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第九十二話 グラーツィアの皇子⑤

 特別メニューの後、教室に戻った俺はエンペンに話しかけていた。


「なぁ、エンペン。フルタス伯爵家と言う名前に聞き覚えはないか?」


「なんだいファレス、藪から棒に……けど、フルタス伯爵家のことは人より詳しいつもりさ。なにせ、あの兄上の婚約者がフルタス伯爵家の長女だからね」


 ……!

 なんと、親交どこから婚約として血縁まであるのか。

 これは本格的にきな臭くなってきたぞ。


「そうだったのか……」


「ああ。だけど急にどうかしたのかい? もしかして兄上の婚約者殿を狙っている? ファレス……キミの趣味に文句をつけるつもりはないけど、あれだけの美女に囲まれてきながらこれ以上は……」


「馬鹿をいうな、そんなわけがないだろう」


 ……なんて恐ろしいことを言ってくれるんだこいつは。

 もし、俺が頷いていたらどこかで血の花火が打ちあがったっておかしくないレベルだぞ。

 ……サラがお手洗いに外している時で本当に良かった。


「あ、そう言えばファレスが受けている特別メニューのクラスに妹さんが居たね。もしかしてそっちが狙いかい?」


「……お前は俺を何だと思っているんだ」


 呆れ顔で俺がそう言うとエンペンは満面の笑みを浮かべる。


「ハーレムクソ野郎さ! ……グフッ!」


 パンパンと手を払う。

 馬鹿には拳で分からせることも時には必要だからな。


「それで? 彼女がどうかしたのかい? それとも家自体かな?」


 脇腹を押さえながらエンペンは聞いてくる。


「どちらかと言えば人柄の方だな。どのくらい前から親交があるんだ?」


「僕が彼女たちのことを知ったのはそれこそ大昔のことさ。フルタス伯爵領は我がグランダル公爵領に最も近い領地だからね」


 ……近いからと言って親交がある理由にはならないと思うのだが、その辺りは家に寄るのだろうか?


「それで?」


「ああ、ファレスも知っているであろうメーディア嬢は魔法の才に溢れた人だったよ。キミも見ているだろうが、正直幼き日の僕が嫉妬してしまうくらいには才に溢れていた。それでいて、正確は温厚で良い人だったよ。もう最近は顔を合わせる機会がなくて見れていないけれど……ファレス程とは言わないけど、学年上で見ればかなりの腕前なんじゃないかな?」


 ……ほう?

 俺の見たメーディアさんの魔法の腕はせいぜい中の下か中の中と言ったところ。

 とてもじゃないが、学年を代表できるような腕には見えなかった。

 だが、エンペンの言に間違いがないのならばそれはおかしい。

 

 やはり何かあるな……。


「そうか……それで、お前の兄の婚約者殿とやらは、どんな方なんだ?」


 俺がそう聞くとエンペンが少し顔をしかめ、さらに声を小さくしてギリギリ聞き取れる程度の声量で答えた。

 

「彼女は……何というか、かなり我の薄い女性なんだ。あまり家の恥を晒すようなことは言いたくないのだが、だから昔から兄上の言いなりになっていることが多いんだ」


「……そうなのか」


 ふむ、才能あふれる妹に我の薄い姉、か。

 メーディアさんは何らかの理由で実力を押さえているに違いない。

 おそらく実姉周りの何かしらで……だ。


「他に何か聞きたいことはあるかい?」


 声量を普通に戻し、確認してくるエンペン。


「ああ、じゃあ最後に一つ。お前の兄とフルタス伯爵家長女の婚約が決まったのはいつだ?」


「……正式に発表されたのは去年だけど、内定と言う形だったら、僕らの魔法披露宴の歳だったね」


「……そうか。助かった」


「もういいのかい?」

 

「ああ」


「分かった。……キミが何をしているのかは知らないけど、僕にも力になれることがあればいつでも言ってくれたまえ。僕とキミの仲だ。出来る限り力になろう」


「おう、そんな時が来れば、だがな」


 俺がそう言うと、エンペンは「ファレスはつれないね」と言い残して自分の席の方へ戻って行った。


 俺も一人で席に戻り、頬杖を突きながら考える。

 

 ……トールスの狙いは一体何なんだ?

