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第八十六話 マーデンの暗躍⑧

 案内された部屋に入ると中では両手を握り合うクインとエルシアさんの姿があった。

 ……あの様子を見るにどうやら治療は成功したらしい。


「上手くいったようだな」


「はい、おかげさまで。まだ正確な診断が出来ているわけではありませんが、顔色が見違えるようによくなって……本当に、ありがとうございます」


 先ほどまでの態度は気を張っていたのだろう。

 この部屋に入った途端、セレスティアの表情は安堵の涙を目元に蓄えていた。


「礼ならば、俺ではなくクインにしておけ」


 俺は泣きすがってくるセレスティアにそう言い聞かせながら、改めて二人の方を向いた。

 

「……挨拶が遅くなり申し訳ない。お久しぶりですエルシアさん」


「い……のよ。わた……こそ、こ……声で……ごめ……さい」


 そう言えば、リカルド兄上やセレスティアの前でないと話せないと言っていたな。

 その状況から考えれば、ずいぶん回復したと言えるだろうが……やはり完全な治癒と言う訳にはいかないのか。


「いえ、お気になさらず。私の方こそ病床に押し掛けるようにしてしまい申し訳ない」


 俺の言葉にエルシアさんはふるふると首を振ると、そのかすれがすれな声で必死に意思を伝えてくる。

 

「あなた……には、……ちょく……せつ、お礼……言い……たかった」


 ゆっくりと、音にならなかった部分は言い直しながら紡がれる言葉には、確かな感謝が感じられた。


「お礼なんて……いえ、ここは素直に受け取っておくべきですね」


 俺がそう言うと儚げな雰囲気を纏いながらこちらへ微笑んでくれる。


「それ……に、……セレス……の、可愛い……とこ……ろ、見ら……れて……嬉しい」


 そんな微笑みは、どうやら今もなお俺の胸にすがって泣いているセレスティアに向けられていたようだ。


「お、お姉様っ!」


「ふふっ」


 ……この様子なら、一月もしないうちに良くなるだろう。

 家族と言う存在の大きさ、大切さが分かっていれば、心の問題は乗り越えられる。

 もちろん、お互い、両者間での理解が必要だが、姉のために泣けるセレスティアと病床でも妹に微笑みを忘れないエルシアさんなら問題ないはずだ。

 原作ファレスにもこれがあれば……なんて際のないことを考えてしまうのは、俺自身が上手くいったからだろう。


「ファレス様、これから数日から数週間ほどはここへ通いたいのですが……」

 

 そんなことを考えていた俺にクインがそう提案してきた。

 

 好きにすればいい……と、言いかけて少し考える。


 グランダル家のトールスは何らかの意図があってエルシアさんを狙い、セレスティアをエンペンの婚約者にしようとしていた。

 それにスペーディアに対しても魔道具の一件で悪感情を抱いているはず。

 とすれば、あまり容認したくない提案だ。


 おそらくクインはそこまで考えて、この提案を俺にしてきたのだろう。

 つまり、クインは言外に俺にも付き添って欲しいと言っているのだ。

 母子揃ってアゼクオンを盾に使おうとは、本当に抜け目がないな。


「良いだろう。特殊な事情がない限り、数週間は通わせてもらう。エルシアさん、セレスティア、構わないか?」


 まあ、ここまで関わっておいて放り出すつもりはない。

 どうせなら完璧に回復して欲しい。


 そう考えて、俺は二人に確認した。


「構いませんわ」


 若干前のめりに返事をするセレスティアと、感謝の微笑みを浮かべるエルシアさん。

 

 さて、当面の方針は決定だな。

 だが、それと同時にグランダル家の目的も調べる必要がある。


 クインが絡まれた件も単に魔道具だけが理由ではないかもしれない。

 ここ数年はこうやって大規模に何かをすることはなかったからな。

 あまり褒められたことではないが……少し生活に張りが出そうだ。


「それでは、あまり長時間お邪魔するのもお体に障るかもしれませんので、私たちはこれで」


 俺がそう言うとクインもエルシアさんから手を放し、こちらへ来る。

 エルシアさんは少し寂しそうな顔をしていたが、後のことはセレスティアに任せよう。


「それではエルシア様、また明日も来ますね」


 どうやらクインはかなり打ち解けたらしい。

 声音が友達と話すときのように最低限の敬語で軽いものになっている。

 エルシアさんも嬉しそうにはにかんでいた。

 

 そうして、部屋から出ようとした時だった。

 部屋の外から、強い気配を感じる。

 ……サラでもサンでもない。

 正直に言えば、このレベルの気配は父上クラスだ。


 どうやらクインも気が付いたようで、神妙な面持ちでこちらを見ている。

 なんだ? このタイミングで奇襲をかけられるような謂れはないはずだし、ともすればこの気配は一体……?


