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シリアスシリーズ

つくりすぎたサーターアンダギー


 大地震の被災地の方たちに向けてと考え、『あざとくない呑気な話』を目指し、結果、本当にどうでもいい話になった。嗚呼。

 …どうぞ。




 今日は最悪の日だった。

 さっき、高校の時から付き合っていた最愛の彼女に別れを告げられたばかりだ。

 理由を問いだたすと彼女、葵は俯いて、「ごめんなさい……」と言った。




挿絵(By みてみん)




 俺は何も言えなかった。

 何故か、『戦場のメリークリスマス』の原曲が俺のなかで流されてる。昨日テレビで映画を観ていたせいだろうな。世話になってる同級生が借りてきたDVDを一緒になって観てたんだ、朝までな。


 今にも雪が降りそうな街の雑踏をひとりで歩きたかったもんだが、通行する人が多いし、繁華街だからって店は多いし。店頭の売り込みで間も与えずうるさいし、車も時々無茶な運転してるし横断するにも往来が激しく真っ直ぐには歩けねえっての。

 情報は飛び交うわ空気は汚れてんだわ障害物が多いわで。俺は、横断歩道を渡りながら静かに過ごせそうな所を懸命に探していた。


 思いついた所、というよりも辿り着いたのは、大きな深緑公園だった。

 奥には煉瓦造りや建てた形式がレトロな建物があって、鉄道を模した看板やらも見えている。


 俺はそこからは離れて、できるだけ人がいなさそうな道を選んだつもりで歩いていくと、奇妙な出店を見つけてしまった。

 白いクロースが掛けられた机に添うように、『おさまって』いる丸っこい人間がいる……丸っこいのは被っている黒い頭巾のせいでそう見える、若い、恐らくは女の子だろうが、大人しく座っていた。


 このまま歩いていくとどうにもその前を通らなければ進めない。俺は知らん顔で通りすぎてしまおうと思った、だが俺は立ち止まってしまう羽目になる。

「お兄さん、ちょっと寄っていかない?」

 話しかけられてしまった。

「俺?」

 この場に俺しかいないことは分かっている。「だって何だか暗い顔してる」初対面でいきなり指をさされてしまった。


 観察してみれば、その女の子は占いをしているらしい。机の上に立てかけられた小さな看板には『占います』や、料金表が書いてあった。1回は3000円、恋愛運とか対人運とか超人運とかの専門はプラス1000円で上のせらしい。3000円か……。

 貧乏浪人生の俺には出したくない高い金額だ。できれば無視したかった。

「占いには興味ないですが」

「彼女にでもフラれたか?」

 俺と占い師の声が重なる。息が詰まりそうになった、フラれた……何故それを。

 そんな俺の挙動を見て楽しいのか、占い師は微笑んでいた。「まあ、占い師ですから」と、たいしたことでもないように手を振っていた。

「特別料金1000円で占ってあげるよ?」

 にこにこしながら俺の返事を待っている。

「1000……」

 いきなりの値下げだ。3000円からしたら、半額以下。お得だった、だが。

 俺は疑わしく眉をひそめる。

「何を占うつもりですか?」

 信用できない。

「そうだな。今後の未来かな」

 未来? 俺は益々機嫌を損ねていった。

「一浪で、知り合いの所に居候して世話になって、彼女にもフラれてきて。全然いい所無いですけど。それでも明るい未来がありますか?」

 完全に八つ当たりになっているのは分かっていた。大学入試に失敗し、金も無い俺は、何とか頑張ろうとバイトを2件、掛け持ちで予備校に通いながら必死になってやってきた。付き合ってきた葵とは連絡が途絶えがちになったが、きっと分かってくれると思い込んでいた、なのに。


 不安で仕方がないの……将来のこととかも……。


 葵は涙を浮かべて訴えていた。ああ、これは終わりだなと俺は思った。

 せめて金があったらバイトなんかせずに、葵と一緒にいる時間を多く過ごせたというのに。残念ながら、今の俺には葵のことを考えていてあげれる余裕が無かった。

『さよなら』と、誰も責めずに俺たちは終わった。誰も。金さえあれば……。


「あるでしょ、もちろん。今がしんどいだけで」


 ハッと、俺は相手の顔を見た。占い師の、能天気な顔面が俺の目に映っている。明るい未来があるかと言う俺に対し軽く言われたようで俺の不機嫌さは消えず、この能天気さが俺には罪に思えて仕方がない。

