《3話》4月の桜
桜の木がずらりと並ぶ道。
ひらりひらりと風になびいて、淡いひとひらが舞い落ちる。
出店の喧騒をやや離れ、大きな桜の下に俺とワンドがいた。
ワンドは降る花びらを追いかけ、何とか地面に落ちる前に捕まえようと、腕を青い空にかざしていた。
目を細めてぼんやりと遠くを見る。
そのまま、まどろみの中へと意識が沈んでいく。
「うにゃ〜」
不意にワンドが悲しげな声で泣いた。
俺は驚いて一気に眠気が吹き飛んでしまう。
「どうした?何かされたのかっ」
一瞬、夢の中に沈んでいた隙に、何があったんだ?
しかし、ワンドは不思議なことを言い出した。
「ねぇ、フィスト。風はどうやったら止まるのにゃ?」
「は?」
思わず目を丸めてしまった。
どうって、壁とか作れば、避けられはするだろうし…。いや、そんな事はどうでもいい。
「どうして風を止めたいんだ?」
「花びらを散らすのを辞めさせたいんだにゃん」
そう言ってワンドは桜の木を見上げた。
悲しそうに細い眉を寄せて、降る花びらを一つでも多く回収しょうと、ぴょんぴょん跳ねた。
俺はふと、子供の頃に、散っていく桜の木を見て泣いてしまったことを思い出した。
華やかに咲いてたものが、翌日に降った雨のせいで一気に散ってしまい、あまりの変貌ぶりに俺は呆然となった。
――花見をする暇もなかった。
全てはあっという間の出来事だ。
俺は散ってしまった桜の、あまりの弱さと儚さに、無性に悲しみが溢れてきた。
何故、そんなにも死に急ぐのだろう。
どうして、もっと強く生きられないのだろう。
何故…。
どうして…。
でも、そんな事を思ってたのは、本当に子供の頃だけ。
いつの間にか、そんな悲しみなど忘れてしまっていた。
桜なんてものは毎年咲くものだし、桜を全く見ない年だって何度もあった。
――いつ頃からだろう、散ってしまうのが当たり前に感じるようになったのは。
「ワンド、夏は好きか?」
「にゃ?好きだにゃん暑いけど、冬の寒さに凍えるよりは、安心して眠れるだにゃあ!」
「夏になると、桜の木には緑の大きな葉っぱが陰を作るだろ?そこで涼むのも悪くない」
「木陰は好きだにゃん!」
「桜は花を散らして葉を作り、
葉を散らして花を作る。
――つまり、新しい葉を付ける準備だから、悲しむ必要も風を止める必要もないんだ。
ただ今は、この鮮やかな花吹雪を楽しめばいい」
我ながら、わけの分からない言い訳だと思う。
それでも、ワンドが悲しそうな顔をしたままなのも心苦しかった。
「フィストは物知りだにゃあ!」
しかし、ワンドは新たに知った知識に、興奮した様子で頬を紅潮させた。
ワンドが単純で良かったよ。
それからワンドは、集めた花びら達を、景気良く空へとばらまいた。
「きれいだにゃ〜」
「そうだな」
ばらまいたワンドだが、やはりその背はどこか寂しそうに桜を見つめていた。
俺はぽんとワンドの頭に手を置いた。
「出店で団子でも買うか!」
「にゃ!みたらし、ゴマ、あずき〜♪」
「馬鹿、一つだ!そんな欲張るなっ」
「フィストのけちぃ」
「けち言うな!」
などと二人で騒ぎながら、出店の人混みの中へとなだれ込んでいく。
俺はふと、桜の木を振り返る。さわさわ風に揺れ、ひらりひらり桜が舞い落ちる。
やはり、あるものが散るのは悲しい。
たとえ、何度巡ろうとも。
…やれやれ。ワンドのせいで、妙に干渉的な気分になってしまったようだ。
俺は何となく桜の木に一礼をした。
「フィスト、何してるんだにゃ?」
「何でもねぇ。行くぞ」
「にゃん♪やっぱり、みたらしが良いだにゃんっ」
「へいへい」