第七十三話 学園入学⑧
サラを連れて向かった先は新入生、それも子爵家以上が集められる教室。
さて、同クラスは何人かな?
原作通りならば十四人だったはずだが……。
教室の扉を開け室内を見渡せば、意識がハッキリしたあの時以上に見慣れた光景。
正しく、『マーチス・クロニクル』の世界なんだと改めて実感させられる。
ファレスとしてはあまりいい思い出のない場所なのだが、まあ今の俺には関係ない。
「どちらに座りますか?」
教室内の学生数はまだまばらで原作通りかどうかの判断にはもう少し待つ必要がありそうだ。
サラの質問を聞きながら、俺はそんなことを思っていた。
すると――
「(左奥の三人がけ机に座りましょう?)」
また頭の中に声が響く。
思わず振り返れば、俺たちの少し後から着いてきたセレスティアがこれみよがしに通信玉をチラつかせながら、こちらを見ている。
……一体何がしたいんだ?
「ファレス様?」
急に立ち止まり振り返った俺をサラが不思議そうな顔で見つめてくる。
「あ、ああ。あの辺の後ろの席で良いだろう」
「はい。ではそうしましょう」
サラに通信玉のことがバレると厄介だと思い、意図せず、セレスティアに指示された通りの席に着いてしまった。
端にサラ真ん中に俺が詰めて座ると、程なくしてセレスティアも俺の隣へやってくる。
「ふふっ。お隣、失礼いたしますわファレス様」
「……好きにしろ」
俺が許可したことで掴みかかりこそしなかったものの、サラは今にも『嫉妬』を暴発させそうだった。
……この二人に挟まれ続ける生活をしていたら、流石の俺でも胃に穴が開きそうだな。
そんな、原作通りならばこの学年で二番目に位の高い侯爵家の俺たち二人に、特殊な伯爵家であるエバンス家と揃った俺たちの並びは当然、クラスの注目の的だ。
「ねぇ……あれって……」
「高名な『煉獄』様だからな……」
ヒソヒソヒソヒソと俺たちを話のタネに、初対面であろうクラスの顔ぶれが早速仲良く話をしている。
……そういえば、あの時クインを襲おうとした悪漢共も言っていたけど『煉獄』って、俺のこと……だよな?
一体どこからそんな二つ名と言うか異名が付いたんだ?
「ふふっ、私が流したファレス様の異名はよく浸透しているようですわね」
俺の頭の中を覗いていたかのようなタイミングで予想外のところから答えが出てきた。
そう言えば、魔法披露宴の時にセレスティアに煉獄のようだって言われたような記憶が……。
「……癪ですが、そのセンスは認めざるを得ませんね」
「あら? 本当かしら? ふふっ、嬉しいわ」
なん……だと?
サラが、セレスティアを認めた!?
基本俺以外には塩対応なあのサラが!?
セレスティアを宿敵とばかりに嫌っているサラが!?
思わずサラのことを二度見してしまう。
すると俺を挟んだ両者は何やら通じあっているように頷き合っていた。
このまま仲良くしてくださいな……。
俺はそう願いながら二人から目を逸らし、教室内の人数を数えた。
一、二……八で俺たちを含めて十一人か。
つまり原作通りならばあと三人ということになる。
いや、違うか。
そういえばクゾームは男爵家へと降格されていた。
と言うことはこのクラスは十三人になるのか。
すると答え合わせをするかのように態度のデカい男と見覚えのある男が一緒に入ってきた。
一人は姿が見えないと思っていたルーカス・マーデン。
そしてもう一人は、高貴なる血を引く貴族中の貴族。
グラーツィア帝国唯一の公爵家であるグランダル家の次男、エンペン・グランダルだった。
首元に黄色い襞襟を付けて一歩一歩踏みしめるように入ってくる。
エンペンは入ってすぐに教室中に聞こえるように声を張り上げて言う。
「やぁ、グラーツィア帝国を支える貴族家の諸君。この僕こそが皇帝の血を引く最も尊き帝国貴族が一人。グランダル家のエンペンだ。あぁ、気にする事はない。僕はわざわざ膝をつかせるようなことはしないさ」
………………。
教室内が静寂に包まれる。
どうしてか右隣のセレスティアがびくりと肩を震わせた気がした。
「さすがはエンペン様。皆エンペン様の放つオーラに当てられて萎縮してしまっているのでは?」
エンペンの横ではもはやハエなんじゃないかと思えるほどに手を擦り合わせごまをするルーカス。
……こいつには後で話を聞く必要もあるんだが、話しかけたくないな。
「ハッハッハ! そう恐縮せずともいいんだぞ? 僕は海のように広い心を持っているからな!」
それにしても、もしかしてあいつ……この世界の原作ファレス的立ち位置なのか?
