第九十一話 グラーツィアの皇子④
問題のない学園生活の一週間は長いようで短い。
始まりの二日は長く感じるものの、三日目から何となく時間の経過が早くなり、気付けばまた次の一週間が始まっている。
早くも今日は特別メニュー、つまり俺が三年生に対して教師役として訓練相手になる授業の二回目だ。
「では皆さん、今日は前回とは趣向を変えましょう。前回は一対一で訓練を行いましたが、今回はペアを組んで二対一での訓練とします。自分以外に味方のことも考えながら戦う方法を学んでもらいます」
ホーミカ先生はそう言って三年生たちにペアを組ませていく。
正直なところ、ここにいる三年生たちは戦闘中に他のことを考えるような余裕があるとは思えないのだが、前回の訓練で先生も危機感を覚えたのか、それとも殿下に遠慮する必要がないと気が付いたからなのか……まあ、高負荷の訓練でもしないとこの三年生たちの実力はかなりまずいレベルだからな。
三年生たちは十四人なのでペアにすると計七組。
次の授業からは謹慎明けのリカルド兄上が合流するそうだが、兄上のペアが務まる相手はどう考えてもエルシアさんしかいないからそれまでは一人になるのだろうか?
それともエルシアさんも兄上に合わせて復学するのか?
……と、先のことを今考えていても仕方がない。
今回は最初から俺の方に三組のペアが並んでくれていた。
「ファレス先生! この一週間、僕は本気で応用と発展について考えて来た! もう、前回のような無様は晒さないよ!」
無論、一番前にはベリル殿下とそのペアに選ばれた貴族令嬢にしては珍しい気の弱そうな眼鏡の女学生が並んでいた。
「そうか……期待している」
鼻息荒くいきり立っているベリル殿下にそう告げて俺は前回と同様フィールド内の定位置に立った。
そして隣のフィールドにいるホーミカ先生にアイコンタクトを送る。
すると、先生は軽く頷いた。
「よし、では今日の訓練を始めよう」
「うん!」
「……」
胸を張って答えるベリル殿下と、対照的に小さく会釈だけする眼鏡の女学生。
……ペアなのにテンションの差がすごいな。
凸凹ペアな二人を見ながら俺はそんなことを考えていた。
◇◇◇
「……ありがとうございました」
最後のペアもすべての攻撃を受けきったうえで完膚なきまでに叩き潰し、降参の声が上がる。
「これで一回りしたな」
こちらが終わったタイミングでホーミカ先生が歩み寄って来た。
「お疲れさまでした。前回のようにフィードバックをしてあげてください」
「分かりました」
ホーミカ先生がそう言うと、待っていましたと言わんばかりに色々な質問が飛んでくる。
俺はそれを捌きながら、今日の訓練について振り返っていた。
始まる前は自分一人のこともまともに出来ない彼らがいきなりペアになっても、より酷くなるだけだと考えていた。
しかし、蓋を開けてみればそれは違った。
確かにどのペアも決め手に欠ける連係ばかりだったが、それぞれをサポートするような動きについては目を見張るほどではなくとも、見れない動きではなかった。
これはあまりに不自然なことだ。
だが、このクラスにおける異常な点に着目すれば自然なことにも思えた。
恐らくこのクラスはリカルド兄上とエルシアさんが突出しすぎていたのだ。
だから周りは彼らのサポートをするような動きだけ上手くなってしまった。
例えば、前回のベリル殿下の土魔法。
あの土弾は一点集中の攻撃だった。
一対一で考えれば明らかに意味のない攻撃だ。
しかし、複数人での連携ならば敢えて一点に絞ることで、回避を選ばせることが出来るし、あの攻撃には意味が出てくる。
その上で今日の訓練を改めて思い出す。
多対一の基本戦術である、相手を動かす動き、魔法の使い方が良く出来ていた。
ベリル殿下は想像通り、きっかけを与えたおかげか、粗さはあったものの使い方に工夫の見られる魔法がよく見られたし、他の学生もベリル殿下へのアドバイスを聞いていたのか、ひねった魔法を使ってくるようになった。
