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第七十二話 学園入学⑦

 貴族学園。

 それはグラーツィア家が皇帝位に就いてから最も初めに着手した帝国改革であり、すでに四百年近い歴史を持つこの国の礎として多大なる貢献をしたと称えられる一大改革であった。

 貴族身分を持つ満十五歳の子息子女全員に通学の義務が課せられ、次世代の貴族たちへ正しく、まともな政治運営能力を身に付けさせることを目的としたこの貴族学園によって、現在の強大かつ安定した帝国が成り立っていると言えるだろう。


 確か、これが『マーチス・クロニクル』における貴族学園のフレーバーテキストだ。

 原作上では政治について教わるようなシーンは描かれず、魔法技能やら魔獣との戦闘やらを叩き込まれるのだが……。

 

 今日はそんな貴族学園の入学式。

 俺は慣れ親しんだいつもの服装ではなく、原作で見慣れた学園の制服に着替える。

 貴族学園の制服は普段俺が好んで着るような濃い色の物とは正反対の白を基調とした落ち着いた雰囲気の物だ。

 最後に胸元へアゼクオンの紋章と皇帝の徽章を付けて部屋を出る。

 するとドアのすぐ横にサラが立って待っていた。


「学園制服もお似合いですファレス様」


「ああ。サラも良く似合っているぞ」


 別にごく普通の会話だろう。

 しかしながら、付近にいたメイド達から好奇の目で見られているような気がする。

 数日前からこのようなことが増えたのだが……まさかな。


 学園は王都の北側。

 王城を中心にすると南部のアゼクオン領から見てちょうど反対側に位置している。

 ただ、王城があまりに広大すぎるがために、王都で生活している人たちでもわざわざ北側に足を運ばなければその姿を拝めないため、実は王都での影は若干薄めなのが原作と現実の違いだろうか。


「今年の入学生は何人ほどなのでしょうか?」


 馬車で俺の正面に座っているサラがそう呟く。

 

 サラの胸元にはキラリとエバンス家の紋章が輝いている。

 結局サラの立ち場問題に関しては俺がエバンス家へ一筆したためることで解決した。

 ただし、サラ関係のすべての事柄の責任を負うという条件付きではあるが。


「例年三十から六十名程度と聞いているがどうだろうな? 俺の魔法披露宴には俺含めて八人の参加者がいたからな」

 

「そういえば……あのカーヴァリア家の令嬢もいらっしゃるんでしたね」


 スッとサラの表情が曇る。

 セレスティアとサラはあの日、あそこで対峙して以来会っていない。

 また、面倒ごとが起きなければよいのだが……。


「そうだな……」


 ただ、俺はそれ以上に期待していることがあった。

 それはもちろんリューナス・クラービーのことだ。

 原作最強の一角が三年間でどこまで成長したのか、非常に興味がある。


 そういえば、クゾームは学園に通えるのだろうか?

 あれ以来めっきり噂を聞かなくなったノウ家は、確か領地を没収され王都で謹慎しているとのことだったはずだが、爵位は男爵位に落とされたもののそれでも貴族位なことに違いはない。

 もしかしたら改心したクゾームがいるかもな。


 互いに様々な感情を胸に抱きながら、俺とサラは遂に学園へと降り立った。


 ◇◇◇

 

 王都の北側は北部領土の盾としての意味もあるのか、そこまで賑やかではなく、どちらかと言えばこちら側の方が閑静な住宅街で、貴族の別邸がありそうな印象を受ける。

 そんな北側で最も大きな存在感を放つのが目的地。

 白い石畳の先に見えて来た王城ほどではないがどこか荘厳さを感じさせるようなこの建物が、今日から俺の通うことになる貴族学園だ。


「各貴族家子息子女の諸君! この度は学園への入学おめでとう」


 学園の門をくぐってすぐに俺たちは大講義室のような教室に通された。

 今、俺たちの正面に立って挨拶しているこの人物はこの学園の学園長を務める男であり、個人としても元近衛騎士隊長まで上り詰めた生粋の実力者だ。


「諸君にはこの学園で領地運営の方法や、魔物や魔獣から襲撃を受けた際にその魔法を持って先陣を切れるような戦闘能力、判断力を身に着けてもらう」


 ただ、如何せんこういう話は長くて困る。

 目立たない程度に周りを見渡そうとすると誰かが俺の右手を掴んだ。

 ……おかしい、サラは俺の左側にいるのだが。

 不思議に思って、そちらに目を向けてみればそこにいたのは……セレスティア・カーヴァリアだった。


 俺が驚愕しているとセレスティアは掴んだ俺の手に何かを握り込ませ、掴んでいた手を離した。

 

 学園長の話が始まった時点では俺の右隣は空席だったはずなんだがいつの間に……?

