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第八十一話 マーデンの暗躍③

 エンペンとのセレスティアの婚約者の座をかけた勝負、その当日。

 朝から学園は妙な騒がしさに包まれていた。


「妙に騒がしいな」


 いつも通りサラを横に連れながら、俺はそう呟いた。


「どうにも、ルーカス・マーデンが継続的に噂を流布していたようです。気にする必要もないかと報告をしておりませんでしたが……」


「そうか……」


 なるほど。

 道理で噂が消えないと思っていたが、そう言う裏工作があったのか。

 だが、そんなことをして何の意味がある?

 エンペンはともかく、ルーカスは俺の実力を魔法披露宴の場で、その目で見ているはずだ。

 今日の勝負の結末など、火を見るよりも明らかだろうに……。


 いや、それこそがヤツの策略か?

 ルーカスのあくどさについては嫌と言うほど知っている。

 こう言う小手先の嫌がらせはアイツの十八番だ。


 だとすれば、ルーカスは何かしらの勝ち筋を見つけている?


 学園の妙な熱気にあてられてか、俺の心がざわついている。

 ……だが、それも一瞬のこと。

 どんな策があろうと、俺は負けない。

 俺はファレス・アゼクオン。

 傲慢で最強の帝国貴族だ。


「締め上げますか?」


 黙った俺を見て、気分を害しているとでも思ったのかサラがそんな提案をして来た。

 ……それにしても締め上げるってバイオレンス過ぎるよサラさん。


「いや、必要ない」


「そうですか……」


 俺がきっぱりと断ると不満そうな表情をするサラ。

 こういう所は昔から変わらないな。

 あまり嬉しくないところで忠実なるメイドとの時間を実感させられた。


「ファレス様!」


 そうこうしていると背後から芯の通った綺麗な声が響いた。


「なんだ?」


 俺は言いながら彼女を振り返る。

 俺の名前を呼んだのはもちろんセレスティアだった。


「今日は、今日はどうか、お願いいたしますわ」


 切実な、それでいて絞り出すような声音で頭を下げるセレスティア。

 きっとこの言葉には俺が考えている以上に複雑な感情が込められているのだろう。


「顔を上げろセレスティア。昨日も言ったはずだ。俺が持つのは物理的な解決策のみ。その後はお前の仕事だ」


「……分かって、いますわ!」


 顔を上げたセレスティアにはもう、憂いは見えない。

 そうだ、それでいい。


 こうして俺はいつも通り、サラとセレスティアを連れて教室へと向かった。


 ◇◇◇


 放課後――つまりは決戦の時。

 予想通り、野外演習場には見たことのない顔が多く並んでいた。


 この学園はその性質上学年によって人数が大きく異なる。

 極端に少ない年もあれば、ベビーブームだったのかと思わされるほど多くの貴族子女が生まれる年もあるのだ。

 だが今はそんな学年も分からないほどに多くの学生が入り乱れている。


 しかし、今の俺にはそれ以上に気になることがあった。


「フッ! どうやら皆、貴様が無様に敗北する姿が見たいようだな」


 目の前の赤々とした全身鎧の中身がそう言ってくる。

 ……なんだ、これは?

 おそらくエンペンなのだろうが、この剣の嫌われる世界で動きづらい全身鎧を着こむ意味とはこれ如何に……。


「馬鹿を言うな。そんな未来は訪れん。それに、その前に観客は皆、お前の無様な姿を嘲笑するだろうな」


「なっ!? 貴様、この最新鋭の魔道具『首無し騎士(デュラハン)の鎧』をバカにしたのかっ!」


 ……首無し騎士の鎧、ね。

 またえらく懐かしいアイテムを持ってきたものだ。

 俺の脳裏に懐かしい記憶が蘇ってくるのと同時に、あることを察した。

 ……もしかしてこれがルーカスの見つけた勝ち筋ではないだろうか?


 確かに首無し騎士の鎧はそこそこ優秀なアイテムだ。

 記憶の限りでは騎乗時に様々な恩恵を受けられる、そんな効力のある防具だった。


 しかし、今俺の目の前にいるのは……明らかに動きづらそうな、慣れない全身鎧を着こんだエンペンのみ。

 残念ながら生きた馬も首無し騎士の騎乗する骨の馬も見当たらない。

 まあ、この世界には効果テキストなんて便利なものは存在しないのだから、魔道具自体が持つ魔力や諸々の力で強弱を判断しなければならないため、気が付かないのは仕方がない。

 仕方がないのだが、それを着てこいつは模擬戦の一回でもしてみたのだろうか?


