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第八十九話 グラーツィアの皇子②

 ……尊敬? いや、憧れだろうか? はっきりとは分からないがそんな目で俺のことを見つめてくる一人の学生。

 つられて俺もそちらに視線を向けてみれば、その正体はまさかの人物だった。


「……ンンッ、メホロス先生の紹介ですし、実力は折り紙付きなのでしょう」


 そんな俺の思考を遮るようにホーミカ先生が話し始める。

 小声で確かに先日の決闘を見事でしたねと言っていたのを俺の耳は聞き逃さなかった。


「ええ、なにせ、私より強いですから」


 そんなホーミカ先生の言を肯定するようにメホロスがそう言い含める。


「……では、丁度いい時間なので、早速実践訓練を始めましょう。私とファレス君、互いに一度ずつ戦えるように大体半分になるように分かれてください」


 ホーミカ先生が早速指示を出す。

 授業を中断してしまっているから一刻も早く授業に戻るというのは、大変理に適っているのだが、先に俺の実力を確認するとか、そう言うの無いのだろうか?

 ……いや、それだけこのメホロスが信用されていると言うことか。

 まあ、貴族を除けば満場一致で帝国最強の男であるグレイグの父親ともなればそうなるか……。

 

 なんて考え事をしながら、俺の前に学生がやって来るのを待っていたのだが……俺の列に並んでくれたのは一人だけだった。


「皆さん……大体半分になるようにと言ったはずですが……」


 ホーミカ先生が眉間を押さえながらため息を吐く。

 そんな様子をメホロスが楽し気に見つめていた。

 そして、少し遅れて学生たちから声が聞える。


「いくら強くとも俺たちの相手が一年に務まるとは思えません!」

「そうです! 確かに先日、彼の実力はこの目で見ましたが、あれは相手が同じ一年生でした!」


 やいのやいのと騒がしい学生たち。

 まあ、言いたいことは理解できる。

 俺だって、自分より年下のやつが「今日から俺がお前の教師だ!」なんて言ってきたら腹が立つ。

 しかし……もし、俺がそんな状況に見舞われたら、自らの手を持ってその実力で分からせるだろう。

 それがない時点で、彼らは俺に負けることをただ恐れているだけなのだ。

 無論、帝国貴族としてのプライドから、そんなことを認めることはないだろうが……。


 ただ……。


 俺はホーミカ先生の方に並んだ学生たちを眺めていた目を自身の目の前に立つ年齢にしては小柄な男子学生へ移す。


 こいつ……いや、この方は一体どうしてこんな顔をしているんだ。


 ただ一人俺の目の前に立っている青年。

 それは最初から他とは違う視線を俺に向けてきていた人物にして、このグラーツィアにおける正統皇位継承権を持つただ一人の皇子。


 ベリル・グラーツィア皇子殿下だった。


「ホーミカ先生、一人いれば問題ありませんよ。あとはそちらで戦い終わった方が流れで私の方に来てくだされば、多少効率は落ちますが問題なく授業を進行できるかと」


「はぁ……それもそうですね。本当は二連戦になってしまうのは避けたかったのですが……より実践的な訓練と言うことでそう言うことにしましょうか」


 ホーミカ先生は再び眉間に手を当てながら俺の提案を承諾した。

 すると、自身の前にならなんだ十三人の学生を連れて、訓練室の奥の方へ歩き出す。


「さて、俺たちも移動して始めますか」


 俺は一瞬メホロスの方に視線をやった後、目の前のベリル殿下にそう声を掛けた。


「うん! よろしくお願いします! ファレス先生!」


 ………………?

 こ、これは気のせいだろうか?

 なんだかベリル殿下から、ものすごいレベルの好感度、というかもはや親愛度とも呼び変えられるような、そんな雰囲気が発されているのだが……。


 ……ま、まあ、いいか。

 もしかしたらこれがデフォルトの性格なのかもしれないし……。


 俺はこれまで関わって来た誰からも感じたことのない雰囲気にものすごい違和感を覚えながら、そんなベリル殿下を連れて、手前側のちょうどバスケットボールコート程度のサイズの範囲に区切られたフィールドに移動した。


 この訓練室はいわゆる模擬戦室のような部屋で、指定された範囲内ならば身体的に残るダメージを無効化してくれるという、訓練にこれ以上ないほどありがたい機能が備わっている。

 原作ファレスルートではほとんど使う機会がなかったが、きっと他キャラクターならばここでの訓練イベントなどがあったことだろう。


 俺とベリル殿下は大体五、六メートルほど距離を離して向かい合う。

 ちょうど反対側のフィールドではホーミカ先生の方の模擬戦が始まったようだ。

 

「タイミングはお任せします。どこからでもかかってきて下さい」


「うん! じゃあ、お言葉に甘えて、行かせてもらうよ!」


 軽く手を広げて見せる俺に遠慮なく風の魔法で攻撃をしてくるベリル殿下。


 殿下が使ったのは風魔法のオーソドックスな使い方の一つである風を刃上にして飛ばす攻撃だった。


 ……最初は様子見か?


