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第九十三話 グラーツィアの皇子⑥

 リューナスによれば男爵家のクラスにもクゾーム・ノウは存在しないらしい。

 

 だが、そんなことがあり得るのだろうか?

 

 降格処分を受けたとはいえクゾームは貴族のままだ。

 グラーツィア帝国に住む全貴族にはこの学園に通う義務が課せられている。

 そんな学園に通わないなんてことは不可能だ。


 エバンス家という特殊な立場のサラだって直系だからと言う理由だけで通う義務があるのだ。

 すでに罰を受けたクゾームが通えない道理はない。


 つまり、もし本当にリューナスの言う通りクゾームが学園に存在しない、在籍していない場合、裏から何らかの手が回されている可能性が高い。

 

「ファレス殿? それで、私にしてほしいことはないのか?」


 再びの質問。

 どうやらリューナスからすると、今の質問は「私にしてほしいこと」に該当していないらしい。

 ……とは言え、リューナスに調べごとを任せるのは何か心配だし、特にしてほしいことってないんだよな。


「……では、そうだな。いつか必要になった時、その力で俺の露払いをしてくれ」


 リューナスの実力は本物だ。

 おそらく学年で見ても俺に次ぐ実力だろう。

 そんな時が来るとは思えないが、何かがあった際に彼女が道を切り開いてくれれば楽になることは間違いない。


 俺はそう判断して、リューナスに手を差し出した。


「つまり……ファレス殿の剣になれば良いと言うことだろうか?」


 俺の言葉を独自にかみ砕いて解釈するリューナス。

 ……なるほど。

 確かに、そう言う言い方もあるのかもしれない。


「ああ、そう言うことだ」


「……っ!」


 俺が肯定すると何故か頬を紅潮させたリューナスが興奮気味に俺の手を取った。

 俺たちは固く握手を交わす。


「では、貴方の剣として振るわれる日まで私は刃を研ぎ澄ますとしよう」


「ああ、暇が出来れば俺とも打ち合おう」


 リューナスの手は思ったより女性らしい柔らかくきめ細かい物だった。

 が、あまり長く握手をしていると腕の方が圧殺されてしまうので、スッと力を抜くとリューナスも何かを察したように手を離した。


「それでは、ファレス殿、サラ殿。また!」


 そうして手を離したかと思えば、すぐさま訓練室の出入口の方へ走って行ってしまった。

 ……忙しい奴だ。


「さて、俺たちも帰るか」


「はい」


 リューナスの件は一旦置いておくにしても、クゾームのことはすぐにでも調べておきたい。

 俺たちはいまだに唖然としていたセレスティアを連れて、今日も今日とて、彼女と彼女の姉が住むカーヴァリアの別邸に向かうのだった。


 ◇◇◇


「さて、報告を聞かせてもらいましょうか」


 ファレスたちが訓練室で模擬戦をしていた頃。

 学園の人目の付かない裏手でメーディアは定期報告を行っていた。


「……特に変化はありません、が」


「が、なんですか?」


「実技魔法の授業に教師役としてファレス・アゼクオン様が加わるようになりました」


 メーディアがその名前を出した瞬間、目の前の男からまるで親の仇を恨むかのような凄まじい負の感情が漏れだした。


「ひっ……」


「……おっと、失礼。少し、彼には思う所がありましてね。それで、ファレス・アゼクオンが加わったことによる影響は?」


 張り付けただけの笑みを浮かべて男は話を続ける。

 そんな男を見ながら、メーディアはどうして自分はこんなことをしているのだろうと思わずにはいられなかった。

 しかし、すぐに姉のことを思いだし、その感情に蓋をする。


「み、皆さんが普段より魔法に関心を示すようになりました」


「……なるほど。それは確かに報告の必要がありそうですね。ありがとうございます」


「い、いえ。それで……その……」


「ええ、もちろん。問題ありませんよ。少し離れていてください」


 その男はそう言うと一歩前に出て首元から下げた笛のような何かを吹いた。

 ほぼ真横にいる私にすら全く音が聞こえないと言うのに、男は一度吹いた後はすぐにそれをしまった。


「数分もしないうちに迎えが来ますから。そちらに乗って行けば問題ありません」


「あ、ありがとうございます」


 私がお礼を言うと立ち去ろうと一歩踏み出した男が再びこちらを振り返った。


「おっと、忘れてしまう所でした」


 男はおもむろに制服の上のポケットから小箱を取り出して、私に渡してくる。


「あの、これは?」


「貴方の近くにいる魔法に最も必死な方に渡してあげてください。きっと良いことが起こりますよ」


「え、あの……」


 よくわからない物を急に渡されても困ると、男にせめて用途だけでも聞こうと思ったのだが、遠くの方から馬車の足音が聞こえてくる。


「迎えが到着したようですね。それでは、私はこれで。また、よろしくお願いしますね」


