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第八十話 マーデンの暗躍②

「トールス・グランダル……」


 そいつがエンペンの言う兄上であり、恐らくマーデンと内通し、何らかの裏工作をしているであろう人物。

 ……原作ではファレスと関わることはなかったが、確かエンペンと同じく、トールスもまたプレイアブルキャラクターの一人だったはずだ。


 俺がその名を反芻して物思いに耽る中、セレスティアはセレスティアで話を続けた。


「エルシアお姉様は初めての実地戦闘実習と言うことで、顔には出されませんでしたが、酷く緊張されていたようですわ。ですが、それでも年下の、才能溢れるお方の言葉を胸に刻んで戦闘実習に臨まれたそうです」


 語りながら、セレスティアは俺の二の腕を強く強く掴んだ。

 その握力から伝わってくるのは感謝と怒り、恩情と憎しみ、そんな対極にあるような感情だった。


 これの意味すること、つまり、エルシアさんが胸に刻んでいた言葉とはおそらく、魔法披露宴で俺が彼女に言った「仲間を頼ればいい」と言う言葉なのだろう。


「……お姉様は、エルシアお姉様は、その言葉のおかげで無事に、ですがその言葉のせいで危険な目に遭ったのですわ」


 これは言いがかりだ。

 やり切れない感情のはけ口として、良いように俺を使っているだけだ。

 だが……だがしかし、俺にはそれを咎めることは出来なかった。


 こちらで覚醒してからの数年間、俺は嫌と言うほど家族の大切さを思い知らされた。

 その無償で与えられる愛の尊さを、この身を持ってひしと感じさせられた。


「……お姉様の命を救ってくださったのは比較的近くで別のグループとして戦闘実習に参加されていたリカルド・ファルシアン様だったと聞いていますわ。リカルド様がお姉様に贈られた通信玉がなければ……」


 そこまで言うとセレスティアは俺の腕を離し、足元を見つめ俯く。

 すると彼女の顔の下あたりに来る地面にぽつぽつと水の跡がついた。


 ……今日までの一週間、彼女は一体どんな感情で過ごしていたのだろうか?

 自意識過剰という訳ではないが、客観的事実としてセレスティアは俺を好意的に見てくれているのは間違いないだろう。

 しかし、今この二の腕に残るジンジンとした熱がそれだけではないことを、微かな熱と痛みによって伝えてくる。


 この通信玉も今の話を聞けばその意図は簡単だ。

 セレスティアは俺を信じているからこそ、これを渡して来た。

 俺は誰より『傲慢』だが、だからと言って無責任なわけでも無関心というわけでもない。


 自分の吐いた言葉には相応の責任を持っているつもりだし、自分の周りの人間に何かがあればそれが一人の使用人だろうと、無関心ではいられない。

 もちろん、それが友人の姉妹の話でも、だ。


「セレスティア、エルシアさんの状態は?」


 俺はサラに目配せして、セレスティアにハンカチを渡してもらいながら、そう聞いた。


「……別邸の自室に籠っておられますわ。私や使用人、お見舞いに来てくださるリカルド様以外には顔を合わせようとされませんが」


「……そうか」


 ……一体戦闘実習にて、エルシアさんの身に何があったのかは分からないし、それを聞き出すつもりもない。

 ただ、侯爵家の長女であるエルシアさんが自室から出て来られなくなるというのは、ただ事ではない。

 貴族とは何よりそのプライドを重視する生き物だ。

 それは性格に関係なく、貴族として生まれた者ならば誰もがその根底に持つ強い感情だ。


 そして侯爵家長女という貴族も貴族のエルシアさんがプライドより自身の身体を、心を優先するというのは、事態の深刻さを思わせる。

 

