第七十一話 学園入学⑥
どうやらスペーディア商会の躍進は出る杭どころではなかったらしい。
スペーディア商会は俺たちと共にノウ領の復興に携わり、その後の魔法披露宴にて、それまで風の噂になっていた俺の名前が顔と一致したことで新船『クインファレス』に再度注目が集まった。
ファレスは俺だとするとこのクインは何だ? と言うことで、多くの人、特に商業関係者はこぞって調べ始め、間もなくしてクイン・スペーディアの存在に行きついたそう。
それからはスペーディア家がアゼクオン家と深い関係があるのではないか、と深読みし、間接的にでも関わりを持とうとする家が続出。
事業やらなにやらへの出資が止まらなかったらしい。
そしてそんなスペーディア商会を率いるのは、女性の身ながら代替わりから十年ほどで貴族家へとのし上がった、敏腕経営者ギンカ・スペーディア。
このチャンスを逃すことなく活かし切り、貴族街の超一等地に別邸を構えるまでに至ったそうだ。
そんなスペーディア家の別邸は土地の問題もあり、規模こそそこまでの大きさとは言えないが、その分上に高い。
五階建てくらいになるのだろうか?
昨晩は夜だったこともありあまり気に留めなかったが、こうして注目して見ると異質な存在感がある。
「本当にファレス様のご名声に便乗させていただいただけなのですが……」
「いや、確かに俺の影響もあるだろうが、流石は成り上がりの叩き上げ。機を逃さない手腕は見事と言えるだろう」
最後に自分の饒舌が恥ずかしくなったのか、申し訳程度の謙遜をするクインを肯定する。
実際、きっかけは俺でも、そこまでの利益を上げるというのは凄まじい功績だ。
……もしかすると、ギンカ自身が先ほどのクインのように狙われることが増え、レドが正体を隠すのを止めて結婚したのかもしれない。
元とは言え剣聖、父上たちより上の代では、その名を知らない者はいないだろうからな。
抑止力としては最適だろう。
ちょうど会話が終わった頃に馬車も停止した。
どうやらクインの自宅へ着いたらしい。
「えー、もう着いちゃったの?」
足をばたつかせてサンがごねる。
「ダメよサン。これ以上ご迷惑をかけるわけにはいかないわ。ありがとうございましたファレス様」
「ああ。今後も周りには気を付けるように。サンはしっかりクインを守ってやれ」
俺はそう言いながらうるうるとこちらを見つめるサンの頭を撫でてやる。
本来ならばサンは俺の従魔だからな。
「うん! 分かった!」
すると、途端に破顔して満面の笑みを見せてくるサン。
この子は出会った頃から身体的にはまるで成長していないため、つい甘やかしたくなってしまう。
「では、ファレス様。私たちはこれで失礼させていただきます」
俺がひとしきりサンの頭を撫で終わると、クインが改めてそう言ってきた。
「ああ」
俺は軽く手を上げて二人を見送る。
するとサンを先に降ろしたクインが去り際に振り返り一言。
「サラさん。私はまだ諦めるつもりはありませんから!」
「はい?」
感情に起因する魔法を持つ二人の対極の魔力がぶつかり合いかき消える。
『嫉妬』と『慈愛』の二人が強い意志を持って睨み合う。
話しながらクインがチラチラサラの方を見ていたと思ったが、そう言うことか……。
ただ、この場ではそれ以上は何もなく、サンに「お姉ちゃん早く~」と呼ばれたクインはそそくさと馬車を降りて行った。
………………最後にとんでもない爆弾を落としていったな。
ただでさえサラからしてみればデートを邪魔されたわけで……。
俺はちらりとサラの方を窺う。
「私とファレス様の関係に割り込もうなどと不遜な女。許せない許せない許せない……」
……呪詛を吐いていた。
目からは光が消え、今にも負の感情に狂いそうな自我を、俺が三年前に渡したブレスレットを撫でまわすように触ることで何とか抑えているようだ。
ま、まあ、……うん。
少しの間、そっとしておこう。
それに俺は一つ調べなければならないことがあるからな。
◇◇◇
家に戻ると、俺たちが出かける前の恰好で事情を察していた他のメイド、侍従達によって豪華な食事が準備されていた。
この家の中ではメイドのサラとして過ごしているためサラはかなり衝撃を受けたようで、そんなサプライズの助けもあって幾分か機嫌は回復したようだ。
