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第八十五話 マーデンの暗躍⑦

 私はファレス様たちと一緒に居た部屋をでてセレスティア様の後をついて歩く。

 まさかお金や商売関連以外にファレス様に頼られることになるとは思わなかった。

 しかし、話を聞いてみれば、今回の件はとても他人事とは思えなかった。


 自慢ではないが、私はファレス様と共に旧ノウ領の復興に携わってからというもの、ほぼすべてのことが上手くいっていた。

 魔法披露宴ではあれだけの醜態を晒してしまったと言うのに、今では学年でもトップクラスの魔法実技の成績を残せているし、元々得意だった座学方面では入学以来主席の座を譲ったことはない。


 しかし、そのせいでよく知らない人から絡まれることも多かった。

 私の魔法の性質上、実際に痛みを伴うような結果になったことこそなかったものの、突然風の魔法でスカートを捲られそうになったり、水魔法を頭から被せられそうになったりとくだらない嫌がらせを受けることが増えたのだ。


 だから今回、一つ上の学年で優秀な成績を収めているエルシアさんが期末試験で酷い目に遭ったという話は許せなかった。

 私程度の物ならば別にいい。

 すぐに対処できる程度の物だし、最悪対処をしくじっても実害は少ない。


 だが、酷いトラウマで心を病んでしまうような状況に追い込むというのはとても許せない。


「セレスティア様」


 私は半歩先を歩くセレスティア様に声を掛けた。


「なんでしょう?」


「私が絶対に治して見せます」

 

 これはセレスティア様に対して言っているようで、実際のところは自分に対する宣言のようなものだった。


「はい。お願いします」


 セレスティア様もそんな私の胸中を察してか真剣な眼差しで、しかし穏やかな笑みを浮かべてそう答えてくれた。


 ◇◇◇


 その部屋は一見、普通の貴族様のお部屋だった。

 しかし、どこか陰鬱で、この屋敷の洗練された美しさからは少し離れているような、そんな印象を受けた。


「……」


 その方は儚げな雰囲気を身にまとい、にこやかに、無言でこちらを見つめた。


「お姉様、こちらの方がお話しした方ですわ。スペーディア男爵家のクインさん」


 セレスティア様が私を紹介してくれる。

 私はそれに合わせて頭を下げた。


「こうしてお話しさせていただくのは初めてですね。二年のクイン・スペーディアと申します」


 礼儀とフレンドリーさ、両者をいい塩梅に分けてそう言う。

 すると、セレスティア様のお姉様、つまりエルシア様コテンと首を傾げた後、一度大きく首を振った。


「……もしかして覚えていてくださったのですか? 私を水魔法から庇ってくださったときのことを」


 私がそういうと、エルシア様は笑顔を浮かべてコクリと頷いた。

 

 正直、覚えていてもらえているなんて思っていなかった。

 と言うか、普通の人は覚えているようなことではないだろう。


 あの日は本当に偶々、嫌がらせに遭っていた私のところにエルシア様が通りかかり、私に向かって飛んできた攻撃目的ではない、ただ人を濡らす目的しかないその水魔法を打ち払ってくれたのだ。

 その時に一度、「大丈夫?」「あ、はい! 大丈夫です。ありがとうございます!」なんて、そんな当たり前のやり取りをしただけなのだ。


「なるほど。二人はお知り合いだったようですね。ならばここはお任せしてしまってもよろしいですか?」


 そんな私たちのやり取りを見て、セレスティア様が邪魔にならないようにと配慮を見せてくれた。

 しかし――私はその言葉を否定した。


「いえ、セレスティア様にも居てもらった方がありがたいです。信用していただけるのは嬉しいですが、あくまで私は呪縛を解くお手伝いをするだけです。それ以上のことはエルシア様ご自身とお身内であるセレスティア様が手伝って差し上げた方が良いかと」


 恐れ多くも、これは絶対に伝えないといけないと私の中の『慈愛』の魔法が言っているような気がした。


「そう……ですわね。分かりました。では、お願いしますクインさん」


「はい。では、エルシア様。少し手の方を失礼します」


 セレスティア様に再度お願いされた私はエルシア様の手を取り、サンにした時のことを思いだしながら魔法を発動した。


 ◇◇◇


「時にサン、クインの魔法を実際に受けるとどんな感じなんだ?」


 客間で二人の帰りを待っている間、俺はふとサンにそんな質問をしてみた。


「お姉ちゃんの魔法? うーん……」


 俺の質問にサンはその幼い顔をぐぬぬと悩みにゆがませる。


「……なんかすごくあったかくて優しい気持ちになる感じ?」


 あんまり覚えてないけどそんな感じ! とサンは教えてくれた。

 ふむ……。


「そういえば、昔サンさんに私の魔法はファレス様への感情が力の元になっていると言われたことがありました」


 サンの何とも言えない言葉に反応に困っていると、サラが助け舟を出すようにそんな話を振ってくる。


「ほう? そんなことがあったのか?」


「ええ、確かサンさんのお母様に言われたとか……」


 注目が再びサンに集まる。


「うん! お姉ちゃんの魔法ってあの蛇のやつだよね? ああいう魔法は強い感情が元になっているんだって! けど、その強い感情に飲み込まれちゃうと力も制御が効かなくなっちゃうってお母さんが言ってたよ!」


