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堕天使の君と、恋に堕ちるまで  作者: ラストジェネレーション


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第十一話 ハグ

 エリナが街の宿舎で意識を取り戻したのは、日が沈む頃だった。背中と頭の鈍い痛みが完全に抜け切らない状態で、大まかな状況を把握する。


「はぁ..。私自身、もっと強くならないとダメね..」


 彼女の独白は、夜風と共に消えた。今からやるべき事は分かっている。机の上の置き手紙には、これからの行動の指示があった。


「温泉に浸かって、火傷を治せ。私はーーと一緒に、この街を観光する....」


 エリナはその紙を丁寧に折りたたんだ後、包帯をさすりながら呟いた。


「あいつ..、ーーっていうんだ....」


 次会ったら、名前で呼んでみようかと考えてみる。簡単に出来るはずなのに、想像しただけで照れ臭くなった。


「....そこに誰かいるの?」


 ふと、部屋の外から視線を感じる。錠付きの小部屋は密室だ。若干の恐怖を抱きつつ、扉の方へ一歩ずつ近づく。背後にある窓から、室内に生暖かい風が入り込むのを感じたのはその時だった。


「....」


 以前した、ミカエルとのやり取りを思い出す。天使の他に注意しなければならない、預言者の存在。先程の騒動を嗅ぎつけ、もう自分の居場所を特定したというのか..?


「お願い..。早く戻って来て....」



 ミカエルと街を散策し、エリナのいる宿に帰った時だった。


「しっ..。静かに....」


「え、な、なに..?」


「....。エリナの泊まっている部屋の、窓の外をよく見て。草むらの茂みに誰かいる」


「ん..。あ、本当だ!」


 暗闇に紛れ、姿形はよく捉えられないが、翼の有無から人間であるのは確かだった。


「危険だね。エリナもきっと怯えているだろうから、早く戻ろう」


「え? あいつをやっつけなくて良いの?」


「..。預言者の線はあるけど、一旦後回しよ。それにやるんなら、エリナの身体に憑依した状態である方が良い」


「どうして?」


「エリナは単独でも強いって、敵に誤解させるのよ」


「なるほど..」


 ミカエルってもしかして頭良い? なんて考えながら部屋の外に立つと、中から啜り泣くような声がした。


「あ..」


 他に物音はしないから、襲われている事はないだろう。けれど怯えているのは確かだ。ミカエルも僕の顔を見て静かに頷いた後、出来るだけ刺激を与えないようにゆっくりとドアを開けた。


「た、ただいま..」


「全く遅いですよ。何をしてたんですか?」


「彼と少し街を見て歩いてたんだよ。温泉にはもう行った?」


「いいえ。どうせ入るなら一緒の方が良いと思ったので」


「......」


 エリナは強がっているが、多分相当泣いたのだと思う。目は赤いし、呼吸も荒い。そこをどう指摘するべきか迷っていると、ミカエルは声のトーンを落とし言った。


「そういえば、窓の外で誰かが見張っていたよ」


「はい..。気配で何となく気付いてました。鬱陶しいですよね、本当に....」


「....。もう、安心して良いんだよ」


 そう耳元で囁き、ミカエルはエリナの事を抱き締めた。


「ん....」


 少し嗚咽の入り混じる声を漏らしたように見えたが、彼女はすぐに平静を取り戻した。


「よしよし。良い子だね..」


 ミカエルの胸の中で少し落ち着いたのか、エリナは面を離した。


「ありがとう..。もう大丈夫」


「そう..。なら良かった」


「......」


「君は、エリナの事を慰めてあげなくて良いの?」


「ぼ、僕は良いんです。彼女に悪いから」


「なんで?」


「....。だって..、男の僕が抱き締めるなんて..」


「別にそういうの気にしないよ」


「....??」


 驚いたのは、それがエリナの口から出てきた言葉だったからだ。


「前にも一回やったじゃん。あれと同じ」


「そ、それはエリナの方から..! ううん..。だね、全く一緒だ」


 腕を広げても、僕の身長はエリナの肩あたりまでしかない。ミカエルのような包容力も、安心感も何も与えられない。ハグが嫌な理由の一つだ。


 試しに背伸びしてみると、前足に重心がよって上手く姿勢を保てなくなった。肩を一定の位置にキープする筋力もない僕は、全身が小刻みに震え始めた。


 なんて不格好なのだろう。僕は、誰かと共に寄り添う行為でさえまともに行えない。不甲斐なさで自責の念に駆られた時、頭上に水の滴る感覚があった。


「驚いた。君ってさ、人の心に寄り添う才能があるんだよ」


 と、ミカエル。その発言の意味を測り損ねていた刹那。


「....。エリナ?」


 堰を切ったかのように、彼女は泣き出した。堪えていた感情が、限界を迎えたのだ。


「....。ミカエル、これからどうすれば良いの?」


 いつの間にか、エリナと顔の高さが一致している。


「そうね。頭を撫でてあげたら?」


「わ、分かった..。エリナ、触っても良い?」


 コクリと頷く。その合図を確かめてから、僕は彼女の頭に触れた。


 人の温もり。霊体である僕が、何故それを感じ取れたのかは分からなかった。何分そうしていただろう。反応も鈍くなってきたので、そろそろ離れる事にした。


「ごめんなさい..。一人だと心細くって、怖くなって取り乱しちゃった..」


「もう、ハグはしなくて良い?」


 ミカエルの提案に、彼女は首を横に振った。


「大丈夫。いつまでも甘えてるわけにはいかない。私の弱さは、この精神力だって知ったから..。身体だけじゃなくて心も強くならないと、ここから先の試練には打ち勝てない」


「でも、たまには休んだって..」


「ううん。あまり続けると、私以外の人に悪いから」


「私以外..。そんな事ないよね、ミカエル」


「......」


「ミカエル?」


「あ、そうね..。悪い事なんて、何も無いわ」


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