いや、ファレスとは大分ベクトルが違うが……何て言うか、うん。
あいつはおだてられ持ち上げられ、よくわからないままに虚勢を張っているように見える。
そんな姿はあまりに滑稽。
……見ていられないな。
「ファレス様、あの者黙らせ――」
耳に顔を近づけてそう言って来ようとするサラを手で制する。
セレスティアはどうにもエンペンに怯えている様子だし、サラに対応を任せると教室が半壊する可能性すらある。
「この俺相手に身分を語るとは……いい度胸ではないか。グランダルのエンペンとやら」
俺はその場で立ち上がり、『傲慢』の魔力を放ちながらエンペンを挑発した。
……これは慈悲だ。
そのポジションは悪役の物。
正真正銘の悪役にのみ務まるポジション。
作中一の不遇でも世界一の傲慢でもない、ただの高貴な血筋のボンボンに務まる立ち位置ではない。
「貴様は……ファレス・アゼクオン。侯爵家の貴様が僕に歯向かうとは……!」
エンペンは想像通り、俺の魔力にあてられてすっかり及び腰だ。
だが、半端なままで終わらせるつもりはない。
ルーカスにおだてられ調子に乗ったその鼻っ柱を完膚なきまでに叩き折って、しっかりと更生させてやろう。
「ああ、確かに俺はアゼクオン侯爵家の出身だ。だが、その目は飾りなのか? 見えるだろう? アゼクオンの紋章の横に光るこの徽章が」
「それは!? 皇帝陛下の徽章!? まさかあの噂は……」
「ああ、俺は正真正銘、皇帝陛下の名代を名乗ることを認められた人間だ。家柄も身分も関係ない。この教室、いや、この学園において俺が一番格上、頂点の存在だ」
この世界に不遇な悪役は必要ない。
そして根っからの悪は正面から斬り伏せる。
エンペンを見て俺はそう決心した。
ただ最強になるだけではつまらない。
元悪役の俺がこの世界の悪を端から片付けていくというのも面白いかもしれない。
「ぐっ……だが、僕には国一番の美人と言われる婚約者のセレスティアが!」
それまで俺の徽章ばかりに視線を捉えられていたエンペンが俺の横に座るセレスティアへ目を向ける。
すると再び、セレスティアの肩がビクッと震えた。
つい数分前まであれだけ俺に余裕を見せてきていたと言うのに、今では机の下で俺の制服の裾をギュっと掴んでいる。
「きっ、貴様ぁぁ! 僕を愚弄するだけに留まらず、僕の婚約者まで奪おうというのか!」
エンペンが吠えた。
この感じ、どうやらエンペンの方は本気でセレスティアのことを婚約者だと思っているようだが……。
俺は今一度セレスティアへ目を向ける。
……うん、どう考えてもエンペンの思い込みだよな、これ。
「セレスティア、お前はあのエンペンの婚約者なのか?」
俺がそう聞くとセレスティアはふるふると微かに首を振った。
「どうやら、お前の思い込みだそうだが? エンペン?」
「そんなはずないっ! なぁセレスティアっ! 貴方は僕の婚約者になってくれると兄上が……」
エンペンの口から兄上という言葉が出た途端、ルーカスの顔色が少し変わった。
そして――
「ま、まぁお二人とも、落ち着いてください。今日はせっかくの入学式なのですから、ね?」
焚きつけたのはルーカスだと言うのに、あの野郎……。
だが、また一つ収穫があったな。
ルーカスとグランダルの長男の繋がり……何かありそうだ。
「ふぅー……ふぅー……」
エンペンはルーカスに諫められ、何とか落ち着こうと息を荒くしている。
……ただ、とりあえず今日はここまでか。
廊下の方から教諭と思しき人物が歩いてくるのが見えた。
再び席に座りなおす。
「(情けない姿をお見せしてしまいましたわ……それに庇っていただき……)」
すると通信玉から申し訳なさそうな声が聞えて来た。
「(……気にするな。流れでああなっただけだ)」
俺はそれだけ告げて座席の背もたれに体重を預ける。
そんな俺を入口付近の座席から鋭い視線でルーカスが見ていた。




