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堕天使の君と、恋に堕ちるまで  作者: ラストジェネレーション


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第十六話 天使殺しの大罪人②

「それで、本当に私についてくるの?」


「別に良いじゃん。色々と教えてくれるっぽいし」


「全く、教えを乞う立場としての礼節がまるでなっていないな。これから先、アンタは私の事を師匠と呼ぶこと。指示を忠実に守り、無駄な行動をしない事」


「はい!」


「良い返事だ。以上を守れるなら、私の弟子にしてやるよ。天使を殺したいんだろ? そのためのノウハウを私から盗む事だけに意識を集中させろ」


「....」


 盗むという言葉に、あまり良い心地がしない。十戒を忠実に守ってきた代償だろうが、天使を殺す事にはあまり罪悪感を覚えないから不思議だ。


「わ、分かりました!」


「うん。じゃあまずは走り方の練習からだ。まずは手本を見せる。私の身体の動かし方を余さず頭に叩き込むんだ」


 師匠は特に合図も設けなかったため、瞬きし終えた直後には既に視界の端から消えていた。今どこにいるのかまるで検討がつかず、狼狽し前方を注視すると、背後から首を鷲掴みにされた。


「良いか。実戦では、相手の居場所を見失うことそれ即ち死を意味する。緩慢に構えている暇などないんだ。動体視力をフルに活かせ。理性ではなく直感で動け。空気の音を感じ取るだけだ」


「そ、そんな事言われても分かんないよ! というかただ素早く走る事に意味なんか無いだろ」


「何を言っている? 走るのが早い。これだけでお前の目の前には以下の選択肢が開ける」


 そう呟きながら、師匠は両腕を目の前にかかげ、人差し指から順に立てていった。


「一つ目は、天使への接近だ。相手が能力を発動するまもなく距離を詰めて確実に仕留められるようになる。そして二つ目は逃走。敵が自分よりも遥かに強かった場合、一旦退いて立て直す必要がある」


「へぇ..」


 逃げるなんてダサいなぁと考えていると、それを見抜いたのだろうか? 師匠は少し怒ったような表情を見せた後、僕の頬をつねりながら言った。


「馬鹿が。やられたら元も子もないだろう。敵わないと感じたら諦めろ。泥を啜ってでも這って立ち去れ。一度の敗北で全て失う人間など、まさに愚の骨頂だ!」


 この考えは、僕の思想に大きな影響を与えた。今まで心のどこかで、最後まで勇敢に戦って散る勇者像と自分を重ねていた節があったからだ。


「....。意地汚く、醜く抗い続けろ。手段を選ばず、天使を殺せ。お前の選んだ道は、英雄のそれとは訳が違う。神の掟に背いた、私と同じ罪人の道だ」


「分かってる。でも、僕は自分のしている事が正しいと信じてる」


「ふふっ。それは実に子供らしい、自己中心的で傲慢な考えだな」


 師匠は語調を緩めた後、何の脈絡もなく走り始めた。いついかなる時も、気の緩みは死に直結し得る。その瞬間を狙っている事は容易に理解出来た。


 僕は視線を周囲に走らせつつ、特に死角となりやすい後方への警戒を強めた。しかし、師匠の動きを予測することは出来ても捉えるのは困難だった。


 縦横無尽。平原であるにも関わらず、長尺の草を遮蔽物にし距離を少しずつ詰めて来る。その光景は走るというよりむしろ、空全体を泳いでいるとしか言いようがない。流麗な動きに見惚れてしまった。


「常に辺りに気を配れ! 目玉は前に2つしか付いていないなんて固定観念は捨てろ。360度、どこから攻撃が来ても即座に反応して、敵の不意打ちを防ぐんだ。お前は子供で、物事の吸収力は私よりも優れている」


 師匠の声が辺りを散らす。さっきまで気配のあった場所を振り向いても、そこには誰もいない。ならば視界で捉えるという動作を省略してみようか? ”直感に頼れ”という、さっきの助言を思い出す。


 ビュッ


 その突風を耳に入れた瞬間、僕は音の方向から半歩仰け反った。


「よし、以前よりも動きが良くなっているぞ。視覚のみに頼るのをやめるとは、懸命な判断だ」


 避けたと思ったのに、逃げた先に悠然と待ち構えていた師匠は、僕の頭を軽く叩いた。


「人間は大半の情報を目から入手している。しかし、生来盲目の人間は、聴覚や嗅覚が他より優れているように、感覚は常に釣り合いが取れてる状態にある。一般的にはな.....」


「一般的?」


「あぁ。数値化すると、多くの人間は情報を取り入れる時、視覚80、聴覚10、嗅覚5、その他の感覚が5という割合を基本としているんだ。これが私の場合だとどうなるか..」