 さらに占い師は交渉をかけてくる。

「占っていいかな? 何なら500円にしとくよ」

 どうしても占いたいのかよ、と言いたい。何故に金額が下がっていく。一体どういうつもりなんだかな……。

「別にいいけど。どうぞ」

 無神経さに呆れた俺は折れて、手を差し出した。

 何かもうどうでもいいや。

 これから行くあても無い。両親のいない俺が帰れる所は、高校の時の友達の住んでるアパートだ。楽しんでやってるようだが正直、居候が肩身窮屈で帰り辛い。だから自然と外にいることが多くなる。ひとりでこれから泣けれる場所を探したいのに、何処へ行っても人がいる。寒い、腹も減る。ひとりになるのが難しいのなら、いっそ気が紛れるように遊ぶ方がマシなのかもな。

 占い師に付き合ってやるか。

「手は要らないよ。顔をよく見せて」

 俺は言われた通りに手を下げて、楽な姿勢をとった。

 俺がイスに座り落ち着いたのを見届けた後、占い師は真正面で俺を捉えていた。占い師の目は意外にも綺麗だったと思う。何を考えているのかさっぱりと分からないけど。


「暫くは、彼女できそうもないね」

 明るい未来が待ってそうなことを言いながら、反したことを言ってやがる。何のつもりなのか。

「君は、『選択』をするとしたらどうだろう。愛と金、どちらを取る?」

 占い師は俺に謎の問題を突き出した。愛と金? どちらかを選べって?

「金かな……今は」

 女にフラれた身となっては。愛があれば大丈夫どんな困難も乗り越えられるなんて言えたものか。俺は彼女が好きだったのに、将来が不安だというだけで別れを持ち出されるような、安っぽい恋や愛。一度は、やり直せないのかと言った。一方通行の想いや愛情は、相手にとって重荷だ、そんなことは知ってる、でも。

 でも葵は首を縦には決して振らなかった。

 結局俺は何も言えなくなって、逃げるように別れてきた。もう、2人に未来はない。

「きっと愛とかじゃなくて……金なのさ」

 俺のこの失望感を救ってくれるのは、信用できる人間ではなくて、信用できる『金』なんだろう。人間なんてこの占い師みたいに、何を考えているのか分からない。

 視界がぼやけてきた。そういえば腹が減った。昼飯を食べてないことに今、気がついている。

「人間て色々と間違うんだよねえ。質問も実は、間違っていたりするんだけど。失礼」

 能天気そうな占い師は言うと、机の上にあったトレーの上に被さっている布に手を伸ばした。被せてあった布を取ってめくると、さらにラップがかけられていて、置いてあった物が見えた。

「サーターアンダギーです」

 見せながら、『それ』を1個つまんでいる。お菓子だなとは、においですぐ分かったが、サーターアンダギー。沖縄のお菓子で、揚げドーナツのことだ、知ってる。球状だが、少々いびつだ。モコモコとして雲でも千切ってきたんじゃないかと思う。

 サーターアンダギー、何でこんな物がここに。しかも1つ2つじゃない、大量にトレーのなかにある。「手づくりでしてね。1個100円です」売り物だったのか?

「これが『愛』で、こっちは『金』としよう」

 サーターアンダギーを1個、もう1個と取って前に並べた。2つのサーターアンダギーがコロンと転がった。

 占い師は神妙な面持ちで、俺に語りかけた。同じ質問を。


「きっと『愛か金か』で、どちらを選択すべきか大概は迷うことでしょう。両方を選べたら良いのでしょうね。しかし片方を選択しなければならない切羽の詰まる決断の時がある。つまりは、そうだな、生きるか死ぬかを迫られた時。愛を取れば生活ができなくなり飢えて死に、金を取れば裕福だけど愛は薄れて無く生きる。さあ、どっちを?」


 2個のサーターアンダギーと俺を見比べていた。俺は……。

「だから、まあ、金かな、と」

 生きる方を選ぶ。好きな女に祈ってたって振り向いてくれるとは限らない、一緒になったってこんな金の無い俺、どうせ金のある方へと逃げてもっていかれるんだ女は。財力のある方へ。俺だってきっと女なら、金のある奴の方がいいって言うに違いない。

 返事をすると、含み笑いをした占い師がもう1個、横からサーターアンダギーを取って手元に置いた。「選択肢は1つじゃなかった。失礼」

 1つじゃない?

