第十二話 招待状
姿を眩ませた預言者の事もあり、エリナは一人での行動を避けるようになった。
「でも、作戦の都合上、別行動を取る場合もあるでしょ..。一人で対処できる力が欲しい」
それを望んだのはエリナだった。ミカエルに懇願すると、彼女は悩んだ末にある解決策を提示した。
「君は矢面に立って剣を振るのは向いてないと思う..。後方支援、弓術を極めるのはどうだろう?」
「弓ですか..?」
「うん..。私としては最適解を選んだつもりなんだけど」
「良いですよ! ミカエルの命とあらば、何でもこなします!」
あっさりと了承してくれた彼女に、ミカエルの表情も自然と綻ぶ。
「じゃあ早速買いに行きましょう!」
♢
僕達は、街の武具屋に向かっていた。道中エリナの方をジロリと睨むかのような視線を感じたが、恐らく彼女の容姿のせいだ。美人過ぎるのも困り事だななどと逡巡していると、ミカエルが言った。
「今は私が彼女の肉体を操ってる状態だけど、なんか、気分良いかも..」
「え?」
「歩いてるだけで、色んな人の注目を集められる。それって素晴らしい事じゃない」
「....。だよね。僕は、生きてる時だって誰からもーー」
「私が見てるよ。ほら、手を出して。繋いで歩きましょう?」
「恥ずかしいから嫌だ..」
「昨日はハグしたくせに」
「あ、そ、それは....」
「ふーん..。エリナなら良いけど、私じゃダメなんだ」
「ち、違うよ! そういうわけじゃない..」
周りからは見えない僕の手が、ミカエルの手と触れた。不思議な感覚だった。感じない体温が伝播してくる。
「どう?」
「握ってた方が良い」
「ふふっ、満足してくれたみたいで嬉しい!」
「どういたしまして」
お互いの手を通じて他愛もないやり取りを重ねていくうちに、ミカエルとの繋がりを深く感じた。神殺しは、お互いの協力なしでは成し得ない事だ。
神の絶対的秩序のもとで行動する天使に対し、僕らは互いを信じ合って挑まなければいけない。そのためには相手のことをよく知り、理解する必要がある。
でも、ミカエルが唯一教えてくれない事は、自身の過去についてだ。どうして堕天使に堕ちたのか? 堕天使になる以前は何をしていたのか?
深く聞こうとすると、いつも決まって、哀愁の漂う表情と共に返事をはぐらかす。そこまで言いたくないのなら、僕も無理強いするような真似はしたくないが、たまに気になる。
「....」
「何か聞きたそうね?」
「..。教えてよ。ミカエルとラファエルは昔、どんな関係だったの?」
「..。前に言ったでしょ。その手の質問には答えなーー」
『なら私が代わりに教えてあげるわ』
「!!!!!!」
あまりにも唐突に、背後からその声は響いた。何を隠そう、先ほど話題に浮上したばかりのラファエルがそこにはいた。微塵の気配も感じなかった。
『ミカエルは昔、私の研究に協力する仲だったんだよ』
「嘘言わないで頂戴。あなたのイかれた実験に加担した覚えはないわ」
「イかれた実験..。それってどんな?」
『興味あるなら特別に教えてあげる。今、君のいる世界は三次元だよね。でも、君の見ている次元はどうかな?』
その質問が実験の内容と何の関係があるのか掴めないまま、僕は思った通りに答えた。
「三次元」
『本当に? 私たちの目が捉えている世界は所詮、線と点の集合体でしかない。だから、二次元が正解であると仮定しよう。私の試みは、この世界を四次元的な視点から捉える事』
「????」
「だから言ったでしょ。イカれてるの。ところで、どういう風の吹き回し? 昨日よりも随分馴れ馴れしくて怖いわ。気が変わって、私達を始末しに来たの?」
『違う..。本当よ、それだけは信じて欲しい。誓って』
「..。神に忠誠を誓っている貴方たち天使が、私たちにその言葉を使うだなんて....。皮肉のつもり?」
『どうかしら? ただ、私は、私が幸せになって欲しいと感じたものに施しを与えてるだけよ』
「奪うの間違いじゃない?」
『ううん。私、貴方の大切なものを奪ってなんかいないわ』
「......」
『だから神殺しなんかやめなさいよ。私でさえ倒せない貴方に、あの御方を倒すなんて不可能よ。無謀よ』
「分かってる。でもこれは理屈じゃなの」
『??』
「ラファエル。貴方は、この世界に運命、ないし偶然という類のものが存在すると思う?」
『....。その答えは、また別の機会にさせて欲しい。少し考える時間が必要だから』
「分かったわ。じゃあ、次会った時に教えてよ。今は、もう..」
『うふふ、悪かったわ。二人のデートの時間を邪魔しちゃって。私はこれで失礼するから』
「あんた、本当に何しに来たの?」
『あっそうだ。忘れる所だった。この街を彩る名城、ラム=レポリセの招待状を渡しに来たんだよ。明日にでもおいで。私も手が空いたら、案内くらいはしてあげるから』
「ちょっと待って! 私まだ行くとは..」
そう答えた時、ラファエルはもうその場から消え去っていた。彼女の能力は領域内の瞬間移動と聞いたが、それならばどうして僕たちの居場所をこうも容易に突き止められるのだろうか?
呆然と空を見上げる。いつもより雲の動く速度が増している気がした。嵐の前兆だろうか?
その時だった。先行する僕の背中を、ミカエルが突っついて言った。
「勘違いしないで。これ、デートじゃないから。ただの買い出しだから」
「えっ....。あぁ、そういえばラファエルが....」
デートというのが何なのかよく分からなくて、聞き流していたのを思い出す。
「だとしたらさ..」
僕は、ミカエルが片手に持つ城への招待状を取った。
「明日、一緒に城に行こう。多分それが、デートって奴でしょ?」
「....」
一瞬、彼女は唖然とした表情を浮かべた。しかしその後徐々に表情を緩めていき、満面の笑みを見せて頷く。ミカエルは少し腰を落とし、僕と同じ目線の位置になってからこう応えた。
「えぇ..。デート..、行きましょう。私とでよければ」




