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第九十五話 グラーツィアの皇子⑧

 俺がサンを従魔にするときに扱った魔法……それはクゾームの『怠惰』を応用した、特定条件下で自由意思を完全にはく奪するというものだ。


『怠惰』の魔法をかけられた場合、対象者は使用者の思い通りに動くようになり、対象者はその状況こそを自身の自由意思による選択だと思うようになる。

 そのため、『怠惰』が解除されると夢を見ていたかのような相違が発生するのだ。


 俺がサンに使ったのは、地形を変えてしまうような大きな力を無断使用した場合にその体の自由意思を奪うという物。

 これを制約に従魔としているわけだが……このクラスにもそれと同じような『怠惰』が掛けられている。


 おそらく掛けられている魔法の内容は本気の魔法を発動できなくするようなものだろうか?

 実力を押さえるような、そんな魔法だと思われる。


 俺でも弾けなかった『怠惰』の魔法をリカルド兄上やエルシアさん、メーディアさんが回避している理由は分からないが、このクラスの不自然なまでの弱さは十中八九『怠惰』の影響だろう。


 そうなると、訓練終了後に学生がこぞって先生に質問をし、授業に積極的という実力とのギャップも理解することが出来る。

 

 おそらく彼ら視点では、しっかりと戦えているという認識なのだ。

 

 そうして三年間も関わっているうちに、ホーミカ先生は生徒たちの真面目さを見せられ続け、手を抜いているなんて想像することもなく、実力が低いことをおかしいと思わなくなったのだろう。

 もし、このクラスの担当教師がメホロス先生のようなベテランだったのならば、弱さの違和感に気がついて居たかもしれないが、まだ若そうなホーミカ先生にそこまでを求めるのは酷な話だ。


 それに……当人たちは本気で手を抜いているつもりはないわけだしな。


 それ以上に問題は……クゾームの『怠惰』がなぜかこのクラスに掛けられているという点だ。


 エルシアさんの話によれば、入学時から彼らは弱かった、つまり『怠惰』の影響下にあった。

 これは王都で謹慎を告げられてから一年もしないうちにクゾームが外に出ていることを意味している。


 クゾーム……貴様は今どこで何をしている?


「ファレス先生!」


 俺がその場に立ち尽くし、口元で手を軽く握りながら思考しているとベリル殿下とメーディアさんがこちらに寄って来た。


「中々に考えられた、作戦だったな」


 俺は思考を一時中断し、講評を告げる。


「本当かい? やったねメーディア! ……でも、結局ファレス先生には一撃も入れられてないか」


「そ、それでもかなり手応えはありましたよ!」


 嬉しそうにしたかと思えば、また沈んだ表情を見せるベリル殿下をメーディアさんが慰める。

 ……そう言えば、彼女は何故手を抜いているんだ?

 俺は仲良さげにしている二人を前に再び思考の渦に沈んでいく。


 俺が『怠惰』の使用に気が付けたのはメーディアさんの中に『怠惰』を弾いたことによる本人の物ではない魔力が残っていたからだ。

 普通の魔法ならば、そんなごく少量の魔力では見分けはつかないが、大罪魔法は違う。

 その一つ一つが他とは似ても似つかない特徴的な魔力をしており、俺は実際に『怠惰』を見たことがあったから気が付けたのだ。


 魔力を弾いていると言うことは『怠惰』の影響下にないと言うこと。

 だと言うのに、わざわざ手を抜く理由はなんだ?


 ……考えていても仕方ない。

 この際、直接聞くか。

 

 そう決めると俺は顔を上げ、殿下と談笑しているメーディアさんに声を掛けた。


「メーディア、少し話をしても良いだろうか?」


「えっ? あ、はい!」


 一瞬戸惑いを見せたものの、教師という認識のおかげか、彼女は特に気にする様子もなくこちらにやってくる。

 俺は他の学生たちとは少し離れた場所までメーディアさんを連れて行くと、音を遮断する風の結界を張った。


「あ、あのファレス先生? この結界は?」


「……やはり、気付けるのだな」


 俺は証拠を突きつけるようにそう言った。


「……っ!」


 咄嗟に逃げようとするメーディアさんの足を『嫉妬』の魔法で地面に縛り付け、動けないようにする。


「……怯えなくとも良い。お前を害するつもりはない。ただ一つ、聞かせてくれないか? メーディア・フルタス、どうしてお前は手を抜いている?」


 声は隠せても表情やしぐさは普通に見えているため、なるべく怖がらせないように教師モードのまま俺はメーディアさんに質問した。


「……そ、それは……ごめん、なさい。言えません」


 メーディアさんは一瞬、逡巡するもすぐにかぶりを振って口をつぐんだ。


「なぜだ? 誰かに脅されてでもいるのか?」


「……!」


 半分ほどの確信を持ちながらカマをかけてみれば、メーディアさんは肩をビクッと跳ねさせた。

 ……まあ、何となくそうなのだろうとは思っていたが、やはりあいつが絡んでいるのか。


「……その相手はトールス・グランダルだな?」


 俺からその名前が出た瞬間、メーディアさんの顔から色が消えた。

 確定だな。


「要因は何だ? 金か? 地位か? 汚職、横領でもしていたか?」


 俺の質問にメーディアさんは小さく首を振る。

 そして乾き切った口を何とか開いて言った。


「……あ、姉が、人質なん、です……」


 ……そう言えば、エンペンが言っていたな。

 兄の婚約者がフルタス伯爵家の長女だと。

 まさか自分の婚約者を人質にとるとは……。


「……そうか」


 俺はそれ以上は何も続けず、メーディアさんを解放した。


 ……この件に俺は直接関係ない。

 だが、家族を人質に取られている人間を前に何もせずにいられるほど、俺はおとなしい性格をしていない。

 