現在は普段より相当に早い時間だが、サラには同僚にあたるメイド達に背を押されて風呂に行っている。
そして俺はと言えば――
「誰か、最近の貴族情勢について詳しい者はいないか? 特にマーデン家の情報が欲しい」
近くにいた侍従たちを集めて最近のマーデン家の様子について聞いていた。
「マーデン家ですか……そう言えば、スペーディア商会の躍進によっていくつかの古い商会が大きく影響力を減らしたという話を聞いた覚えがあります」
侍従の一人からそんな発言が出てくる。
「ほう。その古い商会の中にマーデン家と縁の深い商会があったという訳か」
「はい……うろ覚えなのですが……」
自信はなさそうだが、なるほど。
おそらくこの自信のなさは突然俺に話しかけられたせいだろう。
そしてまだ根拠と言うには薄いが、俺の中ではその疑いは確信に変わっていた。
クインに刺客を放ったのは間違いなく、ルーカス・マーデンだ。
あのやり口は原作でも何度か登場していた。
どんな世界にも社会に不満を抱く層、貴族の特権を僻む層は存在する。
そんな奴らを言葉巧みに惑わし、少量の金を握らせて思い通りに動かそうとする。
それがルーカス得意のやり口の一つだ。
「そうか。今後しばらくマーデン家の動向に注視するように。どんな小さな情報でも構わない」
「承知いたしました」
この世界のルーカスにはまだ恨みはないが、あいつを野放しにしておけば、この身にどんな不遇が訪れるか分かった物じゃない。
摘める芽は摘んでおく。
どうせ学園では嫌でも顔を合わせることになるからな。
この機に色々な情報を集めておくのも良いだろう。
それだけ伝えると俺は集めた侍従たちを解散させ、自室へ戻る。
すると急にドッと疲れが押し寄せて来た。
デートって意外と精神をすり減らすんだな……いや、最後のクインのあれのせいかもしれないが……。
そんなことを考えながら俺は最低限の着替えだけを済ませてベッドに倒れ込んだ。
◇◇◇
「ファレス様、失礼いたします」
今日はいつもより少し長めの入浴をした。
身だしなみにはもちろん毎日気を使っているが、それはそれ。
私の優先順位は一にファレス様、それ以降はない。
でも今日は少しだけそれを自分に向けてみた。
せっかくなら一番きれいな自分を見て欲しいと思ったから。
今日は楽しかった。
すごく、すごく楽しかった。
最後こそ厄介なハプニングに見舞われてしまったけれど、ファレス様が私のために何かをしてくれる。考えてくれる。それが伝わって来るだけでもう、私は天にも昇るような感情を覚えるのだった。
そしてこれから――
……あれ?
そこまで考えて、まだ中から反応が返って来ていないことに気が付く。
……珍しい。あの日以来、ファレス様から返事が返ってこなかったことはない。
起床の際は別だが、まだこの時間ならお休みになる前のはず……。
つまり――!
「ファレス様っ!?」
私の思考は瞬時に最悪を描いた。
返事を待たずにドアノブに手をかける。
部屋の鍵は開いていた。
部屋に飛び込んだその先にファレス様のお姿はあった。
ただ、その様子は普通ではない。
まるで倒れ込んだかのようにベッドから身体が半分飛び出している。
「そんなっ――!」
思わず口元を押さえながら一歩ずつ近づいていく。
そして私は恐る恐るファレス様のお顔を覗き込んだ。
その顔は……いつものぐっすりとお休みになられているファレス様のもの。
「――っ! よかった!」
最悪を想像してしまった分、反動で安堵も大きい。
ファレス様もこうしてお疲れになることはある。
そんなことは分かっているが、それでも不安なものは不安だった。
私はファレス様を起こさないようにベッド上に体を収めてさしあげると自分も隣に入り、ファレス様の存在を確かめるようにその腕を抱いて目を閉じた。
今日はまだ誕生日、これくらいは許されるだろうと、そう自分に言い聞かせながら。
サラとしては特に意図を持った行動ではなかった。
ただ、この状況が持つ意味は……ファレスに最も厄介ごとをもたらすかもしれない。
さて、焦って部屋に入ったサラは部屋の扉を閉めただろうか……?




