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第九十六話 グラーツィアの皇子⑨

 訓練室を出ると今日はサラと共にセレスティアが待っていた。


「お疲れ様です、ファレス様」


 いつも通り恭しく一礼するサラ。

 

「お疲れ様ですわ。先ほど様子のおかしな二人が走って出て行かれましたけど……何かありましたの?」


 それに続いてセレスティアも労ってくれる。


「ああ、まあ、そうだな。だが、気にする必要はない。あの手の問題は自分で乗り越えるほかないからな」


「「?」」


 二人の頭上に「?」が浮かんでいるのが見えるが、これについては特に話すようなことではないと思い、俺はそれ以上語らなかった。


「そう言えばサラ、今日はあれから二回目の授業だったわけだが、進捗はどうだ?」


 俺が聞いたのは先日サラが、後二回の授業で今期の課題を達成すると宣言した件についてだ。

 一年授業の課題、つまり適正外属性魔法の使用についてである。


「お恥ずかしながら……本日で達成という訳にはいきませんでした」


 至極残念そうにサラは言う。

 さすがのサラでもこの短期間では難しかったか。


「そうか……まあ、何事も計画通りに行くものではないからな。それで、後何回で達成できそうなんだ?」


「次回授業の頭に確認試験をしていただく予定です」


 ……ん?


「それはつまり……既に試験を突破できるレベルに達したという認識で間違いないのか?」


「はい……ファレス様に宣言した手前情けないことこの上ないのですが、何とか最低限の状態には仕上がったと自負しております」


「そうか……」


 うーん、やっぱりサラはサラだな。

 まあ、サラは貴族としてではなくメイドとして過ごす時間が長かったため他の貴族に比べれば適正外魔法を日常的に利用することも多かったのかもしれないが、それにしたってすごい。


 適正外魔法については貴族の子息子女より平民の方が得意なことは大いにある。

 適正外魔法の主な用途は生活面だ。

 例えば火をつけたり、清潔な水を生み出したりと、適正外でも魔法が使えるだけで出来ることは多い。

 そのため、自分のことは自分でやる平民の方が適正外魔法に親しく、扱いなれている。


 その点、他の平民出身メイドに混ざってメイド業にいそしむサラは適正外魔法になれていると言えるだろう。

 しかし、改まって練習をするようなことはなかったはずだ。


「宣言通りとはいかずとも、悪くない成果だな。試験も抜かるなよ」


「はいっ!」


 これは俺の影響なのか、確実に同世代の実力が上がっている。

 特に、あの三年生を見た後だからだろうか?

 余計にその点を強く感じる。


「……一体、何の話をしていますの? 授業や試験という言葉から察するに適正外魔法のことでしょうか?」


 なんてやり取りをサラとしていれば、サラの反対側でセレスティアが拗ねたように呟いた。


「ああ、そうだ。お前はどうだセレスティア? 適正外魔法はどの程度まで使えるようになった?」


 確かに三人でいるのに、その内の一人が分からない話を続けるのは良くない。

 俺はそう考えて、セレスティアにも進捗を尋ねた。

 

「私は……水、風は一応複合と言うことなので問題はないのですが、残りの二属性特に火属性魔法はあまり……得意ではありませんわ」


「ほう、それはまたどうしてだ?」


「どうして……と、言われると難しいのですが、感覚として掴みづらいとでも言うのでしょうか? 魔力を火のように燃やすという感覚がよくわからなくて……」


 ふむ、なるほど。

 確かに言われてみれば、火属性魔法を使う際に魔力を燃やすようなイメージはしていない。

 と言うか俺は全ての魔法を感覚で使えてしまうせいでよくわからない。

 だがやはり、火は燃えるものと言う固定観念は魔法においてかなりよろしくない物だと思う。


 この世界における魔法と言うものは、ある意味めちゃくちゃだ。

 物理法則だとかそう言うこの世に必要な絶対調和を乱す存在だと言える。


 しかし、だからこそ、物理的な固定的な考え方では魔法を上手く扱うことが出来ないのだ。


「……少し、見ていろ」


「……はい?」


 俺はセレスティアに声を掛けると手のひらに水の球を出現させる。


「これはよくある水魔法で生み出した水球だ」


「はい……?」


「だが、こうするだけで――」


 俺はそう言いながら水球の中に火属性魔法を発現させ、火を灯す。


「水の中に火が灯るという本来ではありえない現象をも起こすことが出来るのが魔法という物だ」


「……っ!? 一体、どうやって!?」


「何、そう難しいことではない。この時点において両者は水や炎と言った物質ではなく魔法なのだ。魔力によって生み出し、操作をし続ける限り物質的な現象としてこれらが消えることはない。まあ、魔力同士の衝突などで霧散してしまうことはあり得るがな」


 難しくないとは言ったが、それはこの状態を作り出すことが難しくないのであって、この現象をきちんと理解するのはかなり難しい。

 この世界に科学のような知識はおそらく存在しない。

 していたとしてもそれはメジャーなものではなく、また現象として解析されている物でもないだろう。

 だってエネルギー資源がなくとも、無限に存在する魔力によってほぼすべての物が代用可能なのだから。


 だから、この世界の人たちにとっては火に水をかければ消えるのは当然のことであり、酸素濃度の低下などは想像するまでもない当たり前なのだ。

 しかし、魔法はこの当たり前の外を行く文字通り例外の存在。

 魔法例外性に気付くには、魔法が当たり前の社会に生きている人間には難しいことだ。


「要するに、だ、セレスティア。魔法で生み出した火とは何かを燃やす物に限らない。お前が思い描き魔力によって再現したものが火になるのだ」


「……よく、分かりませんわ」


 ……そうか、まあ、そうだよな。

 正直なところ、俺自身魔法の仕組みを理解しきっているわけではないし……。


「ですが、何となく、感覚として掴めたような気がしますわ!」


「! そうか……」


 そうだ。

 それでいい。

 難解な理論なんてものは無理に理解せずとも魔法を使えれば良いのだ。

 魔法において求められるのは結果のみ、仮定までを確認するペーパーテストとは違う。


 俺の魔法が何かの掴みになったのならそれでいい。


「はい。すぐにサラさんにも追いついて見せますわ」


 自信ありげな表情でサラに向かってそう言うセレスティア。

 

