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堕天使の君と、恋に堕ちるまで  作者: ラストジェネレーション


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第五話 不幸の理由②

 堕天使は、貧民街で見つけたある一人の女性を懐柔させ、自身の仲間へ引き入れる事に成功した。彼女の名前はエリナというらしい。


「エリナ。これからよろしく!」


「あ、はい..」


 当惑する彼女に対し、ミカエルは優しく接していた。最初の勧誘の時はあれだけ厳しかったのが嘘みたいだ。


「よーし! 新しい仲間も加わったし、今日は遊びましょう」


「天使がいつ襲って来るかもしれないのに....」


「それはそう。でも、まずはエリナのための服を買って、髪を整えて..」


「......後回しで良いでしょ。そんな事」


「......。そ、そうですよ! 彼の言う通りです。天使を倒すのに、私の身嗜みを改善する事なんて何の意味もありませんよ!!」


「..? 意味もない事を私がすると思う?」


「え......」


 そう言った後に、堕天使はハサミの所在を問うた。


「あ、ハサミですか? 髪はいつもは自分で切ってるので、上の階の引き出しの中に入っていますよ。それがどうかしましたか?」


「結構伸びてるよね、髪の毛。それに撥ねてるよ。私に切らせて」


「あ....」


 エリナは僕の方を向いて、申し訳なさそうに頷いた。彼女自身のために時間を割く事を許して欲しいと、同意を求める視線だった。


「別に、好きにすれば..」


「あ、ありがとうございます!」


 了承を得たので、気に留めるものもない。エリナは子供のようにはしゃぎ、技量の定かではない堕天使の散髪を喜んでいた。


「うん。最低限のカットは終わったよ」


「す、凄い..。生まれ変わった気分です」


 僕はソファにもたれかかり、そんな二人のやり取りを聞いているだけ。酷く退屈な時間は小3時間ほど続いたが、エリナの反応は徐々に明るくなっていた。


「ずるい....」


 自分でも、何でそんな言葉が出たのか分からないでいた。胸の内に不快感が蓄積されていく。誰かから愛されて、その上堕天使からも丁寧に扱われてーー


 僕は、嫉妬しているのか? その事実を受け入れたくなかった。彼女は自分と同じだと勝手に決め付けて、仲間意識を抱いていた。


「お、今日は閉まってるなぁ」


 とその時だった。扉の向こうで、しゃがれた声の男が二人で話し合っていた。


「やめとけよ。ここ、評判悪いぜ。金を払えば誰にでもマタを開く女だって」


 何の話をしているかは分からなかったが、エリナの事を陰で馬鹿にしているのだけは理解出来た。その後も、男は聞き慣れない単語を羅列していく。


「はははっ」


 下卑な笑い声で、僕の胸にも不快感が込み上げた。でも、エリナはこういう男相手に何かをしているのだと理解できた瞬間、彼女への劣等感は消えた。


「ぷっ..。あははは!」


 気づけば僕も笑っていた。酷く気分が良かった。扉の外の男達がいなくなっても、自分の顔は引き攣ったままだった。


 エリナが階段を降りてやって来たのは、まさにそのタイミングだった。

 

「ど、どう?」


「........」


「やっぱり私の予想通り! 可愛いよね、ね!」


「べ、別に....」


「え?」


「そ、そこまで綺麗かな..? 僕には、あまり変わってないように見えるんだけど。というか、見栄えが多少良いからって何の役に立つのさ..?」


「....そうかな? 私の技量が足りなかった?」


「ま、まぁ..。彼の言ってる事は事実ですし..。でも私は気に入ってますよ! お金も払ってないのにやってもらって、申し訳ないです」


「なら金じゃなくてマタを開けば良いじゃん。誰にでもやるって、さっき聞いたよ」


 僕がそれを言った瞬間、場の空気が急速に凍り付いた。理由も分からずにエリナの方を向くと、彼女は失望と軽蔑の入り混じった目で僕の事を睨んでいた。


「どうしてそんな顔を..」


 パシーー


 その音と共に、僕の頬に衝撃が走る。堕天使に叩かれたらしい。その後も、ミカエルは僕の事を何度も何度も殴り付けた。


「最低だ。こいつ....」


「ま、待ってよ! どうして僕を殴るの? 理由を説明してよ!」


「......え?」


 堕天使は静止した。何かを察知したらしいが、当のエリナの方は侮蔑の視線を緩める事なく、口角を歪め、吐き捨てるように呟いた。


「そんなのお前の頭で考えろ。クズ....」


「......」


「ミカエルさん。今日はいろいろお世話になりました。でも、貴方達に協力するという件は無かった事にして下さい。そこの男と、もう二度と関わりたくないから」


「ご、誤解です!!」


「良いから帰って!!」


 そのあまりの剣幕に、怖くなった僕は家から飛び出した。疲れない身体なのに、出た直後から胃の周辺部が痛み出して、そのまま動けなくなった。


「ちょっと、どこに行くつもり?」


 堕天使もすぐに追いついてきた。僕の隣に座って、返事を待っている。


「....。ここから遠い所に、一刻も早く逃げ出したい。どうしてあんなに嫌われたのか分からない。憎悪を向けられた原因が理解出来ない....」


「......」


「そういえば、君にも散々殴られたよね。ミカエルも、僕の事を嫌いになったの..。ねぇ..、どうして..? どうして僕は、皆んなに嫌われるの........」


「そんなの、私にも分からないよ」


「え..?」


「自分が皆んなに嫌われてるとか、愛されてないとか。想像は出来ても、完全に把握する事も、逆に自分の事を好きにさせる術も持ち合わせていない」


 けどーー


「私は誰かを愛したり、好きになる事は出来るんだ」


「......。堕天使が、まともなこと言うなよ......」


 涙が止まらなくなっていたのは、彼女の発言が完全に図星だったからだ。僕は誰にも愛されないなどと言っておきながら、逆に、誰かを愛する事は出来たのか?


 答えはノーだ。僕は臆病者だ。こんな場所で、酷い事を言ってしまったエリナに謝罪の一言もなく、蹲って肩を震わせる事しか出来ない。


 どうしようもない。生きてる価値なんて初めからない人間だと、みっともなく堕天使に縋ろうとした時、彼女は僕の肩を取り、自分の方へ抱き寄せた。


「私は、貴方の隣人になれる」


「....」


 ミカエルは穏やかな口調でただ一言、囁くのだった。真っ黒い翼が、僕の全身を包み込む。彼女の体温が伝わってくる。僕も決心は付いたようだ。


「ありがとう。彼女に、謝ってくる」


「うん。私も近くで見守ってあげるから、思い切って行きなさい」







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