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拳と杖  作者: ゆーりっど
3/6

《3話》4月の桜


桜の木がずらりと並ぶ道。

ひらりひらりと風になびいて、淡いひとひらが舞い落ちる。




出店の喧騒をやや離れ、大きな桜の下に俺とワンドがいた。


ワンドは降る花びらを追いかけ、何とか地面に落ちる前に捕まえようと、腕を青い空にかざしていた。


目を細めてぼんやりと遠くを見る。


そのまま、まどろみの中へと意識が沈んでいく。



「うにゃ〜」



不意にワンドが悲しげな声で泣いた。

俺は驚いて一気に眠気が吹き飛んでしまう。



「どうした?何かされたのかっ」



一瞬、夢の中に沈んでいた隙に、何があったんだ?


しかし、ワンドは不思議なことを言い出した。


「ねぇ、フィスト。風はどうやったら止まるのにゃ?」


「は?」


思わず目を丸めてしまった。

どうって、壁とか作れば、避けられはするだろうし…。いや、そんな事はどうでもいい。


「どうして風を止めたいんだ?」


「花びらを散らすのを辞めさせたいんだにゃん」


そう言ってワンドは桜の木を見上げた。

悲しそうに細い眉を寄せて、降る花びらを一つでも多く回収しょうと、ぴょんぴょん跳ねた。



俺はふと、子供の頃に、散っていく桜の木を見て泣いてしまったことを思い出した。


華やかに咲いてたものが、翌日に降った雨のせいで一気に散ってしまい、あまりの変貌ぶりに俺は呆然となった。


――花見をする暇もなかった。

全てはあっという間の出来事だ。


俺は散ってしまった桜の、あまりの弱さと儚さに、無性に悲しみが溢れてきた。


何故、そんなにも死に急ぐのだろう。

どうして、もっと強く生きられないのだろう。

何故…。

どうして…。




でも、そんな事を思ってたのは、本当に子供の頃だけ。


いつの間にか、そんな悲しみなど忘れてしまっていた。



桜なんてものは毎年咲くものだし、桜を全く見ない年だって何度もあった。


――いつ頃からだろう、散ってしまうのが当たり前に感じるようになったのは。





「ワンド、夏は好きか?」


「にゃ?好きだにゃん暑いけど、冬の寒さに凍えるよりは、安心して眠れるだにゃあ!」


「夏になると、桜の木には緑の大きな葉っぱが陰を作るだろ?そこで涼むのも悪くない」


「木陰は好きだにゃん!」


「桜は花を散らして葉を作り、

葉を散らして花を作る。

――つまり、新しい葉を付ける準備だから、悲しむ必要も風を止める必要もないんだ。

ただ今は、この鮮やかな花吹雪を楽しめばいい」


我ながら、わけの分からない言い訳だと思う。

それでも、ワンドが悲しそうな顔をしたままなのも心苦しかった。




「フィストは物知りだにゃあ!」


しかし、ワンドは新たに知った知識に、興奮した様子で頬を紅潮させた。


ワンドが単純で良かったよ。




それからワンドは、集めた花びら達を、景気良く空へとばらまいた。


「きれいだにゃ〜」


「そうだな」


ばらまいたワンドだが、やはりその背はどこか寂しそうに桜を見つめていた。

俺はぽんとワンドの頭に手を置いた。


「出店で団子でも買うか!」


「にゃ!みたらし、ゴマ、あずき〜♪」


「馬鹿、一つだ!そんな欲張るなっ」


「フィストのけちぃ」


「けち言うな!」



などと二人で騒ぎながら、出店の人混みの中へとなだれ込んでいく。


俺はふと、桜の木を振り返る。さわさわ風に揺れ、ひらりひらり桜が舞い落ちる。


やはり、あるものが散るのは悲しい。

たとえ、何度巡ろうとも。




…やれやれ。ワンドのせいで、妙に干渉的な気分になってしまったようだ。



俺は何となく桜の木に一礼をした。



「フィスト、何してるんだにゃ?」


「何でもねぇ。行くぞ」


「にゃん♪やっぱり、みたらしが良いだにゃんっ」


「へいへい」


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