない事にする。
さて、腹も減ったことだし、飯の時間にしようか。
「なぁ、これなんだ?」
『雑草と塵とネズミだよ~♪』
「……俺が昨日言ったこと、覚えてるか?」
『ムカデとバッタと小石は食べないんだよね?』
「……。 雑草もネズミも食わん」
『塵は?』
「食わん」
『好き嫌いしてると分裂できないよ~?』
「しないわ!!!」
いい加減、俺をスライム扱いするのはやめてほしい。
こいつらスライムは、基本的になんでも食べる。
それこそ、体から出る垢ですら食べるので、俺はこの1週間風呂にも入っていない。
スライムたちがよってたかって俺の体を綺麗にしてくれるからだ。
俺はこれをスライム風呂と呼んでいる。
たくさんのスライムが体中を蠢くのは慣れるまで時間がかかったが、
今ではむしろ極楽気分で味わっている。
スライムとの生活は、そう悪いものでもないな。
むしろイイ!!!
みんなも異世界に行く事があったら、ぜひスライム風呂を体験してみてくれ。
「リンゴ持ってきてくれ」
『わかった~』
基本的に生活に困ってはいないのだが、今のところ食べられるのはリンゴだけだ。
他のものも食べたい……
赤いスライムがリンゴを持ってくるまでの間、
俺はこの1週間を振り返っていた。
* * *
スライムに助けられてから2日間の間は、特に何もせずグータラしていた。
食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活だ。
なぜかスライム達は、初っ端から俺に対する好感度MAXで、いろいろと世話を焼いてくれた。
『餌だよ~』とか言って、干からびたトカゲを持ってきた時にはドン引きしたが。
していたことと言えば、「やわらかい杖」の出し入れくらいか。
後は寝てた。
いや、ね。
一ヶ月間の記憶は飛んでるけど、俺の中ではまだ夏休み始まったばっかりなんだよ。
ゴロゴロしながら何もしない休日を満喫したっていいじゃないか!!!
そんな生活も、3日目ぐらいでやめることにした。
いやさ、テレビもケータイもないこんな世の中じゃポイズンだってばよ。
(つまり飽きた)
3日目、赤いスライムちゃんに頼んで洞窟を探検することにした。
やっぱり俺も男だし、冒険ってやつ? 憧れるよね。
へへへ。
「こっちは?」
『ダメ~』
「じゃ、そっちは?」
『そっちはお外だよ』
「外に出てみようか」
『お外は危ないからダメ~』
俺の冒険終了のお知らせ。
結局、行動範囲は2箇所のみだった。
・元々いた部屋(「スライム部屋」とでも呼ぶか)
・湧き水の泉がある部屋(「湧き水部屋」でいいか)
奥の部屋は行っちゃダメだって言うし、外は危ないらしいし。
ダメって言われると行きたくなるけど、あえて危険に突っ込むのも嫌だしなぁ。
洞窟の天井には亀裂があって、光も空気も問題ない。
仕方ない、今日はこの辺にしておこう。
ちなみに湧き水はおいしかった。
(スライムがゴミを食べて浄化しているらしい)
4日目。
特に行く場所もないので、スライム部屋でスキルを確認して見ることにした。
まずは、既に何度も使っている【鑑定】。
無色透明なスライムを見てみると、次のように表示された。
[種族]
スライム
[種族スキル]
分裂 Lv.MAX
同化 Lv.MAX
溶解 Lv.1
吸収 Lv.1
変形 Lv.1
[能力]
筋力 E
体力 E
魔力 E
知力 E
敏捷 E
つまり、見たものの情報を教えてくれるのが【鑑定】というスキルなわけだ。
スキルのレベルが上がると、効果や威力が変わるってことか?