 師匠は土に、木の枝で自身の感覚配分を記し始めた。


「視覚100、聴覚100、嗅覚100、触覚100、味覚100....」


「そうだ」


「....。前提として間違えてない? 100%の感覚を均一に分配したいなら、それぞれ20%ずつになるよ」


「そう。その、五感を100%として受容する思考が邪魔なんだ。個々の感覚を尊重しろ」


「つまり、切り分けて全部をフルに活かせって事?」


「正解だ。アンタは良い線まで来てるしね、ここで認識に誤りを生じさせたくなかったんだ」


「ふふっ..」


「何を笑っているんだ?」


「いやぁ、師匠は人にものを教えるのが上手いなって..」


「そうか..。それは、良かった....」


 彼女から微かな戸惑いを感じたのは、後にも先にも、この時だけだった気がする。


♢ 


 師匠と日没まで稽古を続けた結果、僕は彼女の動きを追えるようになるまでに成長した。とはいえ、回避行動を取るだけでもギリギリだし、こちらから攻撃を仕掛ける方法は教わっていない。


「こんなんで天使殺せるかなー」


 焚き火を囲いながら、師匠は星を眺めながら仰向けになっていた。まだ寝ていないらしく、顔だけを僕のいる方に向けた状態でこう応えた。


「安心しろ。普通の天使なら、もう少し鍛えれば相性次第では自力で狩れるよ」


「......そっか」


 このまま二度と、戻れないと思っていた。師匠と偶然出会えた事がどれだけ幸運だったか? 想定外の出来事が連鎖し、思考は追い付かない。不意に涙が溢れてしまった。


「どうして泣くんだ?」


「....。僕にとって、大事な人達の所に帰れるかもしれないんだ....」


「大事な人達か....。どんな奴らだ? 私に聞かせておくれよ」


「良いよ..。一人はエリナっていうんだ。僕より5歳くらい年上なのに、精神年齢はあんま変わらない。でもそれを面と向かって言うと本気で怒るから、もうしないって決めた。根は凄い優しい人なんだ。家族のいない僕の、本当のお姉ちゃんだと思ってる。それで、もう一人は....」


 彼女はどんな人間か、説明しようとしても上手く紡ぎ出せない。


「もう一人は....、よく、分からないんだ。自分勝手だと思ってたのに、僕の事、結構考えててくれるんだよね..。だから良い人だと思ったのに、いきなり突き放してきてさ..。意味分かんないよ本当に..」


「......」


 師匠は黙ったままだから、一度語り出した僕の口は止まらなくなった。


「その人とは教会で初めて会ったんだ。『私と一緒に神様を殺さない』なんて言ってさ、理由はわからないけど僕に付き纏ってた。そこから本当に色々あって、僕も彼女と行動するようになって....。エリナと出会ってから自分はもう不必要になったんだと思う。だから今回のだって、僕を追い払うための口実に過ぎないんだよ」


 邪推は渦を撒き、ドス黒い感情になって腹の底に沈澱していく。


「その人は、僕に関心がなくなったんだ。自分の神殺しの計画に役立ちそうだったから勧誘しただけで、いつでも代替のきく部品に過ぎなかったんだよ! だから師匠、さっき帰れるかもしれないなんて言ったけれど、あれは嘘だよ。きっとその人は、僕の事なんか待ってない。意味ないんだよ!」


「そうか。なら、帰らなくても良いんじゃないか?」


「え....」


 心外だった。


「当たり前だろう。アンタはその人を信じられなくなったんだ。疑念を抱き、自分を見放したと勝手に僻んでいる。そんな信用の欠片もない相手に、いつまでも付いていく必要がどこにある?」


「......」


 至極真っ当な意見に、僕は何も言い返せなかった。ミカエルにも罪悪感が湧いた。僕は彼女の事を完全に信じてないし、胡散臭いと思っている。見限られても当然だ。


「でもさ、アンタはその人も含めて、”大事な人”って言葉を選んだ。それにはきっと理由があるはずだろう? 私はそれを聞きたいんだ。もう一度だけ教えてよ」


「....」


 木片が炭化する音を聞きながら、僕はポツリポツリと、彼女の事を語った。何度も泣き出してしまいそうになったけれど、言葉に澱みはなかったと思う。師匠は相槌を打ちながら、そんな嗚咽混じりの話に耳を傾けてくれた。


「そうか..、やっと分かったよ。君がその、”ミカエル”って人を大切に思う理由がさ」


「うん。なら良かった..」


「......」


 師匠は口を継ぐむ。


 彼女は戦慄していた。ミカエルが、自身の弟子に向けている気持ちを理解してしまったからだ。




 

 



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