第八十二話 マーデンの暗躍④
歓声が響く演習場の中心で俺は自滅の宝晶を魔法で砕き割った。
この魔道具は確かに物凄い威力を秘めているが、必ず人が握りつぶさなければならないと言うその名前こその欠点があり、こうして奪い取れてしまえば対処は簡単だった。
これで自爆による大被害の心配はない。
俺は数メートル先の地面に倒れ伏せるエンペンには目もくれず、すぐに観客席を見渡す。
俺の知っているアイツなら……と考えながら、観客席をぐるりと見て行くとやはりその姿があった。
「(セレスティア、突然で悪いがサラにルーカス・マーデンを追うように伝えてくれ)」
俺はポケットの中の通信玉に魔力を通し、セレスティアに声を掛けた。
「(ファレス様っ!? ……失礼いたしました。分かりましたわ。ですがルーカスさんはどちらに?)」
不意打ちだったこともあり、感傷に浸っていたセレスティアはビクンと肩を跳ねさせ驚いた様子だった。
「(今、出口に向かって移動している。見失うと厄介だ。俺はまだやることがあるから頼むと伝えてくれ)」
「(分かりましたわ。……私を伝言役に使うだなんて……きっとこれから先の未来でもファレス様だけですわ)」
拗ねるように、それでいて甘えるように、セレスティアは言い残して、隣りに座るサラに声を掛けてくれていた。
よし、これでルーカスが本当に裏で何かを企んでいるのかを判断することが出来る。
うまくいけばトールス・グランダルとのつながりも見える可能性まである……がまあ、そこまでの高望みはしない。
今はルーカスが何かしているという証拠さえ見つかればいい。
さて、後は……。
俺はここに来てようやく、地べたに這いつくばる敗者に視線を向けた。
「おい、エンペン、とっくに気がついているのだろう? 俺は俺の扱った魔法の威力を正確に把握している。そろそろ起きた方が貴様自身のためだ」
俺の言葉にプライドが刺激されてか、小刻みに体を震わせるエンペン。
今の戦闘で一つ、コイツについて気になった点があった。
先の戦闘でエンペンは、一度たりとも自身の魔法を使わなかったのだ。
魔道具を扱えてはいた以上、魔力覚醒をしていないと言うことはないのだが、それにしてもすべて魔道具に頼りきりで自身の魔法の一つも使わないなんてことあるだろうか?
否、そんなことはあり得ない。
魔法至上主義のこの世界において自身の魔法とはいわゆる存在証明のようなものだ。
その腕一つで周りからの視線が変わり、見た目の美醜に関係なく一躍人気者になることのできるそんな存在だ。
セレスティアの婚約者を目指すのであれば、その魔法を持って俺と言う大物相手に実力を証明するのが筋だろう。
つまりエンペンは……原作の俺のような状況にあるのではないだろうか?
「貴様がそのまま狸寝入りを続けるというのなら、その実態をこの場で暴いてやっても良いのだぞ? 例えば、自分の魔法を上手く扱えない、とかな?」
「……っ!」
俺がそう言うとそれまで小刻みだったエンペンの体の震えが大きなものに変わった。
どうやら図星だったようだ。
ただ、そうなると原因の方が気になってくる。
だが、今は……。
俺はエンペンにだけ聞える声でこう言った。
「貴様のその問題、俺ならば解決することが可能だ」
すると、それを聞いたエンペンは勢いよく起き上がった。
「……本当、なのだろうか?」
つい先日、公然でうるさいうるさいと喚いていた男と同一人物とは思えないような真剣な眼差しでこちらを見るエンペン。
「無論だ。俺が言葉を違えるような男に見えるのか? ただし、その場合は貴族としてのプライドに傷をつけることになる。それに当然、セレスティアの件からも手を引いてもらうことになるが……」
エンペンの態度の変わりように若干の警戒をしつつ、話を続ける。
「構わないっ! 何なら僕が君の手駒になったって良い!」
が、どうやら俺の警戒は杞憂だったようだ。
正直な話、俺はこいつのことが嫌いではない。
エンペンは本来ならこんなバカなことをするキャラクターではないのだ。
何の因果か、本来俺がなるはずだった不遇悪役の枠に当てはめられてしまっただけの存在。