能力のEなどの記号は、能力の高さを表しているんだろうな。
種族スキルというのは、どのスライムも共通していた。
たまに【吸収】がLv.2のスライムがいたりしたが、スキルの種類に違いはない。
これは「スライムが共通して使用出来るスキル」ということだろう。
後で赤いスライムちゃんにお願いして、試してみるか。
次に、右手中指の指輪を見てみる。
[名前]
やわらかい杖
[杖スキル]
溶解 Lv.1
変形 Lv.1
[説明]
100本に分かれた神の杖の1本。
スライムの能力が宿る。
やわらかい。
「起動」と唱えると杖の形になる。
100本に分かれた、ってことは、他にも神の杖があるってことだろうな。
スライムの能力が宿る。
確かに杖スキルには、スライムの種族スキルと同じ物があるな。
【溶解】と【変形】だけだが。
【変形】は前に試した通り、想像のまま杖の形を変えるだけのようだ。
どうやっても固さはかわらなかった。(やわらかい)
とりあえずおっぱい型にして揉んでみたけど、むなしくなってすぐやめた。
【溶解】は、唱えると杖の先から溶解液?が出てきた。
だいたいコップ一杯分くらいだろうか。
指の先に付いたけど、ちょっとヒリヒリするくらい。
そんなに溶けない。
なんかのモンスターと戦うとしたら、これが主な攻撃手段になりそうだな。
弱いけど。
杖のスキルを試した後は、スライムのスキルを試してみようか。
でも今日はなんか疲れた(スキルを使うとなんか疲れる)から、
スライムのスキル検証は明日だな。
5日目。
今日はスライムの種族スキルを検証してみよう。
さっそく、唯一会話のできる赤いスライムちゃんを呼び出す。
「スライムちゃん、【分裂】できる?」
『今はできないよ~』
「ん? 何か条件でもあるの?」
『いっぱい食べるとできるの~♪』
なるほど、分裂するにしても最低限の栄養が必要ってことね。
他のスキルにも、前提条件があるモノがありそうだ。
「じゃあ、【同化】はできる?」
『できるけど意味ないよ~』
「なんで?」
『ソータは【人語理解】が欲しいの?』
「いや、いらないわ」
この前は白いスライムが同化した時に【鑑定】を手に入れたが。
なるほど。
【同化】すると、個別スキルを譲渡することができるのか。
【変形】【溶解】は杖と同じだろうし、あとは――
「【吸収】ってどんなスキル?」
『うーん、きゅーしゅーするスキル!』
「えっと……実際にやってみてもらえるかい?」
『いいよ~♪』
そういうと、赤いスライムちゃんはズリズリと移動しはじめた。
俺もスライムちゃんの後を追う。
『お外にしゅっぱーつ♪』
「外!? 危ないんじゃなかったの?」
『平気だよ~』
赤いスライムちゃんの後を、無色透明のスライム達が5匹ほどついていく。
どことなく楽しそうな、ピクニックにでも行くような雰囲気だ。
にしても、外は危ないんじゃなかったのか?
例えば俺を外に逃がさないようにするための嘘……
いやでも、今は外に連れて行ってくれるわけだし。
ま、考えても仕方ない。
俺に危害を加えるつもりがないことは、今までのことから分かってるしな。
赤いスライムちゃんの後についていくと、洞窟から外に出た。
少し先の方には泥沼が広がっている。
『あそこでソータを拾ってきたの~』
「ああ、ありがとうな」
でも『拾ってきた』って犬かなんかかよ。
赤いスライムは沼の方ではなく、右手の森の方に進む。
『こっちだよ~』
「こっちには何があるんだ?」
『薬草なの~』
「……それって食べれるのか?」
『もちろん!』
ふむ、薬草か。
食用ってわけではないだろうが、いい加減、リンゴ以外のものが食べたいな。
しばらく進むと、薬草の群生地が見えた。
[名前]
ガナオル草
[説明]
自然治癒力を高めてくれる草。
【鑑定】してみたが、これは確かに薬草だな。
試しに、葉を一枚取り食べてみる。
「にがっ!!」
『どうしたのー?』
「この草すげー苦い……」
『そうかなぁ~?』
「これは食用は無理だわ」
『ねぇソータ!』
「ん?」
『【吸収】できそう?』
「俺はスライムじゃねぇ!!!」
っとそうだ、食欲に負けて忘れていたが、ここにはスキルの検証に来たんだったな。
「赤いスライムちゃん、これ【吸収】できるか?」
『できるよ~』
赤いスライムちゃんがガナオル草の群生地に飛び込む。
そのままモシャモシャと生えている草を食べて……
赤いスライムちゃんの体がほんのり光った。
『吸収したよ~』
「どれどれ」
俺は赤いスライムちゃんを【鑑定】してみた。
すると、なんと――
[種族]
スライム
[称号]
人間の血液を吸った者
[種族スキル]
分裂 Lv.MAX
同化 Lv.MAX
溶解 Lv.1
吸収 Lv.1
変形 Lv.1
[個別スキル]
人語理解
[能力]
筋力 E
体力 E
魔力 E
知力 E
敏捷 E
――うーん、何も変わっていない……。
これじゃただの食事だしなぁ。
でも体が光ってたし、何か変わったと思うんだけど。
ステータスを見ながらうんうん考える。
と、赤いスライムちゃんが近寄ってきた。
『ねーねーソータ』
「ん?」
『【分裂】していい?』
「お、できるのか?」
『うん!』
そういうと、赤いスライムちゃんの体が薄く光る。
丸かった体がひょうたん型になった。
そのまま、にゅ~っと"くびれ"の部分が細くなる。
……赤いスライムちゃんから、緑のスライムが生まれた。
緑?