 俺はそう思いながら、同様の魔法を発動し、殿下の魔法を相殺した。


「さすがファレス先生! じゃあ、これはどうだ!」


 殿下はなぜか嬉しそうにそう言いながら、今度は土の魔法で握り拳より一回りほど小さい土塊を十数個程度作り出し、それを俺に向けて飛ばして来た。


 ……俺は舐められているのだろうか?


 発射箇所こそばらばらだった土塊だが、俺の元にたどり着く頃にはそのすべてが俺の身体の中心を狙っており、こんなもの魔法で防御する必要さえない。

 俺はタイミングを合わせ、横へ少し体を反らすことでその魔法を回避した。


「!! すごい! あの数の土塊の軌道を全て見切るなんて!」


 ……いや、この感じ……この人本気だ。


 俺はこの二度の魔法と、殿下の反応からすべてを察してしまった。

 殿下は属性としては珍しい、風と土の二属性使いのようだ。

 風と土には複合属性は存在しないため特殊性は少ないが、二属性と言うだけで汎用性は大きく広がり、それだけで脅威的になる。


 しかしながら、それは当然、十全に扱える術者がいてこそだ。


 殿下は……驚くほどに魔法の才能がない。


 攻撃には一切の工夫が見られない、いわゆるマニュアル通りの魔法でしかなく、俺でなくても容易に対処できるだろう。

 だと言うのにこの驚きよう……おそらく立場からこれで良しとされてきてしまったのではないだろうか?


 そう思い、入り口付近でこちらを見ていたメホロスにもう一度視線を向ける。

 するとメホロスもこちらを見つめ、にやりと笑って見せた。

 

 ……なるほど。

 確かにこの方の相手をして、一番に実力を伸ばしてやれるのは俺なのかもしれない。

 ほぼすべての魔法が扱えるという俺の『傲慢』はなにも使用者の能力に関係がないという訳ではない。

 それを使いこなせるだけの器用さ、自分自身が扱えるように即座にアップデートできる修正力なんかも実は重要なのだ。

 そこに性格と魔力覚醒ライン以外すべてがオーバースペックなファレスが合わさるからこそ最強なのであり、決して『傲慢』を持っているから最強と言う訳ではない。


 おそらくメホロスが俺をこのクラスに連れて来た一番の理由はこの人の存在なのだろう。

 色々な魔法を工夫して扱う俺の姿を見せることでこのマニュアル人間な皇子殿下を自主的に成長させようという目論見。

 いや、お前なら殿下を成長させられるだろう? という一種の挑戦状。


 ……正直、俺としては物足りないが、だからと言ってこんな挑発染みた挑戦状を叩きつけられて黙っている俺ではない。

 良いだろう。

『傲慢』の名に懸けて、殿下を強くしてやろうじゃないか。


「今度は俺から行きますよ」


「ああ! どこからでも……っ!」


 殿下が膝から崩れ落ちる。


「カハッ」


「殿下……いえ、今の俺は教師ですのであえてこう呼ばせていただきます。ベリル、お前は経験に乏しすぎる。すべての魔法が正面から飛んでくると思っているのか?」


 今、俺が殿下に向けて使ったのは、先ほど殿下が飛ばして来たような土塊を一つ飛ばすだけの超初歩的な土魔法。

 だが、全くの認識範囲外から攻撃を受けた殿下はそんな低威力、低難易度の魔法に膝をつかされている。


「……っ! それは……その通りだね」


 フィールドの影響ですぐにダメージはなくなるはずだが、恐らくこれまでほとんど魔法の直撃など食らったことがないのだろう。

 背中を庇いながら殿下が立ち上がる。


「続けるぞ?」


「う、うん! どこからでも……っ! グフッ!」


 ……少しは学ばないのだろうか?

 全く同じ魔法を同じ展開で受けた殿下は今度は立ち上がることなく戦闘不能になってしまった。


 これは……中々苦労しそうだな。


 俺はホーミカ先生の方から渋々こちらに流れて来た三年学生たちを端から蹂躙しながら、殿下の指導方針を考えるのだった。

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