第八十四話 マーデンの暗躍⑥
「あ! ファレスお兄ちゃんっ!」
軽快な足音と共に元気な声が聞えて来た。
どうやらサンが俺たちを見つけたらしい。
「お待たせしましたっ!」
その後を追うようにクインも駆け足でこちらに寄ってくる。
「あら? これはクインさんにサンさん? ……なるほど先のファレス様の表情はサンさんと会話したせいだったのですね?」
そんな二人の様子を見てセレスティアが冷静に分析してくる。
……恥ずかしいので心の内を暴くのはやめてください。
「ンンッ……急に呼び出してすまないな。クイン、サン」
俺はセレスティアの言葉はあえて無視し、駆け寄って来たサンの頭を撫でながらそう声を掛けた。
「いえ、ファレス様のお呼び出しでしたらいつでも!」
「そうか。今回はクイン、お前の力が頼りだ。その力を存分に振るってもらいたい」
非常に嬉しそうに、ハイテンションでそう言うクインのやる気をさらに煽るように言葉をかける。
「私ですかっ!? ……ですが、ファレス様のお力になれるならば、頑張ります!」
「ああ、頼む」
「ファレスお兄ちゃん! 私は~?」
俺とクインがそんなやり取りをしていると自分も何かしたいと考えたのか、サンがそう聞いてくる。
だが、実際今回の件について、サンが出来ることってあまりないんだよな……。
「サンは……そうだな。俺とサラと共に留守番でもしているか」
とは言え、何もないと言うのも気が引けたのでそう言っておいた。
「お兄ちゃんと一緒! 分かった!」
すると嬉しそうにギュっと腰に抱き着いてくるサン。
ああ、癒され……じゃなくて、また誤解を生みそうな体勢になってしまった。
「……あの、ファレス様? 話が見えないのですが、お姉様を救ってくださる方がクインさんという認識でよろしくて?」
そんな俺をジト目で見つめながら、セレスティアが問いかける。
「あ、ああ。エルシアさんを救うためにクイン以上の適任はいないだろう」
「そうなのですか?」
俺の言葉を受け、セレスティアがクインに視線を向ける。
しかし、呼び出しただけでまだ事情を何も説明していないクインは一体何のことかとキョトンとした顔をした。
「私以上に適任のいないこと? 確かに最近、商会のお金周りのことを任されることも増えてきましたが、侯爵家のご令嬢を救えるとは……」
そして見当違いな方向に話を飛躍させている。
……と言うか、急成長中のスペーディア商会の金銭関係に携わっているのか。
やはり、原作でファレスを追い詰めただけのことはある。
スペーディアも親子そろって傑物だな……。
「いや、そこではない。俺が頼りにしているのはクインの魔法だ」
「私の魔法……ですか?」
俺がそう言うもまだピンと来ていないようで再びキョトンとした顔になるクイン。
「ああ……そうだな。そろそろ観客も一斉に出てくる頃だろう。公言するような話でもないし、移動しながら話すとしようか」
このままここで話そうかとも思ったが、演習場の方から多くの足音が聞こえてきたため俺はそう提案し、続きはセレスティアの別邸に向かいながら馬車の中で話そうと言うことになった。
◇◇◇
いくら特注の俺専用の馬車とは言え、収容人数を超えてしまうとさすがに手狭だ。
いや、実際には超えていないのだが、サラとセレスティアは互いに俺の隣へ座ろうとし、サンは俺の膝上に座りたがったせいで、俺の座っている側だけあり得ない程に狭くなっていた。
「サン? ファレス様にご迷惑を掛けちゃダメだよ?」
一人、俺の正面に座るクインが、控えめにサイドの二人のことも見ながらサンを注意する。
「迷惑じゃないもん!」
しかし、サラとセレスティアの強情っぷりを見て、押せばいけると言うことを学んでしまったサンはそう言ってクインの言葉を突っぱねた。
……まずい、このままではサンが第三の重い系ヒロイン化してしまう。
そう思った俺は両脇で掴まれている腕をするっと引き抜くと、サンを抱え上げ、俺と入れ替わりで席に座らせた。
「お兄ちゃん?」
「「ファレス様?」」
サンとサラ、セレスティアの声がシンクロする。
「せっかく席があると言うのにわざわざ狭い思いをする必要もないだろう。それにサン。クインの言うことはしっかりと聞くのではなかったのか?」
「ぅ……」
言葉に窮し、詰まってしまうサン。
「それに、まずはクインに状況の説明をする必要もあるのだ。隣の方が話しやすいだろう?」
俺がそう言うとサラとセレスティアが反論の姿勢を見せたものの、二人とも寸でのところで言葉を飲み込んだ。
そう、この言い分には二人がこれまで散々使って来た俺の隣に来る言い訳が含まれているのだ。
正直、この二人に関しては形無しなところもあるが、それでも貴族は貴族。
自身が一度口に出したことを自身で違えるということは精神的にしずらいものがある。
だから俺はそこを突いて、狭すぎる空間を脱した。
「さてクイン。改めて今回の件を説明する」
「は、はいっ!」
若干上ずった声で返事をするクインの方をしっかりと見ながら俺はエルシアさんについての説明をした。