[種族]
スライム
[称号]
薬草を吸収した者
[種族スキル]
分裂 Lv.MAX
同化 Lv.MAX
溶解 Lv.1
吸収 Lv.1
変形 Lv.1
[個別スキル]
傷薬作成 Lv.1
[能力]
筋力 E
体力 E
魔力 E
知力 E
敏捷 E
【鑑定】してみてやっとわかった。
さっき【吸収】した薬草が、【分裂】するときに継承される、ということか。
となると、赤いスライムちゃんも、俺の血を吸ったスライムから分裂したと……
やっと納得した。
『ソータ、あのね!』
「うん?」
『その子、ソータと【同化】したいって』
「そうか……いいよ、こっちにおいで」
緑のスライムが俺の手の上に乗る。
そしてそのまま、ドロっと溶けた。
――ポン
スキル【傷薬作成】を獲得しました。
キタキタキタ!!!
こうやってスキルを増やしていけば……
俺最強伝説の始まりだ!!!
「よし、試しに……【傷薬作成】!」
……何も起こらない。
『【傷薬作成】は、薬草いっぱい食べなきゃだめだよ』
……マジですか。
ものは試しと、俺は苦いのを我慢し、薬草をたらふく食べた。
あぁ、今となってはリンゴが恋しい。
「今度こそ……【傷薬作成】!」
途端、俺は尿意をもようした。
ま、まさか……ソワソワしながら森の端の方へ行き、ズボンを下げる。
――チョロチョロチョロ……
緑色の液体を出しながら、俺の目からは透明な涙が溢れ出ていた。
6日目。
朝から、何もやる気が起きなかった。
リンゴはもう、飽きた。
スキルも、しょぼいモノしかない。
『ソータ、大丈夫?』
「うるさい」
視界の端に入るスライムにイライラした。
八つ当たりだ。
それは分かっている。
でも……どうして、俺はここにいるんだろう。
本当だったら、もうとっくに二学期は始まっている。
できたばかりの友人と、楽しい高校生活が待っているハズだった。
妹とは、友達のような関係だった。
俺も妹ものんびりした性格で、あまり喧嘩もしなかったし。
周りからは仲良し兄妹と言われていた。
……今はもう、友人とも妹とも、また会えるかどうかすら分からない。
――しとしとしと。
朝から小雨が降っていて、洞窟の天井の裂け目から吹き込んできていた。
濡れて、寒い。
『みゅ~ みゅ~』
『みゅみゅ~ん』
雨を喜んでいるスライム達に苛立つ。
はじめこそ、ゲームのような世界にドキドキしたし、ワクワクした。
でも。
『ソータ、ほんとうに大丈夫?』
「あぁ、大丈夫だから放っておいてくれ」
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
どうやったら帰れるんだ?
父さん、母さん――
気づいたら、俺は泣きながら眠っていたらしい。
目が覚めると、もう夜になっていた。
涙と鼻水で顔がパリパリになっている。
カッコ悪いな、まったく。
『ソータ、起きた?』
「……あぁ」
『大丈夫?』
「うん。 ……ごめん、八つ当たりして」
『平気だよ~』
プルプルと震える赤いスライムちゃん。
俺はそっと両手で持ち、抱きしめた。
「ありがとう」
『なにが~?』
「君がいなかったら、俺は孤独なまま死んでたんだよな」
『?』
「君のお陰で、助かったよ」
『うん! 助かってよかったの~』
そうだよな。
感謝こそすれ、八つ当たりなんて間違ってた。
赤いスライムちゃんは、俺のうでの中でプルプルしている。
『ソータ! ソータ!』
「なんだい?」
『月が見えるの!』
「月?」
見上げると、天井の裂け目から、ちょうど二つの月が並んで見えていた。
『あのね、月は神様なの』
「ほう、神様か」
『そうなの。 あのね――』
赤いスライムちゃんが教えてくれたのは、スライムに伝わる昔話。
2つの月の神様は元々1つだった。
でも、ひとりきりだった月の神様は寂しかった。
『だからね、月の神様は分裂したの』
「それはまたなんでだい?」
『ふたりになれば、寂しくないの!』
「なるほどなぁ……」
『ソータも寂しかったんだよね?』
赤いスライムちゃんは俺にすり寄ってくる。
今、俺はひとりじゃなかった。
こんなにもかわいい、優しい、スライムがいる。
『ソータも分裂しちゃいなよ!』
「俺はスライムじゃねぇ!!!」
俺をスライム扱いするなっ!
と叫びながら、俺は笑った。
心のなかのモヤモヤは、いつの間にか晴れていた。
* * *
そんなこんなで1週間。
ずいぶんとスライム達とも打ち解けたよなぁ。
そりゃ、はじめはビビりまくってたけどさ。
今じゃこいつらが、可愛くて仕方ない。
ん?
なんか入り口から気配がする……
赤いスライムちゃんが、リンゴ持ってきたのか?
特に警戒もせずに待っていると、入ってきたのは――
『ソータ! 逃げて! ソータ!』
千切れて小さくなった赤いスライムと――
「よう、お前か? リンゴ泥棒は」
――斧を持った小さい人間。
ドワーフだった。
早く次を書きたくてウズウズしています。
ウズウズ。