「そうか……そう言えば、一度サラもそのブレスレットを引き金に暴走を起こしかけたことがあったな」


 懐かしい。あれがもう三年以上前のことだとは……。


「そうなの?」


「や、止めてくださいファレス様。その節は大変なご迷惑を……」


 サラにとっては余程のことだったのだろう。

 顔を真っ赤に染めながら、そう言ってくる。

 だが、あの暴走は俺たちにとってもは非常に重要なことであったように思う。


 あれがあったおかげでサラの本音を聞くことが出来たし、俺の覚悟も決まったような気がするのだ。


「気にするな。もう長い付き合いなのだ。あの程度迷惑の内にも入らん」


「……はい。ありがとうございます」


 俯きながら未だ赤い顔をパタパタと手で仰いでサラが答える。

 そんな仕草を見ながら、サラとの距離感もだいぶ近づいたなと、思った。

 

 そんな俺たちをサンはジーっと見つめてくる。


「サン? どうかしたか?」


 その視線が気になって聞いてみると、それは突然投げ込まれた。


「……ファレスお兄ちゃんとサラお姉ちゃんは結婚するの?」


「「………………」」


 思わず、紅茶を飲む手が止まり、サラも顔を仰いでいた手が止まった。


「あれ? でも、さっきの勝負はセレスティアさんの婚約者を決める勝負だったんだよね?」


 幼さ故か、実はすべてわかっているのか、サンの純粋さからは読み取ることは非常に難しい。

 ただ、幼さが故のその無邪気さは、今の俺を簡単に追い詰めることが出来る武器であることは確かだった。


「……ま、まあ、あれだ。サン。貴族の婚姻という物はそう簡単なものではない。あんな口約束で婚約者がどうこうと言うのは難しいんだ」


「そうなの? じゃあ、まだお姉ちゃんにもチャンスがあるね!」


 やはりこの子、実は天然なのではなく養殖なんじゃないだろうか?

 的確に触れづらいところを突いて来る。


「……ま、まあ、そうだな。事実として、現状俺に婚約者にあたる人物はいない。帝国貴族で同年代の令嬢となれば、ある意味誰がなってもおかしくはないな」


 ……なんだろう。

 突然サンが怖い。

 サラみたいに感情を爆発させるわけでも、セレスティアみたいに立ち回りで感情をぶつけてきているわけでもないと言うのに、気付けば逃げ場がなくなっているかのような、そんな怖さがある。


「そうなんだ! じゃあ、お兄ちゃん。サラお姉ちゃんとクインお姉ちゃんとセレスティアさん、誰が一番好きなの?」


 なんてことを考えていたら案の定これだ。

 当のサンはニコニコと笑顔を浮かべているが、何となく凄みがあるような気もする。

 そして、左側からは間違いなく凄まじい気配が漂って来ていた。


 ここはこの場をしのぐべくサラと答えるのが正解か?

 いや実際、関係値的に見てもサラが一番深い仲ではあるわけで……だが、待て。ここは別邸とは言えカーヴァリア家の屋敷。今この会話さえ聞かれていたとしてもおかしくはない。

 下手なことを言って関係悪化なんてことになったら厄介だ……それに、恐らくサンとしてはクインと言う答えを期待しているはず。別の名前が出た場合、今のサンが何を言ってくるか分からないし、それに俺としてもサンに悲しい顔をしてほしくはない。


「ねえお兄ちゃん誰なの~?」


 ……くっ、万事休す。これまでか。

 そう思い、俺が諦めかけたその時、ガチャリと扉の開く音がする。


「いったい何の話をしていらっしゃいますの? 外まで剣呑な空気が漂っていましたわ」


 セレスティアが一人でこちらに戻って来たようだ。

 

「救世主……か」


「ファレス様? どうかなさいました?」


 思わず心中が漏れてしまったが、今更気にすることでもない。


「いや、何でもない。首尾は?」


「そのことについて、お姉様がお話したいことがあると」


 ……渡りに船とはこのことか。

 いや、この場合は九死に一生を得る、か。


「そうか。すぐに行こう」


 俺は一刻も早くこの空間から逃れようと、すぐに立ち上がり部屋を後にした。


 ◇◇◇


「ふふっ、私、ファレスお兄ちゃんの困った顔好き」


 再び部屋のドアが閉じられしばらくすると私の横でサンさんがそう言った。

 

「サンさん、あまりファレス様を困らせてはダメですよ」


 ファレス様は気がついていないようだが、この子、サンさんは私たちの中で一番悪女の素質がある。


「でも、サラお姉ちゃんもいろんなお兄ちゃんの顔、見たいでしょ?」


「……ほどほどにしてくださいね」


「うんっ!」


 ファレス様は竜だからサンさんは身体の成長が遅いとおっしゃっていた。

 きっとそれに間違いはないのだろう。

 実際、背格好は出会った時とほとんど変わっていない。

 

 しかし、人間の恰好をして人間として日々を過ごして入れば、その精神性は年相応に育っていくのだ。

 昔から聡かったこの子は、まだアゼクオン領にいた頃からこんな片鱗を見せ始めていた。

 だと言うのにファレス様の前では完璧に猫を被っているのだから、感情のコントロールに関しては誰よりも優れていると言えるだろう。


 もし、この精神性がもう少し成長したのなら……。

 末恐ろしいライバル出現の予感に私は気を引き締めるのだった。

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