 もし、模擬戦をしてこの場に立っているというのならば、その相手とはもう二度と模擬戦をしない方が良いだろう。


「馬鹿にはしていない。だが、本当にそんなもので俺に勝てるつもりでいるのか?」


 というか馬鹿にされているのは俺だろうと、そんなことを考えながらエンペンに答える。


「フッ! 無論これだけではないが、今から戦おうという敵にわざわざ教えてやる必要もない。いや、それとも怖気づいたか? これがグランダルが誇る魔道具の最新鋭だ!」

 

「……」


 俺はもう言葉が出なかった。

 こいつは戦闘を舐めすぎている。

 原作ではそこそこ優秀な魔法を扱えたはずなのだが、どうしてこうなった。


「……もう良いだろう。さっさと始めるぞ」


 彼我の実力差の一端すら読めないような相手に対して使う時間などない。

 俺はそうエンペンに声を掛けた。


「ほう、覚悟は決まったようだな! では、このコインが地に落ちたその瞬間より対戦開始と行こうか」


「良いだろう」


 エンペンはずっと握り込んでいた右手のコインを移動させ、コイントスの格好に取ると親指でそれを弾いた。

 ……俺に向かって。


「……不意打ちとは、それでも誇りある公爵家の次男坊か?」


 俺はそれを半身を反らして躱し、横へ少し距離を取った。


「フッ! 勝負とは勝ったものが正義なのだ!」


 背後で小規模な爆発が起こる。

 ……どうやら先ほどのコインはコイン型の魔道具だったようだ。

 覚えのない魔道具だが、威力から見てもせいぜいねこだまし程度。

 おそらくルーカスの入れ知恵だろう。


 ただ、あれが囮と言うことは何か本命があるはず……。

 そう考えて気を引き締める。


 するとエンペンはおもむろに手を振り上げた。

 瞬間、背後に殺気を覚える。


 俺は咄嗟に上空へ大きく飛び上がると、先ほどまで俺の立っていた位置に火球が着弾した。


「不意打ちに伏兵……本当、やりたい放題だな」


「チッ! 何をしている! せっかく僕が絶好のチャンスを作ってやったと言うのに!」


 俺は空中で身を翻し、魔法を撃ってきた相手を視認すると、そいつに向かって雷の魔法を発動した。

 紫電一閃。

 俺の指先から高速で魔力を帯びた雷がエンペンの伏兵を捉える。


 伏兵は俺が着地するのとほぼ時を同じくして、観客席で意識を失った。


「貴様っ! その魔法はっ!?」


 エンペンが驚愕の声を上げた。

 こいつ、本当に何も聞いていないのか?


「ああ、これはセレスティアの魔法だ。……そうだ、ここで宣言しておこう。今日の戦い、俺はこのセレスティアの雷魔法以外を使わない」


 全身鎧の衝撃で忘れていたが、今日は初めからそのつもりだった。

 それも、エンペンに手札のすべてを出し尽くさせ、その上でセレスティアの魔法によって完膚なきまでに叩きのめす。

 それが今日の俺の目的だ。


「なっ、んだと!?」


 エンペンは憎々し気に声を荒げ、演習場全体は俺の宣言にどよめく。

 視界の端にはサラの横で、驚きと喜びの混ざった顔をするセレスティアの姿が見えた。


「その身で思い知れ。セレスティアは貴様ごときが自由に出来る女ではない」


 俺は見せつけるように腕を振り上げ、エンペンに向けて振り下ろした。

 雷光が迸り、轟音が鳴り響く。

 するとエンペンのすぐ足元に大きなクレーターが出来た。


「ひぃっ!」


 元から命中させるつもりのない攻撃だったが、その破壊力と速さに完全に腰を抜かしたエンペンがギリギリのところで尻餅をついた。


「もう終わりか?」


「う、うるさいっ! クソっ! こうなったら!」


 俺の挑発になんとか持ち直したエンペンは立ち上がりながらおもむろに兜を脱ぎ捨てた。

 そして首に付けていたネックレスを引きちぎり叫ぶ。


「我が参謀のもたらした最強の魔道具で貴様を殺してやるっ!!」


 エンペンが取り出したそれは、原作ではあまり魔道具に触れて来なかった俺でも覚えがある物だった。

 自滅の宝晶。

 その名の通り、使用者もろとも大爆発を引き起こし、敵味方関係なく大きな被害を生み出す最悪の魔道具だ。


 使用方法は単純、握りつぶす、それだけ。


「チッ! ふざけた真似をっ!!」


 俺一人だけならば、対処の仕様などいくらでもある。

 しかし、ここは野外演習場、それに周りにはほぼ全学生と思えるほどの大人数。

 こいつらの責任を俺が負う必要はないが、こいつらには今日の目撃者としてエンペンの醜態をその目に収めてもらわなければならないのだ。


 レドの時穿剣を使えば余裕だが、それでは有言実行を違えることになってしまう。

 それは俺のプライドが許さない。


 だとすれば、方法は一つだけ。

 入学式でセレスティアが見せた、雷魔法を速さ方面に特化させたあの神速の移動でエンペンの手から自滅の宝晶を奪い取る!


 魔法をイメージする。

 はっきりと見えたわけではない。

 俺自身があの魔法で攻撃を受けたわけでもない。

 つまり『傲慢』による模倣条件は完全には満たされていない。

 それでも再現するしかないのだ。


 自身を電閃にするように、鋭い稲妻のように、素早い迅雷のように――


 瞬間、まるで自分の身体が線になったかのような感覚を覚えた。

 すべての感覚が追い付かないほどの凄まじい速さ。


 ――俺は雷となった。

 

「その最強の魔道具とは、これのことか?」


 右手に収まる、通信玉よりも一回り小さいそれを指先でつまんでエンペンに見せつける。


「貴様っ!? 一体どうやって――」


 俺はエンペンに最後まで言わせずに彼の頭上から雷を降らせた。


「グアハァッ」


 聞くに堪えない断末魔が演習場一帯に響き渡る。


 そして一拍遅れて、俺は大歓声に包まれた。

 

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