「では、グランダル公爵家には目にものを見せてやる必要があるな」


 そんなことを考えながら、俺の口はそんな言葉を発していた。


「……それは、ありがたいことですわ。しかし、そうしたところで……」

「お前の姉、エルシアさんが治る訳ではない、と?」


 セレスティアの言葉を奪い、俺はそう続けた。


「……はい」


 セレスティアは意気消沈したように顔を下げた。


「……おい、セレスティア。顔を上げよ」


 だが、そうするのは時期尚早という物だ。

 俺は再び顔を伏せたセレスティアにそう言い放つ。

 俺は『傲慢』だ。

 俺が下を向く時は必ず誰かが下にいなくてはならない。

 事態はまだ、最悪には至っていない。


 俺はセレスティアの顎へ手を伸ばし無理やりこちらを向かせる。


「明日、全て上手くいく。お前が迫られる婚約の問題も、お前の姉の心の問題も全て、俺が解決してやる」


「ふっ、ふざけないでくださいっ! いくら貴方が凄まじい才能と実績をお持ちでも、人の心をそう簡単に変えることなどできませんわっ! 大言壮語もいい加減に――」


「大言壮語? 馬鹿を言うな。俺はファレス・アゼクオンだぞ? この俺に不可能など、存在しないっ!」


「……っ」


「……ただ、確かにお前の姉は解決後もケアが必要なことに間違いはない。そこからはお前の出番だセレスティア。俺はあくまで物理的な解決策を持っているだけだ。姉にしろグランダルにしろ、最後はお前次第ということだ」


 言い切って俺はセレスティアの顎から手を離し、彼女に背を向けた。


「とりあえず明日は観客席から見ているが良い。サラ、行くぞ」


「はい」


 俺がそう言うと遮音の結界が解除される。

 すっかり日も落ちて暗くなってきた空に、大きな月がひっそりと現れ始めている。

 ……明日は満月だな。


 そんなことを考えながら、俺は野外演習場を後にした。


 ◇◇◇


「……」


 一人取り残された私は無言で野外演習場の観客席に佇んでいました。

 しんと光る月明りに照らされて、もう既に野外演習場を使っている人は一人もいません。

 そんな静寂の中で、私は彼と自分の近況について思いをはせていました。


 ファレス・アゼクオン。

 私たちの世代に生まれた稀代の天才。

 つい数年前までは噂も聞かなかったと言うのに、魔法披露宴、つまり私たちが十二歳になる年にあの方の才能は開花した。


 皇帝陛下の生誕祭、全貴族がこの王都に集まっていた際に起きた未曾有の災害への対処。

 若干十一歳にして、皇帝陛下に才能を見抜かれ名代を仕り、旧ノウ領の復興を成し遂げ、魔法披露宴では皇帝陛下直々に公然とその実力を認められた。


 表沙汰になっている実績だけでも、正直、同じ人間とは思えない。

 私だって複合属性、雷の魔法を扱う天才としてこの世に生を受けた。

 だと言うのに、あの人の立つ位置はどこまで行っても見えはしない。


 ただ、だからこそ興味を持った。

 あの方が私をどのように見るのかにすごく惹かれた。

 

 魔法披露宴の時は少しやり返してやりたかっただけだった。

 あんなものを見せられた後で隣には可愛らしいエバンスの令嬢を侍らせて、だから絡んでみた。

 ……失敗だった。

 強い光は身を焦がすと言うけれど、あの方は違う。

 光などではなかった。

 底知れない闇、立ち入れば立ち入るほど抜け出せなくなるような沼のような、そんな人だった。


 自領に帰ってからも、私の脳内には常に彼の姿があった。

 鮮烈な魔法、毅然とした態度、邪悪で魅惑的な笑み。

 お姉様を相手に毎日のように彼の話をした。


 一年半後、お姉様は学園入学のために王都へ行ってしまった。

 優しくて、気遣いの良くできるいい意味で貴族らしからぬ自慢の姉だ。

 きっと学園でもさぞ優秀だろうとそう思っていた。

 そしてその予想通り、私の姉は学年で二番目に優秀な成績を納め、二年へと進級した。

 