 気味の悪い笑みでこちらに笑いかけた後で、男はスタスタと学園の方に戻って行ってしまった。


「……最も魔法に必死な方」


 その言葉で思い浮かんだのは、彼だった。

 ……得体の知れない物を渡すのは気が引ける。

 しかし、もしこれが本当に有用なものだったのなら……。


 自身の実力を隠している手前、彼のことを影ながらサポートすることしかできないが、これが彼の助けになるのなら。


 私は次の実技魔法の授業前にこれを渡そうと心に決めて、到着した馬車に半ば強引に引きずり込まれるかのように乗り込んだ。


 ◇◇◇


 その様子を学園に戻るふりをして確認していた男、ルーカス・マーデンは再び、先ほどメーディア・フルタスが馬車に乗り込んだ位置に戻り、音のない笛を吹きならす。


「それにしてもファレス・アゼクオン、あの男はどうしてこうまでこちらの邪魔ができるんだ」


 覚えたての適正外魔法で遮音の結界を自身の周りに張り巡らせ、憎々し気にその名前を口に出す。


 どういう訳かスペーディア商会の娘は何事もなく学園に通っているし、入学前からわざわざ何度も家に通って親交を深めたエンペンについては、なぜか自分以上に奴の方が仲良くなっており、エンペンのウィークポイントだった魔法の不出来さについても今日の授業を見た限り、かなり改善されていた。


 それに加え、今度は特別メニューとして次の対象であるベリル・グラーツィアのいるクラスに教師役で加わっているだと!?

 まるでこちらの動き、そのすべてを見通しているかのようなレベルで奴は常に一歩先にいる。


 あの憎たらしいほどに傲慢な笑みで他者のすべてを見下しているような奴が、どうして!


 ……いや、怒りに身を任せるのは良くない。

 これから会いに行く相手だって、奴ほどではないにしろ、救いようのないクソ野郎だ。

 落ち着いていないと、ついぼろを出しかねない。


 ルーカスは一度大きく深呼吸をする。

 するとちょうど馬の足音が聞えて来た。


「この魔道具もいったいどういう仕組みなのか……まあ、使えるから何でもいいが」


 こうしてルーカスは今日もまたトールス・グランダルの別邸に向かうのだった。


 ◇◇◇


「調子はどうですか? エルシア様」


 あの後、学園で合流したクインたちと共にカーヴァリア別邸にやって来た俺たちはエルシアさんの部屋で彼女を取り囲むように座り、もう恒例となった会話を繰り広げる。


「ふふっ、毎日来てくれてありがとう皆。調子はだいぶ良くなったわ。これもクインさんの魔法のおかげね」


「いえ、私の魔法はあくまで補助です。サンの時もそうでしたが、心の傷というものは自らで乗り越えるしかありませんから」


 クインはそう言って謙遜しているが、実際クインの魔法の影響力は凄まじかった。

 

 あの日、久しぶりに見たエルシアさんは今にも手折れてしまいそうな冬の細枝のような儚さを身に纏っていたが、一月ほどが経過した今では、陽の光を目いっぱいに浴びて繁茂の時を待つ春前の桜のような力強さを感じるほどに回復している。


「お姉様、学園へは復学なさいますの?」


 クインの後に続いてセレスティアが聞いた。

 それは誰もが気になりながらも気を使い聞けなかったことであり、瞬間的に場に緊張が走る。


「ええ、そのつもりよ。だって学園への登校はこのグラーツィア帝国貴族の義務でしょう? 確かに私は危険な目に遭ったけれど、こうして生きているのだし、それを抜きにしたってまだまだ学園で学びたいことがたくさんあるわ」


 だが、そんな緊張は必要なかったようだ。

 さすがは西の大貴族カーヴァリア家の長女。

 命の危険を味わっても、貴族の義務と学園の有用性を優先できるのは並大抵のことではない。


「それに……私は楽しみにしていたのよ。あなたと学園生活を送るのを」


「お姉様……」


 セレスティアの目に涙が浮かぶ。

 そんな姿を見せられると……いかん。雨が降りそうだ。

 

 この世界に来てからと言うもの、俺はすっかり家族の絆のようなものに弱くなってしまった。

 だが、こんなところで俺が泣くわけにはいかない。

 『傲慢』云々の話ではなく、ここで俺のような人間が涙を流そうものなら、こうしてようやく復活してきているエルシアさんや姉の体調をずっと心配していたセレスティアに余計な気を遣わせることになってしまう。


 なんとかこらえようとして少し上を向くと、俺の行動とは別に何かが俺の目に溜まりかけた雫を攫って行く。

 

 これは、もしかして……。

 そう思って隣を向くと、同じようにこちらを向いたサンがニッと笑いかけてくる。

 

 どうやら隣に座っているサンがこぼれかけた涙を得意の水を操る技術で払ってくれたらしい。


 ……この子は何ていい子なのだろう。


 他の女性陣が皆、目元を押さえている中、俺はこちらに頭を傾けて来たサンの頭を撫でてやりながら、黙って皆が落ち着くのを待った。


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