第七十五話 学園入学⑩
――時は少し遡って、ファレスとリューナスの戦闘中、その周りの野次馬たち。
「なぁ……あれって本当に剣の戦いなんだよな?」
「あ、あぁ……両者とも魔法を使っているようにも見えないし、間違いなく剣同士の戦いだ」
貴族が剣を振るうだなんて、と、ファレスたちを笑いに来たつもりだった野次馬貴族たちも、その光景には完全に目を奪われてしまっていた。
「そ、それでもやっぱり剣で戦うなんて野蛮だわ!」
中には、そう言って我を貫こうとする者もいた。
しかし……
「貴方、あれを見てもまだそんなことが言えまして? だとすれば余程都合の良い目をしていらっしゃるのでしょうね?」
もはや形勢は覆りようのないほどまでに逆転していた。
認識のそのものが変わったかどうかは判断できない。
ただ、この場、ファレスとリューナスの剣に限り、偏見と風潮に固められた貴族の思想は確実に変えられていた。
「さすがはファレス様です。……ですが、そのお相手を務められないことがこれほどに悔しいとは。リューナス・クラービー……要警戒人物です」
「……本当に、凄まじいお方なのね。リューナスさんも……魔法披露宴の時とはまるで別人ですわ。……私も負けていられませんわね」
ある者は恐れを、ある者は尊敬を、ある者は偏愛を。
皆それぞれが異なる感情を抱いたことだろう。
ただ、この場に来ていた者がこの先、この二人を蔑むことだけはないと言い切れる。
二人の戦闘には、それだけの魅力があった。
◇◇◇
「お疲れ様でございます」
リューナスに手を貸して彼女を立たせていると、すぐにサラが駆け寄って来て俺にそう声を掛けたかと思えば、俺からリューナスを引きはがすように彼女に肩を貸した。
「これは……すまない。どなただっただろうか?」
リューナスは突如現れたサラに驚きながら、名前を問う。
そう言えば、リューナスは魔法披露宴でもずっと料理に夢中で俺とサラが一緒に居た所を見ていないのか。
「私はサラ・エバンスです。ファレス様のメイドだと思っていただいて構いません」
「サラ殿。メイド……なるほど承知した。私はリューナス・クラービーと言う。よろしく頼む」
屈託のない笑顔のリューナス。
どうやら彼女は驚いたこと以外サラを特に気にしていないらしい。
「サラ、リューナスを医務室まで頼む」
「承知いたしました」
「面目ない」
リューナスに肩を貸したサラが訓練室の出口まで歩いて行くと、野次馬に集まっていた貴族たちが道を譲るようにぞろぞろと捌けていく。
俺に限らず基本的に貴族と言う肩書を持つ人間はプライドが高い。
特に自分より下の階位の相手に対してはそれが顕著だ。
だというのにもかかわらず、この学園においてはかなり新興で立場の低いリューナスのために彼らが道を譲った。
当たり前のように見えてこれはかなりすごいことだ。
もちろんエバンス伯爵家のサラの名前があってのこと、と言う可能性も否定しきれないが。
「お疲れさまでしたわファレス様」
サラたちを見送っていると今度はセレスティアが悠然と歩いてこちらにやって来た。
「ああ」
俺はそれに当たり障りのない反応を返す。
すると、俺の反応が思わしくなかったのか、少しだけ表情に不満を示したセレスティアがグッと、それまでの悠然とした歩みを崩して距離を詰めたかと思えば、勝手に俺の左腕を取って来た。
「……何のつもりだ?」
「あら? 説明が必要でして?」
セレスティアは大分強かな性格をしているようだ。
サラのいないこの機会を存分に利用してやろうという、そんな思惑が透けて見える。
「……ここは騒がしい。教室に戻る」
「お供させていただきますわ」
「好きにしろ」
セレスティアの突発的な行動のせいで空気が様変わりしてしまった訓練室を後にする。
火のないところに煙は立たないが、火災が自らやって来てはどうしようもないのだ。