「あら、この気配……良かったですわねお姉様。あの方が来てくださったみたいですよ」


 俺とクインの間に緊張感が走っていた中、一人自然体だったセレスティアが少し遅れてその気配に気が付いたかと思えば、エルシアさんを振り返りそんなことを言った。


「あの方?」


 俺は警戒を解かずにセレスティアに問う。


「ええ、ファレス様の方がご存知かと思いましたが……あのお姉様の表情で察してください」


 言われてエルシアさんの方を見てみると、先ほどまでとは違いどこか緊張した様子で、髪を手櫛で整えながら頬を赤らめている。


「……なるほど」


 いや、外に誰が居るかは分かったけど、じゃあなんでこんなやばい相手を前にしてます! みたいな気配を出してるのさ……リカルド兄上。


「では、ごゆっくり」


 セレスティアが先ほど揶揄われた仕返しのようにねっとりとした言い方でそう言って、扉を開く。

 そうして、開かれた先の廊下に立っていたのは、深呼吸をして精神統一をしているリカルド兄上だった。


「な、なぜ扉が……って、ファレスっ!?」


「……お久しぶりです。リカルド兄上」


 久しぶりに見たリカルド兄上は依然見たときよりさらに身長が伸び、その男前に磨きがかかっていた。

 しかし、女性を相手にする方の男前はどうにも皆無らしい。


「な、なぜお前がエルシアの部屋から……」


「そのお話もゆっくりエルシアさんから聞いてください。俺たちの要件は済んでいますので」

 

 リカルド兄上には昔から何かとライバル視されていてあまり話したことはなかったのだが、素はこんな感じなんだな。

 ……本当に母さんの血縁なのだろうか?


 俺はそんなことを考えながらリカルド兄上の名誉のために二人を連れて足早にその場を後にした。



「なあセレスティア、リカルド兄上はいつもあんな感じなのか?」


 部屋の扉が再び閉められる音を聞いてから、俺はセレスティアにそう問いかけた。


「ええ、とても純心な方でいらっしゃいますわ。どこかの誰か様と違って」


 ……。

 なぜかこちらに鋭い斬り替えしが返って来た。

 俺が無言でセレスティアを睨むと彼女は微笑を浮かべながら視線をそらした。


「わ、私はファレス様の余裕のある感じ、素敵だと思います!」


 そんな俺たちを見てすかさずフォローしてくれるクイン。

 アゼクオンを盾にしたりと強かになっても、根の優しいところは変わっていないんだね。

 でもそれ、せっかくセレスティアがぼかした固有名詞を思いっきり言っちゃってるからね。


「ふふっ、今だってこうして、貴族子女を二人も侍らせていますのに部屋に戻ればもう二人……余裕のある方でないととても捌き切れませんわね」


 なんだなんだ?

 先のサンと言い、今日は俺をそう言う意味で追い詰めたい日なのか?

 それと、もう二人って……ちゃっかりサンまでカウントするんじゃない!


 ……だが、こうしてネタにしていられる期間も、もうそう長くはない。

 リカルド兄上とエルシアさんがいい例だ。

 彼らは今年で十八の代。

 つまり本格的に婚約が発表されたり、実際に結婚する学生だって存在する。


 学園はかなり特殊な学年制度をしており、四年までは全貴族共通だが、男爵家の者は基本的にそこで卒業し、家業の手伝いに入ったり、実際に家の運営に関わっていく。

 しかし、子爵家以上の貴族子女は五年目からもより実務的な領地運営などを学ぶことが出来る。

 要するに学園は貴族としての教養や魔法による戦闘能力を入学からの四年間で公的に指導し、それ以降はより実践的な兵法やそれこそ領地運営についてを学ばせるのだ。


 この制度上、いわゆる成人を迎えても学園に残る貴族子女は一定数おり、それによって学生結婚が頻繁に起こる。


 おそらく俺もいつかはそうなるのだろう。

 そしてそのいつかは今も刻一刻と迫ってきているという訳だ。


「………………」


 困ったものだ。

 横目で両サイドを固めるタイプの違う美女たちを見たあとに部屋で待ってるサラを思い浮かべる。

 ……どういう訳かサンも思い浮かんだが、なんにせよこの中の誰かとは間違いなく結ばれるのだろう。


「ファレス様? どうかいたしました? 入りませんの?」


 扉の前で立ち止まった俺を不思議そうな顔で見つめてくるセレスティア。


「……いや、なんでもない」


 まぁ、先のことは未来の俺に任せるとしよう。

 とりあえず今は、グランダル家の問題に終止符を打つのが先だな。


「おかえりなさいませファレス様、皆さん」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、それにセレスティアさんおかえり~」


 サラとサンに迎え入れられながら、ブレかけた指針を再度修正し、俺は明日以降の行動の計画を練り始めた。

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