◇◇◇
「なるほど、そんなことが……。もしかして、今日のセレスティアさんの婚約者の座をかけた勝負もこの話しに関係しているのですか?」
「ああ……いや、しているようでしていないというか……。まあ、それについてはエンペンが勝手を言っていただけだ」
さすがの理解力で事の繋がりを予測するクインだが、それはまた少し別なのだ。
……セレスティアの方から、逃がさないとでも言うような鋭い視線が飛んできている気がするがそれは無視して話を続ける。
「と、そういう訳で、クインの『慈愛』の魔法でエルシアさんを治してやれないかと思ってな」
検証した限りでは『慈愛』の魔法に見られたのは、物理的に干渉力のある魔法への抵抗力のみ。
しかし、俺たちはもう一つクインのあの魔法の力を実際に見ているのだ。
それはまさに暴走した水竜サンとの戦闘時。
俺やレドでも苦戦を強いられていた相手に対し、その魔法を持って怒りや恨みなどの強い負の感情を鎮めて見せた。
俺はあれから、『慈愛』の魔法にはそう言った負の感情を中和するような力があるのではないかと考えた。
大罪魔法に対しても、俺の『傲慢』より、サラの『嫉妬』への方が強い力を発揮していたことからかなり信ぴょう性があるとみて良いだろう。
「なるほど……分かりました。セレスティア様のお姉さんとファレス様のご期待に応えるために精一杯やってみます!」
「ああ、頼む」
「お願いしますわ」
俺が軽く、セレスティアは深々と頭を下げる。
「はいっ!」
そんな俺たちに向かってクインは精一杯のやる気を示してくれた。
◇◇◇
「ファレス様、もうすぐ到着のようです」
「ああ、分かった」
それからほどなくして、サラが御者の合図を確認しそう報告してくる。
カーヴァリア別邸に近づくにつれ、セレスティアの表情は険しく、不安げなものになっていた。
「セレスティア、何をそんな不安そうな顔をしている? お前が頼ったのは俺、ファレス・アゼクオンだ。その俺が問題ないというのだから、お前も堂々と姉の回復を待っていれば良い」
「そう、ですわね」
気休め程度にしかならないかもしれないが、俺は得意の傲慢でセレスティアを励ました。
病気ならともかく、問題が精神的なものである以上、周りの者の精神状態も無関係と切り捨てることは出来ない。
大丈夫と言われたら大丈夫だという気がしてくるように、心や気持ち、感情についてもそれは同様だと俺は考えている。
エビデンスはないが、経験上そう思えるのだ。
――馬車が停止する。
俺たちはセレスティアの暮らす、カーヴァリア家の別邸に到着した。
御者がドアを開けるとセレスティアから順番に馬車を降り、その別邸の門を通っていく。
カーヴァリア家の別邸は、俺の別邸よりは規模こそ小さいものの洗練された美しい造りで、白を基調としたその屋敷はどこか異国の地に来てしまったかのような感覚を覚えさせた。
「おかえりなさいませお嬢様」
「ええ、出迎えご苦労様。お客様は私がご案内するから、下がっていいわ」
「かしこまりました」
セレスティアはすぐに出迎えに来た執事のような男を下がらせた。
どうやら自分で案内してくれるらしい。
「どうぞこちらへ。ご案内いたしますわ」
「ああ、邪魔をする」
そう言って足を踏み入れたカーヴァリア家の別邸は外で受けた印象から、一切変わらない洗練された飾らない美という物を体現したかのような造りになっていた。
カーテンやその他置かれている家具たちもシンプルなデザインの物ばかりで空間の調和にかなり意識が割かれていることが窺える。
「まずはこちらへ。すぐに家の者がお茶を持って参りますわ。私はお姉様の様子を確認してきます」
「分かった」
「失礼します」
俺の返事を聞くと、優雅に一礼しセレスティアが部屋を出て行った。
……なんだかすごく久しぶりにあのセレスティアを見た気がする。
「……このお家綺麗だねお姉ちゃん」
「そうね……どの家具も調度品もシンプルなものばかりだけれど、どれも一流品よ。サン、触っちゃダメだからね」
「うん!」
さすがは商会の娘。
見ている視点が同じようで少し違う。
それから俺たちはカーヴァリア家の使用人が出してくれたお茶を頂きながら、歓談に興じた。
そうして、全員のカップが空になった頃、再び客間の扉が開かれた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。クインさん、こちらへ。……どうか、よろしくお願いいたします」
完全にカーヴァリア家のご令嬢モードになったセレスティアがクインを迎えにやって来た。
「はい。微力を尽くします」
そう言うクインの言葉には、もうかつての自信のない彼女の姿は見えない。
そこに在るのはこれまでの経験や頼られているという実感からくる自分への信頼を得た彼女の姿だった。
そうは言っても、これからしようとしていることに対しては二人とも緊張した様子だ。
だが、もうこの場で俺にかける言葉はない。
俺はサラとサンと共に部屋を出て行く二人をジッと見つめていた。




