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拳と杖  作者: ゆーりっど
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《4話》飛竜と渡り鳥

砂漠の真ん中で、二対の足跡が刻まれていく。


辺りにあるのは強い日差しと、乾いた大地。


足を取られて、靴の中にまで砂が入り、疲れた体に余計な付加がかかる。



「疲れたにゃ〜…」


さすがのワンドも根を上げる。


「喋るな。声を出す度に咽が渇くぞ」


腰に付けた水袋チャプンと、小さな音を立てる。

…これが俺らに残された、蜘蛛の糸よりも頼りない命綱だ。



「お〜み〜ずぅ〜」


「よせ、あれは蜃気楼だ。宙に浮いて見えるだろ?」


駆け出そうとしたワンドの襟首を掴んで止める。


俺は自分の声に覇気がない事に気づいて、本格的にヤバいことを知る。




「このまま死んじまうかもな」




ぼそりと声を落とす。

まぁ、人生なんてモンは、案外あっさり幕を閉じちまうんだがな。


「にゃにゃ!?あれも蜃気楼なのかにゃ?」


ワンドは懲りずにまた走りだそうとする。


「今度は何だよ」


「でっかい鳥だにゃ!」


ついにワンドが幻覚を見始めたかと、本気で心配した。


だが、よく見れば、砂漠の起伏の向こうにそれはあった。


「あれは飛竜タクシーだな。丁度良い、水を分けてもらおう」


内心、これで助かったと小躍りしたい気分だ。

俺の計算ミスで、砂漠を渡るには、圧倒的に水が足りなかったんだ。




「すみません」


飛竜の元にたどり着くと、その巨体の陰で休む老人に声をかけた。


「た、助かった!」


俺はセリフを盗られてしまった。

老人が前のめりにこちらに駆け寄ってくる。


「アンタら《ドロップ》を持ってるかね」


《ドロップ》ってのは、薬草を砂糖で煮詰めた物のことだ。

つまり、回復丸。


「あるにゃん」


ワンドは自分の肩掛け鞄から大量のお菓子を取り出した。

出るわ出るわ、あめ玉、ちょこ、ラムネ、どこに隠し持ってたのやら。


「ワンド。お菓子じゃなくて、水を持って来いよ!」


思わずそう突っ込まずにはいられない。


「しかし、助かった。これだけあれば、コイツの怪我も治せるってもんだ」


ワンドからお菓子を貰うと、老人は飛竜に口を開けるように促した。


なるほど、よくよくみれば飛竜の翼には風穴が空いていて、そこに砂漠の砂が張り付き、強い日差しにさらされている。


「痛そうだにゃあ…」


ワンドが三角の耳をペタンと垂らした。


ワンドのお菓子を飛竜に与えると、風穴は見る見る塞がっていく。

これが《ドロップ》の威力だ。


「どうだろう。お礼にオアシスの町まで乗って行くかね」


願ってもない申し出だ。

飛竜タクシーなんてものは、運賃が高すぎて一般人の乗れるシロモノじゃない。

それに、砂漠を歩かなくて済むのならば、それに越したことはない。


「是非、そうさせてくれ」




バサリと蝙蝠型の翼が大空に広げられた。

風を切り、ゆったりと前進していく。


熱い日差し避けか、パラソルまで付いてて、なかなか快適だ。


熱を帯びた風が髪を掻き上げていく。


「スゴいだにゃん」


興奮気味のワンドがバタバタと飛竜の背中を駆け回ってる。

落ちてはたまらないと、俺はワンドのしっぽの端を掴んで引き寄せた。


「まったく」


ため息を吐く俺とは対照的に、ワンドはこの感動をどう表現したものかと、両の手を大きく広げた。


「気持ち良いにゃん、フィスト!まるで鳥になったみたいだにゃん。生まれ変わったら、絶対鳥になろうねっ」


「俺も一緒なのかよ」


俺はワンドの頭を撫でるように、ぽんぽん叩いた。


と。間にやら渡り鳥の群れの中に、紛れていた。


飛竜の巨体が、小さな鳥の中に紛れている。


ぎゃーす。


独特の鳴き声を上げて、飛竜は何かを老人に伝えた。


「そうかい」


老人は飛竜の言葉を理解し、たずなを右に引いた。


「何て言ったんだ?」


「鳥達が、このまま行くと竜巻にぶつかると教えてくれたらしい」


「へぇ」


それから老人俺とワンドを横目で見た。


「旅人のアンタらにするのもなんだがね、一つ面白い話をしてあげよう」


老人はもったいぶって言った。


「何かにゃ」


わくわくした様子で、ワンドが俺を見上げてきた。

俺は顎で老人を指した。


「よく、鳥は自由だと言うが、本当にそう思うかね?」


「違うのにかにゃ?」


「確かに、空を飛ぶことは出来るが、実はさほど自由じゃないんだ。

強風一つでバランスを崩し、地に転落する事もある。

ほら、あの渡り鳥のリーダーが居るだろう?そう、交差模様の鳥だ。

あれが右に行けば群れは右に流れ、左に行けば左に流れる」


実際、鳥達はリーダーに従い風に乗っている。


「リーダーは風を読み、群れを動かさねばならない。

リーダーの指示が間違えば、群れは目的地にたどり着くことはなく、意志半ばに潰える事となる」


「大変だにゃあ」


「そう、大変なんだ。しかも、風は常に一方方向という事は無く、弱い日も強い日もあるし、そうそう天気も気まぐれだからね。

空を飛ぶのは、決して楽ではないんだよ」


老人は飛竜の首をさすった。

長年飛竜の背に乗る者だからこそ、重みを持つ言葉だ。


「…アンタらは、それでも鳥になりたいと思うかね?」


アンタら、と複数系な割に、老人は俺を見ている。


俺はワンドと二人で旅をしているが、子供のワンドを守らねばならない立場にあり、いわば、あの渡り鳥達のリーダーと同じ立場にある。


…つまり、老人は俺にうまく空を(世界を)羽ばたける(渡れる)のかと、遠回りに聞いているのだ。


「へっ」


俺は鼻で笑ってやった。


「空のない檻ン中には興味は無い。うまく飛べずとも、俺はこの空を羽ばたきたいんだよ」


老人は満足そうに笑った。


「良い答えだ」


はいっ!とワンドも大きく片手を上げた。


「にゃんも!鳥になりたいにゃん」


…コイツ、絶対言葉の裏にある会話を理解してないな。

ま、ワンドらしいトコなんだがな。


老人は楽しそうに肩を揺らした。


「そうかい、そうかい。いいね、きっとアンタらはうまく空を飛べるだろうよ。――おっと、オアシスの町が見えてきたね。そろそろお別れだ」


名残惜しそうに飛竜が空を一回転すると、緩やかに滑降を始めた。


短い空の旅はこれで終わりだ。


また、いつものように地上を歩いて旅が始まるだろう。


…俺らにしかない、自由という翼を持って。



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