「……私はファレス様にヒントを頂かなくても自力でたどり着きましたけどね」


 しかし、そう簡単にやられるサラではない。

 的確にセレスティアのプライドを刺激しそうな言葉を選び、言い返す。


「…………あら、ではファレス様は私にだけ、ヒントをくださったと言うことですわね? 昔、お母様が言っておられましたわ。男性は頼られることが嫌いではないと。ふふっ、今後も頼らせていただきますわファレス様」


 ……頼むからここで俺に振らないでくれ。

 俺は仏頂面に努めて、軽く首肯を返しておく。


「ふぁ、ファレス様。私にもなにかヒントを……」


「あらあらサラさん。そんなに必死になって――」


 本当に退屈しない日々である。


 ◇◇◇


「……トールス、サマ。ボクノマホウ、カイジョサレマシタ」


 抑揚のない、機械音声のような声。

 珍しく部屋を出て来たと思えば、声の主が発したのは最悪を告げるようなものだった。


「……? どういうことだい? 誰の魔法が解けたのかな?」


「ベリル、オヨビニソノクラスゼンインノマホウ、デス」


 ――っ!!

 その言葉には普段滅多に感情を顔に出さないトールスも落ち着いてはいられなかった。


「そうか……そうか……またアイツなのか。ファレス・アゼクオン」

 

 ルーカスからの報告で、ファレスが三年貴族クラスの実技魔法授業にて教師役をしていることは知っていた。

 しかし、それでもこの魔法を、コイツの魔法を外から破ることはあり得ないだろうと思っていたのに……。


 トールスは目の前に立ち尽くす青年の顔を見る。

 瞳からは色が消え失せ、正しくうつろという表現がぴったりなこの男は名をクゾーム・ノウと言った。

 この男とその家族には今から三年と少し前、ファレス・アゼクオンによってその蛮行を暴かれ、領地の没収と爵位の二位降格そして王都、皇家管理下での謹慎が命じられた。

 そしてその管理を任されていたのが我がグランダル家である。


 グラーツィア家は圧倒的な力こそ誇っているが、皇帝モラクとその息子ベリル以外は滅多に表に顔を出さない。

 どんな事情があるのかは知らないが、そのため皇家で引き受けた諸々を家系内に含まれるグランダル家が引き受けることもままあった。

 

「まあ、分かった。もう、戻っていい」


「ハイ」


 手で払うようにクゾームを部屋を戻らせながら、思考を続ける。

 

 そんな時だ。

 彼の魔法の噂とそんな人物の管理を家が引き受けることになったという話を聞いたのは。

 

 我らグランダル家は表向きでは公爵家としてこの帝国で第二位の地位を誇っていたが、実際はこの件のように皇帝の小間使いのような立場をよく思っておらず、魔道具を独占し、その力を持っていつか帝位を簒奪してやろうと目論んでいた。


 そのために、このクゾームという青年の持つ魔法はこれ以上ないパーツだった。

 

 すぐに私は昔から私の言いなりだった現婚約者のアナレを利用し、彼女に反魔の鏡と言う魔法を撥ね返す魔道具を持たせてクゾームに接触した。


 クゾームは荒れていたものの、私の言う通りにすればすぐにでも解放してやると言うと、簡単に話に乗って来た。

 いくら強い魔法の使い手とは言え、まだ十二の子供だ。

 不遇な身の上に耐えられるはずもない。

 おいしい話しに飛びつくのも当然のことだった。

 

 そして私はクゾームに「アナレを私の言いなりになるようにしてくれ」と頼んだ。

 無論、これは反魔の鏡によってクゾームを私の言いなりにするためのものだが、疑うことを知らないクゾームはすぐに自身の特別な魔法を行使し、そして私の手に落ちた。


 どういうわけか魔法の質は下がってしまったものの、全然問題ない範囲であり、そこから我らグランダルの計画は本格的に始まった。


「……だと言うのに!」


 それから三年と少しが経ち、遂にあの歴代最強を謳われる皇帝を害せるレベルの魔道具が完成した。

 途中でマーデン家と言う便利な駒も手に入れ、計画は順風満帆だったと言うのに……奴がすべてを狂わせた。


「ファレス・アゼクオン……」


 まるでこちらの動きを読んでいるかのように的確に邪魔をしてくる憎々しい男の名前を吐き出す。


「まぁ……良いか。クゾームの魔法が解除されたとはいえ、どうせ来週にはこちらから解くつもりだったものだ。殿下への影響がどうなるかだけ見守る必要があるだろうけど、そう簡単に状況が好転するとは思えない」


 そして、トールスはふぅと息をつくと、気味の悪い笑みを浮かべる。


「それに、すでに仕込みは終わっているからね」


 呟いて自身の手の中に視線を移す。

 その手の中にはメーディアがベリルに渡した小箱と同様の物が握られていた。

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