 占い師は、得意そうにしてみせた。

「こんなにも山盛りでサーターちゃんはあるけどさ。愛と金と、もうひとつ。選択肢を加えてみちゃおうかな。何だと思いつく? 例えば」

 俺には全然分からなかった。何も思いつかない。

「知恵だよ」

 占い師はサラッと言った。

「愛だけじゃ生きていけない。金だけあってもつまらない。じゃあ、両方を使いこなす『頭』がいると思わない?」

 頭……?

 俺のなかで、ハートとコインとマグロの頭が思い浮かんでいた。


 占い師は、また取ったサーターアンダギーを手元に置いたが、それは先に置いた2個の直線上じゃなく、上から見ると三角形を作るように置いた。それぞれのサーターアンダギーが寄りあっている。

 三角形ができたが、占い師はまた1個、取って三角形の『上』に置いた。これでサーターアンダギーの小山ができたらしい。


「土台になった3つはよくバランスがとれていて、貴方はその上に乗っかっている。でもどう? 土台になった物のうち、1個でも取れば、バランスを失い貴方は崩れてしまう。でも元々、知恵も金も全部あんまり無いかもね。まだまだ地面に近くて低くて小さいサーターアンダギー」


 確かに今の俺には、知力も無い金も無い、女にもフラれて。散々だ。

 俺は占い師に馬鹿にでもされているのだろうか?


「愛と金と、バランスを保とうとする知恵。忘れないで。愛も金も要るんだよ。愛だけ金だけが偏って全てじゃない、他にも土台になる代わりはある、ってことを言いたかっただけ」

 

 それが例えば知恵か? ふうん……

「ひとまず、お勉強しろってことかよ」

 来年の大学試験を思い浮かべながら悪態をつく。明日も予備校だ、バイトも1件入ってる。葵がいなくなったこれから、俺の土台は減った。いや、これで良かったのかもしれない。俺は受験に集中して、愛はまた後でゆっくり探すさ。何処かにあるのかもしれない愛。

「ありがとよ。じゃあ、それ4つ」

 俺はトレーのサーターアンダギーを指して占い師に頼んだ。「まいどー、400円」陽気な占い師はビニル袋に1個ずつ入れてった。俺は占い料金と合わせて金額を支払い、帰りながら早速1個のサーターアンダギーをすきっ腹へ、口に入れた。

「不味い」

 どれだけの砂糖を入れたのだろうか。かなりの不味さだった。



 ・ ・ ・



 夕方になり寒くなってくると、占い師は店じまいを始める。占い師にひとりの女性が近づいていき、親しげに話しかけていた。

「それって、まさかウチの子が作ったサーターアンダギーじゃ」

 机の上のトレーに気がつき、女性は信じられないといった顔で口を大きく開けている。

「1個100円。結構減ったでしょ。良かった良かった」

 占い師は片付けの手を休めずに、うっしゃっしゃと笑っていた。「あんな失敗作を……呆れた……」女性は、頭を抱えていた。

「可愛い姪っ子が一生懸命に作ってくれたんじゃないか。それに、要は売り方だよ、売り方」

「貴方よく値引きしてるじゃない。儲かってるわけ」

「始めから高く売ろうなんて思ってないよ。サーターなんて処分できたらいいんだから、タダでもいいくらい。結局、お金が入ってんだからいいの。要は考えよう」

 女性は腕を組みながら、うーん、と、唸るのを止めなかった。占い師はそんな女性を見ながら楽しそうにウインクして、自分の手の平を広げてみせた。

「まだまだ死ねないよぉ」

 長々と、占い師の生命線は緩やかに伸びている。



《END》




 ご読了ありがとうございました。



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