 久しぶりに会った姉は見送る以前の私のように、ある方の話をよくするようになった。

 そしてその方から通信玉を貰ったと、短い年度末の休みの間、毎日毎晩その方の話ばかりを聞かされた。


 そして再び時は流れ今春。

 私は通常よりも少し早いが、お姉様が期末の戦闘実習に出ていて別邸を留守にしている間にサプライズのつもりで王都入りをした。

 だが、そんな私の目に映ったのはまるで別人のようにやつれてしまった姉の姿だった。


 姉を連れ帰ってくれたのは、昨年姉がよく話してくれた例の方、リカルド・ファルシアン様だった。

 出会いがしらに頭を下げられた時は驚いた。

 でもそれ以上にショックが大きく、それと同時にしっかりとしなくてはと、私が姉を支えねばと思った。


 それから入学までの一月ほど私は甲斐甲斐しくお姉様の看病をした。

 リカルド様も頻繁にお見舞いに来てくださって、彼の姿が見えるとお姉様の容体は少し落ち着く。


 そんなお姉様からようやく漏れ出した言葉が「ごめんなさいセレス」だった。

 久しぶりに聞いた姉の声。

 ただ、その声音は酷く自分を責め立てるような、自戒の籠った一言だった。

 私はお姉様に気を使いながらも、何があったのかを訪ねると、少しずつ、お姉様は戦闘実習での出来事を語ってくれた。


 姉は魔法披露宴でファレス様に言われた言葉を胸に、戦闘実習に臨んだらしい。

 向かった先は死の大地とも呼ばれる帝国北部。

 ファルシアン家の治める帝国領地とその境目付近。

 優秀が故に初の戦闘実習に帝国一危険と呼ばれる北部に向かい、それは起こった。


 姉のグループでリーダーを務めていたトールス・グランダルによる独裁。

 ファレス様の言う通り、戦闘では仲間を頼り頼られるというのは酷く重要だ。

 特に戦闘経験の少ない人間ならば尚更のことだ。


 しかし、トールスは下の学年の実力を見たいと、従来ならばまだ北部へ戦闘実習に行かされないはずの二年、三年の学生を前線に立たせ、あろうことか戦闘のそのすべてを丸投げしたそうだ。


 当然、経験も少なく、お互いの戦い方も良く知らない相手との共闘。

 ぶっつけ本番でうまくいくはずもなく、すぐに戦線は崩壊し、姉は背後で見守っていたトールスに助けを求めた。


 しかし、そんな姉にトールスは言い放った。

 

「キミの妹と僕の弟の婚姻に口添えしてくれるならば、助けてあげても良いよ」

 

 姉は初めてその感情を味わったと言っていた。

 そう、絶望だ。

 不安で緊張で、それでも年下の天才に言われた通り仲間を頼りに信じていた姉に訪れたのはそんな最悪の現実だった。


 おそらく、あの優しい姉のことだ。

 すごく、酷く迷ったのだろう。

 でも、共に戦っていた三年生の方が既に倒れ伏しており、姉自身も立っているのがやっとの状況。

 選択肢は残っていなかった。


 姉はトールスの言葉を了承し、助けを乞うた。


 するとすぐにトールスは気味の悪い笑みを浮かべ、迫りくる魔獣に手を伸ばし、魔法を放った。

 一撃だったそうだ。


 ただ、そんな風に余裕で魔獣を屠ったトールスは必要な討伐証明だけを剝ぎ取ると一人でその場を後にしたらしい。


 北部戦域、死の大地に瀕死で捨て置かれた姉は二度目の絶望を味わうことになった。

 目に映る範囲にもまだ魔獣や魔物の姿はある。

 そんな中で戦闘不能の自分と、瀕死の上級生の二人きり。


 私だったら耐えられないと思う。

 ただ、姉は諦めなかった。

 すがる思いで通信玉を握り締め、リカルド様へ連絡をしたそうだ。


 ……そして、サプライズで王都に早入りしていた私の元へと帰って来た。


 もし、リカルド様が間に合わなかったら、姉が通信玉を持っていなかったら……。

 本当の最悪が現実になっていたかもしれない。


 だから私は大急ぎで通信玉を手に入れることにした。

 姉の話から、トールス・グランダルの狙いは私であろうことが分かったから。


 そして、私情十割であの方、ファレス・アゼクオンを巻き込んだ。


「……はぁ」


 思わずため息が漏れる。

 ファレス様がどこまで見透かしているのかは分からない。

 ただ、私はあの方に並び立ちたかった。

 だと言うのに、今の私はファレス様の庇護下に入り、その力に頼るしかない。


 それが何よりも悔しかった。

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