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第九十話 グラーツィアの皇子③

 俺が全員を倒し終わると、訓練室にいるメホロス以外のすべての人物からの視線が変わっていた。

 ある者は恐れを、またある者は悔しさを色々な感情が滲む視線が俺に向けられているが、開始前のように俺に文句を言うような者はもう、誰一人としていなかった。


「み、皆さん、お疲れさまでした。それぞれ今日の模擬戦で浮かび上がった自身の課題点をどのように克服するか、自分で反省し、残りの時間は試行錯誤してみてください。もちろん、我々への質問も問題ありません」


 話しながらホーミカ先生が確認するような視線をこちらに向けて来たので、俺はそれに頷いておいた。


 ……総評として、この三年生たちの実力は学生にしたって弱すぎる。

 この程度では平民出身なアゼクオンの騎士にだって勝てないのではないだろうか?


 この実力で、外に魔物討伐に出たのか?

 だとすればそれはあまりにも危険すぎる。


 こんな言い方をしたくはないが、被害に遭ったのがエルシアさんだけで済んだことを幸運に思うべきと言ってしまいたくなる程度の実力しかない。

 

 横目に見ていた程度だが、ホーミカ先生は教師になり教える立場なだけあってそれなりの強さだった。

 それにかなり特殊な無属性魔法を使っていた。


 だと言うのに、その生徒であるこの三年生たちはそんな先生の戦い方から何も学ばず、何と言うか戦術書を暗記しました! みたいな戦い方しかしてこない。


 このレベルでは、ここの全員対魔法のみのリューナス一人でもリューナスが圧勝してしまうだろう。

 おそらく一対一ならば、魔力覚醒を果たしたばかりのエンペンの方が強い。

 そんなレベルだ。


 ……もしかしてだけど、殿下のレベルに合わせた授業になっている、なんてことはないだろうな?

 いや、流石にそんなことはないか。

 殿下に関してはもはや魔法を使えない原作ファレスでも勝ててしまうようなレベルだ。


「ファレス先生!」


 そんな風に今日のことを振り返っていると、先ほどまでショックで倒れていたベリル殿下が起き上がりこちらに詰め寄って来た。


「なんでしょうか?」


 俺は先ほどの教師としての口調から年下の貴族の口調に戻して返事をする。


「率直な感想を聞かせて欲しいんだ。僕の魔法の腕はどうなのだろうか?」


 ……これはまた、答えにくい質問が飛んできたものだ。

 

 だが、今この場には俺の手助けをしてくれる存在はいない。

 メホロスは殿下が敗北した段階でこの部屋を出て、おそらくサラたちの方へ戻ってしまったし、ホーミカ先生は授業態度だけは一丁前な学生たちに質問攻めにされている。


 ……仕方ないな。

 成長のためには必要な挫折だ。


「正直に言わせていただきます……いや、正直に言おう。センスのかけらも感じない」


「……っ!」


 俺はもう一度教師モードを纏いなおし、歯に衣着せぬ物言いでベリル殿下をぶった斬った。

 この人はもうこれ以上ないほどに甘やかされてきたのだ。

 誰かが言わなければ、恐らく一生このままになってしまう。

 

 もしこのままだとするとどうだろうか?

 俺みたいな野心家にすぐに帝位を簒奪され、安定した治世が一瞬で戦乱に陥ってしまうことだって考えられる。


 いつか皇帝に一泡吹かせるつもりではいる俺だが、正直帝位には興味がない。

 帝位を取るくらいなら領地ごと国家として独立したいくらいだ。


 ……少し話が逸れてしまったが、つまりこのままの弱いベリル殿下では、俺たちの代に確実に帝位を奪われ、せっかくの安寧が脅かされるという訳だ。


「殿下……いや、ベリル、貴様は魔法を使ってすらいない」


「な、私の魔法はしっかりと発動していたはずだ!」


「ああ、それは魔法だからな。その通りにすれば発動自体はする。しかしながら、それだけでは魔法を扱えるとは言わない」


「……だがっ!」


「マニュアル通りに魔法を使ってどうする? そんなことをするくらいならば剣を握って体を鍛えた方がマシだ」


 反論しようとする殿下に隙を与えないよう、矢継ぎ早に攻め立てる。

 ……だが、正直少し驚いた。

 第一印象的には反論も出来ないタイプなんじゃないかと思っていたのだが、流石に最低限のプライドはあるみたいだ。


「……」


 そこまで言われるとベリル殿下は言葉が出ないとでも言うように黙りこくってしまった。


「はぁ……ベリル。貴様、剣と比較した時の魔法の利点はなんだか分かるか?」


 常識から問い直す必要がありそうだ。

 俺はそう考えて、この世界で剣が馬鹿にされる所以となっている定番の質問を殿下に投げかけてみた。


「それくらい分かっている。射程距離と広範囲の攻撃性能だろう?」


 俺の質問に対し、至極当然とでも言うように殿下は答えた。

 その態度からは若干不貞腐れているような雰囲気が感じ取れる。

 まあ、子供でも知っている常識を十八歳を目前とした学生に聞いているのだからこのような反応になると言うことも理解できる。

 だが、この程度の回答では全く持って不十分だ。

 

