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第八話 サラの本音

 サラの衝撃発言に俺が間抜けな声を漏らすと、溜めていたものが堰を切ったかのようにサラは話しだす。


「最近、最近はようやくファレス様のお役に立てるようになったと、認めてもらえたのだと思っていました」


 可憐なサラの目に涙が溜まっていく。


「誕生日にはお祝いの言葉と暇を頂き、剣術稽古のお相手を務めさせていただき、先日はプレゼントまで頂いてしまいました」


「これまではご迷惑ばかりおかけして、毎日折檻されてばかり……そんな私がようやく、と思っていました。でも……剣のお相手は剣聖様、それにクイン様はスペーディア商会の跡取りとして私の何倍もファレス様のお力になれる。これでは私の……」


 ついにその涙は大粒の雫となって、彼女の顔を伝い始めた。


「すっ、すみません! こんなこと、一メイドごときの私が」


 流れる雫とは反対に彼女の堰はその役割を取り戻したとでも言うかのように彼女の本音を閉じ込めてしまう。


 ああ、なんてことだ。

 

「……」


 言葉がない、とはまさにこのこと。

 俺は何をしているんだ。


 すべてを知ったうえで、ルートから逸脱しすぎないように、自分の、ファレスの態度さえ改善すればこの世界でもなんとかなると考えていた。


 サラが傷ついていることだって、なによりも知っているはずだったのに、ファレスの所業を全て知っているはずだったのに、どこか他人の身体という感覚が抜けていなかった。


 サラの献身的な態度に甘えていた。

 ゲーム世界だからとこの世界の人間のことをどこか多次元的な視線で見てしまっていた。

 プレゼントで好感度を稼げば仲が深まっていくような、システム的なものだと思ってしまっていた。


 だが、それは違うのだ。

 ここが『マーチス・クロニクル』の世界であるということは間違いない。

 しかし、今の俺、ファレスにとってここは現実なのだ。


 選択肢以上のコミュニケーションが取れる世界で会話をおろそかにするとは……つくづく呆れてしまう。


「サラ」


 決意を持って名前を呼んだ。


「はいっ!」


 怯えや恐れの入り混じる声。

 十二歳の少女に出させていい声のはずがないだろう!


「今まで、すまなかった」


 深く、深く頭を下げる。

 謝罪なんてする側の自己満足でしかない。

 だが、ここが現実なら、データ以上の感情のある世界なら、自己満足でも想いを伝えることは出来る。


 これが俺にできる贖罪の第一歩だ。


「へ? ええっ!? そ、そんな!? あ、頭をお上げください!」


 慌てふためくサラの様子が目に浮かぶ。

 あわあわと口を動かしながら、どうしたらいいのかと挙動不審になっていてきっととてもかわいいはずだ。

 作品ファンとしてはそんな様子を見たいところだが、今の俺はファンではない。

 

 この誠意はこの先もサラと過ごしていくために、正面から受け止めてもらわなければならない。


 そう考えて俺は尚も頭を下げ続けた。


 すると、赤の派手な絨毯に埋め尽くされる視界に可憐な薄い黄色が入り込む。

 しゃがんで俺の頭よりさらに低い位置からこちらを見上げるようにした彼女はそのままの姿勢で続けた。

 

「……ご無礼を承知でお話させていただきます。ファレス様の謝罪は、受け取れません。もし、ファレス様がこれまでの折檻などに責任を感じていらっしゃれるのであれば、それは全く必要のない物です。あれは私が受けるべくして受けた物ですから」


 ゲームでも見たことのないほど強い態度。

 先ほどまで揺れていたであろう視線はまっすぐに俺を捉え、その心根を伝えようとしてくる。


「それに……それにもし、お言葉を頂けるのであれば、……お褒めの言葉の方が私は嬉しいです」


「……っ!」


 ふわりとして、だが、どこか蠱惑的なおよそ十二歳の少女とは思えない笑みに、状況も忘れてつい見とれてしまう。


「サラ」


 もう一度、噛み締めるように名前を呼ぶ。


「はい」


 今度はサラも慈愛をにじませた柔らかな表情でこちらを見た。


「いつも、助かっている。ありがとう」


「はい。こちらこそありがとうございます」


 こんな風に面と向かってお礼を言い合うことなど、前世でもあっただろうか?

 

「サラ」


「はい」


 それからも傍から見れば恥ずかしすぎるようなやり取りを続けた。


 ◇◇◇


「……」


 どのくらい時間が経っただろうか?