 今のエンペンの話から察するにトールスはメーディアさんを使って三年生にも何かを仕掛けようとしている。

 だが、なぜ実力を隠す必要があるんだ?

 それにメーディアさんの実力をあのクラスの誰もが疑っていないと言うことは、少なくともすでに三年間は彼女は実力を隠していることになる。


 そこまでして大掛かりな仕掛けをかける理由……。


 ……ダメだ、まだ情報が足りない。

 憶測だけなら無数に理由が思いついてしまう。


 だが、一つだけ。

 一年生の頃からメーディアさんがトールスの指示で実力を隠していた場合、その目的の一端には確実にベリル殿下が関わっているはずだ。


 ホーミカ先生によれば彼らは一年生の頃から仲が良かったという話……ここがこの件のとっかかりだな。


「ファレス様、お待たせしました」


 どんどん深いところまで思考の海に沈んでいた俺はサラの声で現実へ引き戻される。


「戻ったか」


「すみません。途中でリューナスさんに掴まってしまい……」


 何だか複雑そうな表情で報告してくるサラ。


「リューナスに?」


 確かにサラにしては戻るのが遅いか、と思っていたがそんな事情があったとは。

 だが、サラとリューナスにつながりがあっただろうか?


「はい。どこからか私も剣を使えるという話を聞きつけたようで……」


 ああ、なるほど。

 そうだよな、リューナスが興味を持つとしたら確実に武芸の話か食べ物の話くらいだもんな。


「そうか……それで? 模擬戦の約束でも取り付けられたか?」


「……ご明察です」


 あのバトルジャンキーめ。

 思わず苦笑いしてしまう。

 勝負なら俺が受けてやると言うのに……まあ、剣士としては色々な剣使いと打ち合ってみたいという気持ちは分からなくもないが。


「いつだ?」


「今日の放課後に、と」


「まあ、偶にはいいだろう。サラも俺やレド以外の剣を受ける経験を積むのも悪くはない」


「ですが、ファレス様のお時間を……」


 ああ、サラの苦い顔の理由はそれか。

 確かに、サラの私情に巻き込まれるというのは初めての経験かもしれない。


「気にする必要はない。サラ、お前は言っていただろう? 俺に並び立てるようになると。献身も結構だが、偶にはお前の事情に俺を巻き込んでみよ。その程度でどうこうなる関係を気づいてきたつもりはない」


「……! ファレス様っ!」


 感極まった様子で口元に手をやると、隣りの席で、少しでも動けば触れてしまいそうな距離まで近づいてくるサラ。


「……ンンッ! 良い雰囲気のところお邪魔いたしますわね」


 そうこうしているとサラの反対側にセレスティアが腰かける。

 声も表情も明らかに不機嫌そうだ。


「……邪魔だと分かっているなら遠慮してください」


「……あらあら、ここが教室だと分かっていらっしゃいますの?」


 バチバチと火花を飛ばし合う二人。

 ……だが、これに関してはセレスティアが正しい。


 結局この後の授業中、俺は両手をそれぞれに繋がれてしまい、ノートを取るどころか机上に手を出すことすら出来ないのだった。


 ◇◇◇


 ――放課後。

 サラとセレスティアの熾烈な争いによって今日も賑やかな学園生活を過ごした俺はサラが約束しているというリューナスとの模擬戦を見に訓練室にやって来ていた。


「おお! ファレス殿! 見に来てくれたのか!」


 リューナスが身分など全く気にしていないかのように大きく手を振って駆け寄ってくる。

 本当に大物である。


「まあな。あれから、少しは強くなったか?」


 俺もそれに軽く手を上げて答えながらそう聞いた。


「無論! 今日は新たな技を御覧に入れようではないか!」


「サラも中々やるぞ?」


「うむ! 先日、ファレス殿との戦闘後医務室に付き添ってもらっている時から気がついていた。本当ならばあの日に約束を取り付けたかったのだが、サラ殿は私を送り届けてすぐに部屋を出て行ってしまってな。今日まですれ違ってしまった」


 ああ、そう言えばそんな接点もあったな。

 とは言え、負けてまともに歩けない間に次の相手と勝負の約束を取り付けようとしていたとは……。


「そうだったのか……まあ、では今日は見せてもらうとしよう」


「ああ!」


 ……そう言えば、リューナスたち男爵家の方のクラスにはアイツはいるのだろうか?