 俺はさらに数歩下がり、このクラスの学生全員を視界に収めると、手を前に突き出し、リンゴのような手頃な物を握りつぶすかのように魔力を握りつぶした。

 すると、メーディアさん以外の頭の辺りからスっと魔力が抜けていくような光景に包まれる。


 その瞬間、ホーミカ先生だけが異常に気が付き、こちらを向いた。


 さすがはこの学園で担当を持つだけはある先生だ。

 かなりの実力者なのだろう。

 ただ、俺が何をしたのかまでは分かっていなさそうだが。


 俺がしたのは単純に全員に掛けられていた、『怠惰』の相殺だ。

 どういう訳か、あの日、ノウ領で見たものよりかなり力の弱い魔法になっていたそれを相殺することは俺にとっては造作もなかった。


「ホーミカ先生、まだ時間はありますし、もう一周全体で訓練をしませんか?」


 俺は『怠惰』の影響下にない三年生たちの実力確認の意を込めてそう提案する。


「……そうですね。確かに、実戦演習までもう日がないですし、最終調整は次回にするとして、今日は時間いっぱい魔法を使って戦闘技能を高めましょうか」


 突然の提案に加え、先ほどの不自然な魔力の動きを見たこともあってか少し悩んでいたようだが、ホーミカ先生としても断る必要のない提案だ。

 すぐに受け入れられ、俺たちは再び二対一の模擬戦を始めることとなった。


 ◇◇◇


「ありがとうございました!」


 学生たちの成長の実感が籠った挨拶が響く。

『怠惰』の影響を取り除いた三年生たちの戦闘力は見違えるほどに上がっていた。

 いや、実際の実力に戻ったという方が正しいのだろうか?


 魔法の規模はただの火球でも先ほどより二回りほど大きくなっていたり、鋭さが上がっていたりとさすがは三年だと言えるだけのレベルになっていた。


 ホーミカ先生はと突然の学生たちの強化に最初こそ驚いていたが、終わってみればいつもより熱の入った指導を繰り広げていた。


 しかし、一つだけどうしても看過できないことがあった。


「お疲れ様ですベリル殿下、皆さんやる気がすごかったですね」


「……ああ」


 ベリル殿下とメーディアさんの会話が聞こえてくる。

 そんな会話の中にベリル殿下のいつものような元気の良さは見られなかった。


 だが、それも仕方のないことだろう。

 皆の魔法が見違える中、ベリル殿下の実力だけは全く変化が起こらなかったのだから。


 今回の『怠惰』は自身の実力を誤認させて、自分では強く使えているつもりの魔法が実は弱かった、という状態にするものだった。

 要するに学生たちは無意識化に実力を抑えていながら、それに気がついていなかったという訳だ。


 そのため、今回俺がいきなり『怠惰』を相殺しても自分の実力が変わったように思っている者はいないだろう。

 精々、メーディアさんが言ったように周りが急に本気を出したと思った程度なのではないだろうか。


 しかし、ベリル殿下だけは違った。

 殿下の魔法は俺が『怠惰』を解除する前とほとんど変わらなかったのだ。


 これが意味することはつまり――このクラスに使われていた『怠惰』は正確には殿下の魔法のレベルに周りが合わせるようになるという効果だったという訳だ。


 そして、そんな魔法のベールがはがされた今、殿下は……。


「僕の……僕の魔法って……」


「殿下?」


 殿下は自らの両手を見つめながら小刻みに震えている。


「な、なあ、メーディア! 僕の魔法は……弱いのだろうか? 才能は、ないのだろうか?」


 その声はまるで認めたくない現実を突きつけられたかのような、長く見ていた甘い夢から解放されてしまったかのような悲壮感の漂うものだった。

 そして、突然見たことのない様子になった殿下にメーディアさんも驚いてしまったのだろう。


「そ、そんなことありません。もう少し訓練すればきっと――」


 メーディアさんは咄嗟に口を押えるも、時すでに遅し。


「そ、そうだよね……もう少し、もう少し訓練をすれば……っ!」


 メーディアさんの口から放たれたその一言は殿下の魔法が弱いことを言外に認めるようなものだった。

 殿下はガクッと肩を落としたかと思えば、出口の方へ走り出し、訓練室を出て行ってしまった。


「で、殿下っ!」


 それを追うようにメーディアさんも訓練室を飛び出していく。


 一瞬、俺も後を追おうとして思い直す。

 ……こればかりは殿下が乗り越えるしかない。


 こうして一つの問題の解決と共に、新たな問題の種をいくつも浮かび上がらせながら今日の授業は終わった。

 

 さて、トールス・グランダル。

 そろそろ貴様の企みも全て潰させてもらう。

 次、何かを仕掛けて来た時がお前の最後だ。

 何が目的かは知らないが、いい加減身の回りで面倒ごとを起こされるのは鬱陶しい。


 俺は明後日の方へ目をやりながら、そう心に決めるのだった。

 


 だが、このとき俺は大きな問題点を一つ見逃してしまっていた。

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