せめて被害は小さくあってくれと、俺は内心そう思っていた。
◇◇◇
「そう言えばファレス様、確かファレス様はスペーディア商会ともご縁をお持ちでしたわよね?」
教室へと向かう道すがら、しっかりと俺の腕をホールドしているセレスティアがそんなことを言いだした。
「……ああ。旧ノウ領の一件で、な」
「ふふっ、確か『クインファレス号』でしたか? それはそれは凄まじい利益を出しているとか」
「……あの領の領民は皆優秀だ。むしろあのくらいやってもらわねばわざわざ俺が出向いた甲斐もない」
船名には触れず、会話を進める。
ナバラめ、本当に……このふざけた名前のせいで、余計な厄介ごとに巻き込まれている。
「まあ! ファレス様がそこまでおっしゃられるなんて、是非私も行ってみたいですわ」
「世辞は良い。それで? スペーディア商会がどうかしたのか?」
なかなか本題に入ろうとしないセレスティアの話を無理やり進める。
貴族同士の会話と言うのはこういう所が非常に面倒だ。
「あら、本音なのですが……まあ、良いですわ。せっかちなファレス様に合わせて本題に入らせていただきます」
「……」
無言で続きを促す。
決して反応が面倒になったのではない。
「最近、スペーディア商会が手掛け始めた魔道具の話は聞いていらっしゃいますか?」
「魔道具を? 聞いていないな。確か魔道具は昔からほぼ寡占状態だったと思うが……」
「ええ。その通りですわ。ですが、年々出土量や討伐される魔物や魔獣の数が多くなり、供給量が増え始めたことで寡占にほころびが生まれ、スペーディア商会はそこを見逃さなかったようですわ」
……さすがはギンカ・スペーディアだな。
どこからそんな商機を嗅ぎつけているのかは知らないが、本当に流石としか言いようがない。
「さすがは新進気鋭の商会だな。それで? それがどうか……」
そこまで言いかけて、ようやく俺はセレスティアの意図を察する。
そう言えば、これまで魔道市場を寡占化していたのは……確かグランダル公爵家と深い関係の商会だったはずだ。
「どうやらお気づきになられたようですわね」
「ああ……なるほど。これで合点がいった」
……ギンカ・スペーディア、その胆力は尊敬に値する。
上位貴族から見れば吹けば飛ぶような男爵家が公爵家の手掛ける事業に横槍を入れたのだから。
それだけ自信があったのだろうか?
レドがいるから問題ないと?
……いや、違う。
これは明確にアゼクオンを盾に大立ち回りをしている。
この世界、帝国において反乱は建国史上一度しか起きていないが、貴族家同士の争いや重婚制度の残っていた過去にはお家騒動はよく聞く話だった。
そんな社会で新興も新興のスペーディア家がここまでの立ち回りが出来るはずがない。
いくら潤沢な資金があっても、それを簡単に握りつぶせるのが権力なのだ。
……野心家を内に抱えるとはこんな気分なのか。
ふっ! ハハハハハッ! 面白い、面白いではないか!
良いだろう、存分に盾になってやろうではないか。
丁度グランダルには個人的な興味も湧き始めたんだ。
「ファレス様? ……悪い顔をしていらっしゃいますわよ」
「ふっ、悪いな。少し興が乗ってきてしまったようだ」
ただ、名前を出していないとはいえ、アゼクオンを笠に着たのだ。
事が終われば、相応の対価は貰うとしよう。
「ふふっ、悪いお顔のファレス様も素敵ですわ」
セレスティアはそう言って楽しそうに笑う。
……なるほど確かに今のセレスティアには悪女属性が似合うな。
俺はセレスティアの横顔に目を向けながら穏やかな気持ちでそんなことを思うのだった。
「あぁー!! ファレスお兄ちゃんが浮気してるー!!!」
が、そんな俺の穏やかな心情は曲がり角を曲がった瞬間になぜかそこにいたサンによって一瞬にして打ち砕かれた。