 興が乗って来た俺はサラの良いところを次々に上げ連ねていくと、最初は嬉しそうにしていたサラも、段々と顔を伏せていき……。


「も、もうわかりましたから! ありがとうございます! 嬉しいのでそのくらいで勘弁してください!」


 これまでに見たことがないほど顔を赤くしたサラがそう言って爆発した。


「そ、そうだよな。すまない」


「い、いえっ。その、本当にありがとうございます」


 微妙な空気が流れる。

 これは……あれだな。

 状況は違えど、後のことを考えずにうっかり告白しちゃって、互いにどうしていいかわからず気まずくなるやつ。


 ううむ、一人ならば懐かしいものだと感傷にも浸れただろうけど……当事者となるとなあ。


「あの、ファレス様」


 俺が一人で唸っていると、サラが控えめに、こちらの様子を窺うように今一度目線を合わせて聞いてきた。


「それで、その、やはりクイン様のような方がお好みなのですか?」


「……」


 あ、その質問答えなきゃだめなやつなのか。

 

 ふむ、真面目に考えて見るか。

 クインは『マーチス・クロニクル』でも、そこそこ出番のあるキャラクターの一人で人気もそこそこ高かった。

 ここアゼクオン領を足掛けに商売だけでなく政治の分野にもどんどん力をつけていき、彼女のルートの最後にはファレスの不祥事をひた隠しにするアゼクオンを摘発してこの領地を手に入れるというエンドもあったはずだ。


 ファレスにとっては仲良くしておかなければ危険な相手の一人だが……。


 いや、この思考はダメだ。

 ついさっき、俺は俺でファレスではないと思い知ったじゃないか。


 俺個人としてクインを見ると……。


「そう、だな。嫌いなタイプではないだろう」


「っ! そう……ですよね」 


 ? なんだかサラの様子がおかしい気がする。


「どうかしたか?」


「いえ、わ、私はファレス様がどなたとご結婚されてもお傍に仕えますので!」


 俺の質問にそうとだけ答えてサラは部屋を出て行ってしまった。


「結婚? そうか、貴族だもんな……」


 学生同士の恋愛だって、そう簡単に片づけられるものじゃない。

 今はまだ学園入学前だが、学園に入ってからはそういう噂は実際に冗談では済まされなくなる。


 家同士の関係や家格の釣り合いなど、そう言う部分が大きく関係してくるのだ。


 ちなみに『マーチス・クロニクル』全プレイアブルキャラクター共通のバッドエンドルートは複数人と恋愛関係になることだ。


 ゲームなのだからいいじゃないかとは行かないのがこのゲーム。

 まあ、もちろん全エンド回収するためにハーレム形成は一度はやるのだが……。

 この世界がどれだけゲーム史に忠実なのかは知らないが、もし俺にもそう言う機会があるならば慎重にいかなければならないな。


 ……そう言えば、ファレスルートのハーレム形成はなぜか死ぬほど難しかったんだよな、こんなにイケメンなのに。

 まあ、ファレスのカスさは周知の事実だったし、そう言うこともあるか。


 ◇◇◇


「うぅ……」


 ファレスの部屋を飛び出したサラは与えられているアゼクオン邸の自室に戻り、一人でうずくまっていた。


「今日は高低差が激しすぎます……これなら折檻を受けている方が楽です」


 サラの頭は至福や羞恥、嫉妬など色々な感情でごちゃ混ぜになり、思わずそんな言葉が飛び出す始末だ。


「でも、そっか……」


 そんな感情を振り払い、袖下に密かにつけているブレスレットに目をやった。


「私、ちゃんとお役に立てているんだ」


 それは先日ファレスに貰ったブレスレット。

 選んだのこそサラだったが、サラはあれから入浴時以外では常にこれを身に着けていた。


「それと……」


 サラは枕元に置いた、まだ開けられていない包みを見る。


 これは帰りの馬車の中で、ブレスレットと一緒にファレスから貰ったものだ。

 だが、ブレスレットとは違い中身については何も聞かされていない。

 そのせいで変に緊張してしまってまだ開けられずにいるのだ。


「……でも、いつまでも開けないでいるのも失礼だよね。もし仕事に使える物なら、使っている姿を見せてお礼も言いたいし」


 そう思ったサラは包みを手に取り、慎重に開けた。


「ぇ……これって」


 取り出してすぐ、言葉を失うような衝撃がサラの脳を駆け巡る。

 

 それは今のサラにはどうやってもつけられない。

 大人な女性向けのランジェリーだった。


「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 よく訓練されたメイド()であるエバンス家出身のサラとて、この衝撃には叫び声を抑えられなかった。


「こ、ここ、これって……もしかしてそういうこと!?」


 ファレスの気遣いとクインの気遣いとがすれ違い、凄まじい勘違いを引き起こすサラであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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