《5話》甘い薬
「まぁ。汚らしい猫だこと」
不意に声が降ってきた。
持ち主を探してみると、いかにも金持ち風の上質な布地で出来た服を着た女が居た。
俺がひと睨みしてやると、そそくさと顔を背けて立ち去っていく。
…ふん。睨み合う勇気も無いくせに、偉そうな口を叩くなっての。
「ワンド、気にするなよ?」
振り返り、ワンドの様子を伺った。
ワンドはニコニコ笑いながら、
「へーきだにゃん!」
と答えた。
俺はホッとして再び歩き出す。
「…うにゃん」
しばらくして、ワンドが元気の無い声で鳴いた。
驚いて振り向くと、ワンドは三角の耳をペタンと垂れさせて落ち込んでいた。
「どこが平気なんだよ」
ぐしゃぐしゃにワンドの頭をかき回すと、人気のない裏道に逸れた。
「ったく」
俺がため息を吐くと、ワンドはますます涙を流し始めた。
「変だにゃ。何で涙が出るのにゃ?」
ワンドはボロボロ泣きながら、不思議そうに首を傾げた。
「《悲しい》からだろ」
妙な泣き方をするワンドの頭を撫でてやりながら俺は言った。
「悲しい?」
「悪口を言われて、嫌な気分になったろ」
「うん。もやもやしたにゃ」
「嫌なモンは、涙になって流れてくるんだよ」
「じゃあ、もっともっと泣くだにゃん!気持ち悪いもやもやを流すだにゃんっ」
ワンドは俺にすがりながら泣いた。
仕方無いから、俺はワンドの背中を撫でるようにポンポンと叩いてやった。
「面倒なもんだな猫人は。普通の奴より言葉に込められた悪意を感じ取っちまう」
「…にゃ?」
「猫人は魔法を使えるだろ?それは《言葉》に込められた力を扱えるからだ。逆にその分だけ影響を受ける」
「?」
「平たく言えば、猫人は言葉に敏感すぎて、ただ一言でさえ、ナイフのように心に傷を負うんだ」
「ナイフは痛いのにゃん…」
ぶるりとワンドは身を震わせる。
こいつ、ナイフで刺された事があるみたいだな。
「まぁ、使いようによっては傷薬に、もなら無くはないんだがな…」
歯切れの悪い言い方を俺はする。
薬が欲しいと言われた日には、俺は絶対にやりたくはない。
「傷薬があるのにゃ?凄く凄く痛いから、欲しいのにゃんっ」
…案の定、ワンドはねだる。
「やらねー!」
つうかやれるわけねぇだろ。
傷ついた心を癒やす言葉だぞ!?
俺に言えってか?
キャラじゃねぇ!!
「…フィストが意地悪するだにゃ。ワンドが嫌いかにゃ?」
またぐずり出すワンド。
あぁ、ちくしょう!
俺はろくに慰め方なんぞ知らねぇーからな!
「ワンド。一度しか言わねぇぞ?聞き逃したつっても、二度目は無いからな!」
「お薬、くれるにゃ?」
俺はワンドの肩を掴み、一旦体を引き離す。
キョトンとしているワンドの涙目をじっと見て言った。
「…愛してるぞ」
言って、ワンドの反応を見るのが嫌で、直ぐに抱きしめた。
…悪かったな、臆病者で。他に慰めの言葉が浮かばなかったんだよっ。
「フィスト」
カリカリとワンドが俺の背中を掻いた。
「アイシテルって何だにゃん?」
俺はがっくりとうなだれた。全身から力が抜けたよ。
「…お前なぁ!人の一生に一度有るか無いかの大告白を無駄にするんじゃねぇよっ」
「アイシテルって何…」
「うるせぇ!繰り返すなっ。それぐらい自分で調べろ!!」
「フィストが意地悪するだにゃあ」
ワンドは耳をペタンと垂れさせてた。
…落ち込みたいのはこちだっての。
俺はため息を一つ吐いた。
「ワンド。クレープ食べに行くか?」
ピンとワンドの耳が跳ね上がる。
「行くー!!」
やれやれ。一気に元気が回復したようだ。
ワンドには慰めの言葉よりも、お菓子一つの方が良いらしいな。
…少なくとも、俺のくれてやった薬の効能が出るまでは、しばらく時間が掛かるんだろうな。
「にゃんは、バナナにチョコチップがいいだにゃ!」
「はいはい」