 色々ある度に確認せずに来てしまったが、俺の影響で人生が大きく変わってしまった人物。

 クゾーム・ノウ、罪を犯したとは言え、既に三年以上謹慎処分を受けている。

 爵位の降格と合わせれば、もう普通に暮らしていてもおかしくないのだが……。


「では、ファレス様。私も行って参ります」


「ああ、リューナスは強いぞ」


「はい。ですが……負けるつもりはありません」


 俺の横で戦闘の準備をしていたサラがいつになく真剣な表情でそう答える。

 サラの腰には一対の双剣が帯剣されている。


 元々は俺と同じように長剣で訓練していたサラだったが、途中から双剣に持ち替えていた。

 元来、暗殺術用の剣術を会得していたサラは、長剣より短剣の方が性に合っていたらしい。

 双剣使いとなったサラはその機敏な動きと併せてかなりの使い手になっている。


 だが……おそらく、それだけではリューナスには勝てないだろうな。

 魔法が使えれば……いや、魔法ありでもリューナスに勝てるのはほんの一握りだろう。

 なにせ、原作最強の一角なのだから。


 リューナスとサラが剣を構えて向かい合う。

 どうやら、始まるらしい。


 ◇◇◇


 ……終わってみれば、かなりいい勝負だったというほかないだろう。


 無論、俺の見立て通り勝ったのはリューナスだったが、サラはヒットアンドアウェイに徹し、確実にリューナスを消耗させていた。


 最後にリューナスが見せた斬り上げからノータイムで斬り払いに移行するという、およそ人間業とは思えないパワープレイがなければ勝負は分からなかった。

 リューナスのこの攻撃はまるで腕が四本生えているのではないかと思わせられるようなものだった。

 本当に凄まじい才能だ。


 おそらく斬り上げでは剣を両手で握っているように見せながら右手のみで振るい、上げ切った段階で流れるように上の左手に持ち替え、どうやったのかは知らないが運動エネルギーを完全に殺し切って即座に左手で振り下ろしたのだろう。


 使っている刀が片刃から両刃のより打ち合いに特化したものになっていたとは言え、考えれば考えるほど人間業とは思えない。

 彼女は物理という概念を壊そうとしている。

 

 俺は倒されたサラに歩み寄ると手を差し出した。


「……申し訳ありませんファレス様」


「謝る必要はない。リューナスのあれは初見で見切れるような技ではない」


「……」


 それでも悔しそうにするサラ。

 だが、俺はそれ以上は声を掛けなかった。


「ファレス殿! どうだっただろうか?」


「フッ……流石と言っておこうリューナスよ。最後の一撃は俺でも止められるか分からない」


「本当か!?」


「ああ……見事だった」


 だって物理学を超越してるんですもの。

 あちらの方で俺と一緒に見学していたセレスティアを見てごらん?

 何とか口元は隠してるけど、どこからどう見ても開いた口が塞がらないって感じだろう?


「また、手合わせを頼んでも良いだろうか?」


 リューナスが聞いてくる。

 

「ああ、構わない。いつでも、という訳にはいかないが引き受けてやろう」


「そうか! ……だが、私ばかり頼みを聞いてもらって申し訳ないな」


 俺が快諾するとすごく嬉しそうな表情をするリューナスだったが、彼女は根っからの武人。

 借りっぱなしと言うのは性に合わないらしい。


「何か、私に出来ることはないだろうか? ファレス殿と頼みならばなんでも引き受けるぞ!」


 胸を張ってそう宣言した。

 

 ……ほう、なんでも。

 と、一瞬よろしくない思考が脳裏をよぎるが、それを遮るかの如く凄まじい圧が傍らから感じられたので、この考えはすぐに思考の彼方へ消え去った。


 ……と、すれば。

 こう言う機会でなくとも教えてくれそうなものだが、あいつのことを確認しておくか。


「じゃあ、そうだな。お前のクラスにクゾーム・ノウと言う人物はいないか?」


「む? クゾーム・ノウ? 聞いたことがないな」


 俺の質問にリューナスはすぐに否定で答えた。

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