たった一回の授業をきっかけにここまで変わるかと驚いたものだ。
「あの、ファレス先生! 今日の訓練、僕たちには決め手が欠けていたと思うんだ。どうすれば決め手になるような攻撃が出来るようになるだろうか?」
皆の質問が落ち着いたころ、ペアの女学生と二人で反省会をしていたベリル殿下がそう聞いてくる。
……ふむ、決め手になる攻撃、か。
そう言えば考えたことはなかったな。
俺は魔力量のおかげで出力を上げるだけでどんな魔法も決め手にすることが出来る。
だが、それは俺と全く同じ能力を持つ相手と対面した時に決め手に欠けることになりかねない。
……まさか、こんなところから新たな気付きがあるとは。
まあ、俺と全く同じ能力なんて居ないだろうが……考えて見るのも面白そうだ。
「……ファレス先生?」
ベリル殿下につられて俺のことを先生と呼ぶようになった殿下のペアの女学生がこちらの顔色を窺うようにそう声を掛けてくる。
「あ、ああ、どうすれば決め手になる攻撃が出来るようになるかだったな? かなり抽象的で難しいことだが、相手を自分の最も得意な体勢に持ち込むことが出来ればいい。人間とは単純で弱い生き物だ。どんなに錆びた刃であろうと人は心臓を突かれてしまえばその瞬間に死ぬ。だから、考えるべきは、自分がどうすれば相手の心臓を突けるかを考えることだな」
「なるほど! 必殺技より、必殺のパターンに持ち込むと言うことだね!」
ベリル殿下は声高々にそう叫ぶ。
まあ、その通りだ。
そこまで含めて必殺技と言ってもいいのだろうが、まあ、自分の理解のしやすいように理解してくれればいい。
「ああ、質問は以上か?」
「うん! ありがとうファレス先生! さぁ、メーディア早速必殺のパターンを考えよう!」
「わ、わかりました」
殿下がペアの手を引きながらここから離れていく。
ふむ、あの眼鏡の女学生はメーディアと言うのか。
聞き覚えがないが、モブキャラだったのだろうか?
まぁ、モブ教師がグレイグの父親だったりするのだから、俺の知らないキャラクターがいるのはおかしくないが……なんとなく、彼女は気になるんだよな。
「ホーミカ先生、少しいいですか?」
「なんですか?」
「あの女学生、メーディアさんはどこの家の出身の方なのですか?」
メーディアのことが何か引っかかった俺は先生に聞いてみることにした。
すると先生は若干怪訝そうな顔をしながらも教えてくれた。
「メーディアさんですか? 彼女はフルタス伯爵家の次女ですよ」
「フルタス伯爵家……ですか」
「彼女がどうかしましたか?」
「いえ、殿下と仲が良いようなので、どこの出身の方なのか気になっただけです」
「ああ、そう言うことでしたか。あの二人は一年生の頃から仲が良いようでしたよ。話したがりな殿下と寡黙で聞き上手なメーディアさんは意外と気が合ったようです」
すると、ホーミカ先生は楽しそうに二人のことを語ってくれる。
生徒のことを聞かれたのが嬉しかったのだろうか?
「そうでしたか。いいクラスですね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。私が初めて持ったクラスなのよ」
慈愛の籠った目線で生徒たちを眺めるホーミカ先生。
俺はそれ以上は何も言わずにそっとその場を離れた。
……フルタス伯爵家、か。
その名前を聞いて俺は彼女に感じていた違和感に察しがついた。
彼女は伯爵令嬢だと言うのに人の顔を窺ってばかりだ。
まるで、普段からそのような癖が付いてしまっているかのように。
確かフルタス伯爵家はグランダル公爵家と親交があったはず……。
先生には良いクラスだと言ったが、もしかすると正反対なことが起きているかもしれない。
彼女には注意しておいた方がいいかもしれない。
根拠はない。
ただ、こののどに引っかかるようなこのクラスの違和感を俺は鋭敏に感じ取っていた。