 そう思いながら何となくサラにバレないように右手の中身を確認しようとした。

 だが、その瞬間――


「(この声は聞こえていますでしょうか? ファレス様)」


 接尾に音符のマークでもついていそうな楽しげなセレスティアの声が俺の頭に直接届くようにして聞こえる。

 まさかと思い、握らされたそれに目を向ける。

 

「(お察しの通りですわ。こちらは通信玉。遠話の水晶ほどではありませんが希少な魔道具ですわ)」


 ……おいおい。

 これは一体何の冗談だ?


 俺は隣のサラに不信感を与えないように気を使いながらも内心では頭を抱えていた。

 スペーディア商会が遠話の水晶を持っていた時も驚いたが、これはそれ以上だ。


 通信玉。それは確かに希少性の面では遠話の水晶には及ばないかもしれない。

 しかしながら、その利便性は遠話の水晶にも勝るとも劣らない。

 いや、状況によっては圧倒的に勝ることさえ考えられる。

 こいつは現代風に言えば携帯電話だ。

 持ち運び難い遠話の水晶とは違い、拳に握り込んでしまえば傍からは絶対に見えない。

 通信先は一組に付き一つと限られてしまうが、その有用性は語るまでもないだろう。

 おそらくは家宝としている家もあるのではないだろうか。


 俺は通信玉に少量の魔力を込めてセレスティアへ返事をする。

 

「(なんの真似だ?)」


「(そんなに身構えないでください。ただファレス様とのつながりが欲しかっただけですわ)」


「(その心意気は結構なことだが……)」

「(何をおっしゃられても受け取っていただきますわ。大衆の前で淑女に恥をかかせた責任とでも思っておいてください)」


 俺の反論に被せるようにセレスティアがそう言ってくる。

 ……確かに、魔法披露宴でのことは上手く二人を諫められなかった俺にも責任が……いや、ないだろ。

 と、思ったが、セレスティアも譲るつもりはなさそうだったため、俺は無言でそれをズボンのポケットへ滑り込ませた。


「(……あまりに鬱陶しければ砕く)」


「(まあ! 気を付けますわ)」


 教壇へ向けられていた照明が再びこちらを照らし、暗かった手元が良く見えるようになる。

 どうやら丁度学園長の長話も終わったようだ。


「ファレス様、どうやら同世代の人数は五十名程度のようです。子爵家以上の人数は十数名かと」


「そうか。概ね例年通りと言ったところか」


「はい。ですが、カーヴァリア令嬢の姿だけ見当たらず……」


 学園長の話を聞いているうちに生徒数を数えてくれていたらしいサラが報告をしてくれる。

 そしてどうやらサラもセレスティアがいつの間にか俺の右隣に来ていたことに気が付かなかったようだ。


「ああ、セレスティア嬢ならば――」

「お久しぶりですねエバンス嬢。いえ、サラさん?」


 俺が右を向くのが早かったか、ほとんど同時くらいのタイミングでセレスティアが会話に割り込んできた。


「なっ!?」


 サラが驚愕の表情を浮かべる。


「なにをそんなに驚かれているのでしょうか? 私は最初からここにおりましてよ」


 最初からだと?

 いや、違うそれは嘘だな。

 俺がこの席に座った時は確実にだれもいなかった。

 つまりは……


「……雷の魔法をそこまで仕上げたのか」


「まぁっ! 流石はファレス様、こんなに早く気付かれてしまうとは思いませんでしたわ」


 わざとらしくセレスティアが俺を称える。

 原作において属性魔法にはそれぞれ潜在値と呼ばれる裏ステータスのようなものが存在していた。

 大雑把に分類すると炎や土の魔法の潜在値は破壊力、風や水の魔法の潜在値は速度、と言うようにキャラの魔法とその特性で伸びやすいステータスが決められていたのだ。


 原作でこそ魔法の用法は一つだったが、今はここが現実。

 本人の扱い方次第でその魔法は様々な変化を見せる。

 どうやらセレスティアは雷魔法をスピード方面へ伸ばし、静かかつ神速の移動を可能にしたようだ。


「……どうやら三年間、遊んでいただけではないようだな」


「もちろん。いつかファレス様のお顔にも驚愕を浮かべさせてみせますわ。今のサラさんのように」

 

 ……セレスティアはどうにもサラを相当意識しているらしい。


「……もう行くぞ。退室は始まっている。サラ」


「……っ! はいっ!」


 これ以上セレスティアに構うとサラが爆発しかねない。

 そう思った俺はサラを連れて一足先に大講義室を後にした。


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