ならば、更生の機会を与えてやってもいいだろう。
「そうか……では、貴様にその手段を与えてやる。しかし、まずはやることがあるのは分かっているな?」
俺はそう言いながら観客席のある一点を見つめた。
「……っ! ああ、もちろん。腐っても僕はグランダル公爵家の一員だ。礼節を欠いたことへの詫びはしっかりとさせてもらう」
そんな俺の視線を追って、俺の言いたいことを完璧に理解した様子のエンペンはそう言って数歩前に進み出た。
「セレスティア・カーヴァリアさんっ!」
そして会場中に響き渡る声量でセレスティアの名前を呼んだ。
「(聞いてやれ)」
セレスティアは一瞬警戒した様子で表情を強張らせていたが、俺が間を開けずに通信玉でフォローしたことでその場に立ち上がりエンペンの方を向いた。
「なんでしょう?」
「この度の一件、淑女に対して取っていい態度ではなかったと反省している。すまなかった」
形式的ではない、誠心誠意が伝わってくる腰を深々と折ったきちんとした謝罪だった。
貴族、それも公爵家の出身ともなれば人に頭を下げる機会など、生まれてこの方一度もないだろう。
だからこそ、この謝罪の持つ意味は非常に大きい。
実際、その証左にそれまでエンペンのやられようを笑って見ていた観客たちも、無言でエンペン様子を見て次の言葉を待っている。
「だが、僕の気持には嘘偽りはない。どうか、僕の婚約者になってくれないだろうか?」
……おいっ!
今までの感動を返せよっ!
と、思わず内心で突っ込んでしまったが、横目に見たエンペンの表情には悪感情は一切見られず、どこかすっきりとした顔をしていた。
「お断りいたしますわ。私の心はもう決まっております。……ですが、まっすぐな姿勢は嫌いではありませんわ」
セレスティアはエンペンの告白にきっぱりと、ただ柔和な笑みを浮かべて返事をした。
「ああ、本当に……すまなかった」
振られたエンペンも今回は激昂するようなこともなく、憑き物が落ちたような様子だった。
三秒ほどの静寂が演習場に満ちる。
だが、どこかからかパチパチと拍手の音が鳴り始め、それは次第に演習場全体へと広がっていった。
まるで一連の全てがエンペンの告白劇の一部だったかのように、その拍手は鳴りやむことなく会場に響いている。
……なんだよ、これ。
結局俺が不遇みたいな構図じゃないか……。
だが、まあ、こういう不遇さならば、悪い気はしない。
じゃあ、勝負に勝った邪魔者はさっさとお暇させていただくとしよう。
そう思った俺はエンペンの方に背を向けて、演習場の出口に向けて歩きはじめる。
さて、そろそろサラの様子も気になる頃だし、この後はセレスティアの姉のこともある。
まだまだ気は抜けないな。
なんて、そんなことを考えながら歩いていると、背後から大声で呼び止められた。
「ファレス・アゼクオンっ!」
「なんだ?」
俺は歩く足を止め、エンペンを振り返る。
「キミにも改めて謝罪とお礼を言わせて欲しい。この度はすまなかった。そして、あんな僕の目を覚まさせてくれて、ありがとう」
「気にするな……とは言わん。存分に気にして反省しろ」
「ああ、そうさせてもらうよ。それと……」
最後に小声で俺にだけ聞えるように言葉を続けるエンペン。
「魔法についてなのだが……」
「それについては少し待て、準備が必要だ」
「分かった! 本当に感謝するよファレス・アゼクオン……いや、ファレスっ!」
まるで親しい友人の名前を呼ぶかのように嬉しそうな声音で俺を呼ぶエンペン。
俺はあえてそれには答えず、今度こそ身を翻して、演習場を後にする……はずだった。
「まあ、淑女にあそこまで言わせておいて、何のお言葉もありませんの? ファレス様?」
いつの間にか俺の横にセレスティアが立っていた。
どうやら俺とエンペンが話しているうちにあの神速の移動を可能にした雷魔法で俺の隣まで来ていたようだ。
「セレスティア……」
嘆息を吐く俺の右腕を我が物顔で取り、隣りを歩き出すセレスティア。
「これで許して差し上げるのですから、むしろ感謝して欲しいくらいですわ」
「……ああ」
この時、この日一番の拍手喝采が巻き起こったのは言うまでもないだろう。