「……それだけか?」


 俺がそう言うとベリル殿下は瞬きを忘れたかのように目を見開く。

 

「……? どういうことだ?」


「剣と比較した際の魔法の利点はそれだけなのかと聞いている」


「ば、バカにしないでくれ! これでも僕は座学には自信がある! これまで読んできた書物の内容は全てきちんと理解しているんだ!」


 ……なるほど。

 記憶の容量だけは良い馬鹿という訳か。

 魔法の扱い方がマニュアル通り過ぎたあたりからうすうす感じてはいたが……皇帝は何をどうやってこの皇子を今日まで育ててきたのだろうか?


「ベリル……。世の中のすべてが書物に詰まっているとでも思っているのか? 書物による座学をすること、それは大いに結構だ。だが、あくまでそれは始まり、そこから自らの理論をもって発展させてこそ意味のある物になる」


「なっ……」


 世界の真理を突き付けられたとでも言うような顔をしているが、本当によくこれで生き残って来れたものだ。


「今日からはその溜まりに溜まった書物による始まりの知識を発展させることを目的としろ。魔法ならば使い方を工夫しろ。体術ならば、その一歩先のことまで考えてみろ。これが今お前にできるアドバイスだ」


「………………うん、分かったよ」


 もう、反論する気力もないと言うようにへたり込むベリル殿下。

 だが、あの皇帝の血を引いているのだ。

 才能が皆無とは思えない。

 それに彼の声は震えていたが、確かに前を向こうとしていた。


 頑張って成長してくれることを、影ながら願っておこう。


「な、なぁ……」


 なんて考えていると、殿下とは違う方向から控えめに声が掛けられた。


「お、俺にもアドバイスを貰えないかっ!?」

「わ、私にもっ!」


 するとその声を皮切りに四、五人程度の学生が俺の方にそう言い寄って来た。


「……フッ、良いだろう」


 ……この感覚は悪くないな。


 こうして俺の特別メニュー、三年生相手の教師役一日目は終わりを告げた。


 ◇◇◇


 授業終了後、ホーミカ先生に呼ばれ今後についての諸々の確認をし終えてから一人で訓練室を出るとその先で当たり前のようにサラが待っていた。


「特別メニュー、お疲れさまでしたファレス様」


「ああ。良くここが分かったな。メホロス先生に聞いたのか?」


「いえ、ファレス様の位置は見えずとも聞こえずとも分かりますので」


「……そうか」


 ……え? 俺、GPSとか付けられてたりする?

 年々サラが考えられない方向に進化を続けているのだが、これ、その内、どこに居ても俺の近くを離れない背後霊みたいな存在になるんじゃないだろうな?

 

 なんて馬鹿な想像は置いておいて、この話題には底知れぬ闇を感じるので俺は話を変える。


「授業の進捗はどうだ? サラの実力なら、もう数か月もすれば課題をクリアできると思っているが」


「あと授業二回以内に達成します」


「フッ、そうか。では、サラが来るのを楽しみに待っているとしよう」


 あと二回か……大きく出たな。

 だが、サラが俺に対して言い切ったのだ。

 ならば俺は信じてやればいい。


 ……なんとなく、教師を引き摺ってしまっているような気がしなくもないが、まあいいだろう。


「はい!」


 元気よく返事をするサラを見る。

 そう言えば学園内でサラと二人きりになるのは久しぶりだな……。


「なあ、サラ。そう言えばセレスティアはどうした?」


 俺がそう聞くと、サラはフイっと顔を背ける。


 そして、まるで時を見計らっていたようなタイミングで通信玉から声が届いた。


「(ファレス様、いったいどこにいらっしゃいますの? サラさんと一緒にお迎えに行こうと思いましたのにサラさんもいつの間にかいませんし……)」


 どうやらセレスティアはサラと一緒に俺を迎えに来てくれるつもりだったらしい。

 しかし……さすがは『嫉妬』を覚醒したサラだな。

 上手いこと目を盗んで一人で来たのか。


「(もう、教室に戻るぞ?)」


「(なっ! サラさん……いえ、サラ・エバンス。やってくれましたわね!)」


 セレスティアの恨みが籠った声が脳内に響く。

 ……今日も賑やかな学園生活になりそうだ。


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