第七十話 学園入学⑤
「あぁん!? てめぇナニモンだっ!」
いかにもなチンピラ男三人衆の一人が突如現れた俺に向かってそう叫ぶ。
しかし、両サイドの男はどうやら俺のことを知っていたようで、その男を必死で取り押さえる。
「おいバカ! こいつはあの噂の『煉獄』――」
しかしながら、時すでに遅し。
「貴様ら如き下種がファレス様と口を聞こうなどと、思い上がりも甚だしいっ!」
激昂したサラが怒りに任せて『嫉妬』を暴れさせる。
漆黒の大蛇が怒りを表すかのように大きく体を揺らせるようにして迫っていく様は凄まじい迫力がある。
そしてサラはこう言っているが、おそらくそれだけではなく、鬱憤晴らしも兼ねているのだろう。
その証拠に、聞いたことがないほど口調が荒ぶっている。
そして男たちは『嫉妬』によって拘束され、徐々に締め上げられていく。
「ぅぐぅぅ……」
男たちから苦悶の声が漏れる。
……これ以上は普通に死んでしまう。
「サラ、少し落ち着け。クイン、とりあえず一人で立てるか?」
「っ! ……お見苦しい姿を。失礼いたしました」
「……! 申し訳ございませんっ!」
俺の言葉で冷静さを取り戻した二人はそれぞれ自分の状態を省みてすぐに謝って来た。
しかし、尚も魔法を緩めようとしないサラの『嫉妬』を俺は仕方なく相殺する。
その上で改めて俺が足を縛り身動きを取れないようにした。
「……ファレス様、よろしいのですか?」
「王都の、それも貴族街でお前に殺しをさせるつもりはない。それでクイン、一体どういう状況だったんだ?」
サラを窘めつつ、俺はクインに事の詳細を聞く。
「あ、はいっ! その……最近スペーディア商会が王都でもかなり好評をいただきまして、この貴族街でもかなりいい土地へ出店させてもらえることになったのですが……」
クインの話は何処かで聞いたことのあるような話だった。
要約すれば出る杭は打たれるということわざの通り、まだまだ新興なスペーディア商会の躍進をよく思わない勢力が暴力に訴えようとしたということらしい。
ところで……レドは何をしているんだ?
こんなところをクインとサンだけで歩かせるような男ではないはずなのだが。
「そうか……。それで、この者どもはどこの刺客かは分かっているか?」
レドのことは気になるが、今はこいつらの処理が先だろう。
「い、いえ。こちらに咄嗟に逃げ込んでしまったので」
なるほど。
あらかた追われていることに気が付いて逃げている隙に、こんなところまで入り込んでしまったということか。
何にせよ、俺が近くにいて良かった。
「そうか。サラ、何か身分の分かる物は?」
俺たちが話している間に身元を改めようと奴らの持ち物を探っていたサラに声を掛ける。
「ダメですね。多少の金貨はありますが、それ以外は何も。ただの雇われかと思われます」
「そうか……」
報告をしながら汚いものに触れてしまったと嫌な顔をするサラ。
すると今度はそんな侮蔑の視線を向けられた男たちが情けない声で泣きついてきた。
「あ、あのぅ……俺たちまだ未遂ってことで、ここは見逃してはくれないですかね?」
「依頼人の特徴も! 覚えている限りお話させていただきますので!」
二人のとこがそう言い、先ほど俺に楯突こうとした男はコクコクと頷いている。
「情報次第だ。端的に依頼人の特徴を吐け」
魔力を敢えて溢れさせ、威圧を掛けながら凄む。
すると男たちは更に顔色を変えて色々と話し始めた。
「ねっ、年齢は貴方様と同じくらいの男の貴族様でした」
「家紋はあまり見かけないもので……」
「確か、南側の貴族家の紋だったかと!」
ほう?
南側で俺と同い年くらいとは……もしかすると……。
「他に特徴は?」
威圧を強めて、更に詰める。
すると、一人は気を失ってしまったが、辛うじて持ちこたえた男が息も絶え絶えながらに答えた。
「フードを、被っていたのですが、髪は……金髪でした!」
ほう。
ほうほう!
どうやら俺の予測は当たっていそうだ。
「そうか……」
ここまで分かれば、俺はもうこいつらに用はない。
俺は魔力を収め、彼らの足を縛る魔法を解除した。
「……っ! 許していただけるのですかっ!?」
そう言うと男たちは安どの表情を浮かべて顔を見合わせ合い、肩を抱き合った。
「ああ。俺への無礼は許そう。ただ貴様らがクインとサンを脅かそうとした事実は変わらない。さぁサン、死なない程度に思い知らせてやれ」
俺がそう言ってサンの背中をポンと叩くと、一歩前に出たサンが良いの!? という顔でこちらを見てくる。
俺がそれに頷いてやると、サンはすぐに男たちへ向き直った。
「そ、そんn……」
そしてサンは笑顔のまま男たちの顔を球状の水魔法で覆った。
……お手軽溺死魔法とでも言うのだろうか?
男たちは声すら出せず、最後の息を吐き切って次々に倒れていく。
そして最後の一人が倒れたところでサンが彼らが飲み込んでしまった水を吐き出させる。
「できたよ!」
すっきりした! とでも言いたげな表情のサン。
「……ああ、よくやった。では、行くぞ。こんなところに居ても良いことはない」
俺はそんなサンにある種の恐怖を覚えながらも特に突っ込まず、男たちを放置してこの場を去ることにした。
◇◇◇
時はすでに夕暮れ、赤くなった太陽がどんどんとその姿を隠していく頃合い。
「改めて、ありがとうございましたファレス様!」
三人衆を寝かせて来た路地を出て歩き出した俺へクインがお礼を言ってくる。
「ああ、今後は気を付けろ。……ただ、クインの傍にレドが居ないのは少し気になったな。奴はどうした?」
クインと会うのは一年ぶりだ。
そしてそんなクインの護衛兼執事のような役割をしているレドもここ一年は会っていなかった。
以前までのレドならば、俺の傍に必ずサラがいるようにクインの傍にいると思っていたのだが……と、思っていると予想外の答えが返って来た。
「レド……いえ、お父様はお母様のところに居るかと。実は先日お母様とレドが晴れて結婚しまして」
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
変わらず俺の腕を取っていたサラも驚きのあまりその手を離し、口元を隠していた。
……そう言えば三年前、皇帝の元へノウ領での任務の報告に行った際に皇帝がレドの姿がどうだとか、何かを言っていた気がする。
まさか戯言や何かの比喩ではなく事実だったのか?
「レドお父さん実はおじいちゃんじゃなかったんだよ!」
サンの二の矢によって、俺の記憶が証明された。
……つまり、俺が数年間に渡って剣を教わっていたあの老人はレドの仮初の姿と言うことなのか?
本当に何者なんだ、あの老人……ではなく今はスペーディア男爵、か。
この反応を見るに俺やサラだけでなくクインやサンも気がついて居なかったのだろう。
どんな変装をしたらそんなことが可能なのか……。
さすがは原作でも殊更に謎の多かった人物だ。
さらに詳しく話を聞いていくと、クインの母ギンカが王都に来たタイミングでレドに休みを取らせ、二人の時間を作ってあげたんだそうだ。
何と殊勝な性格なのだろう。
……それでその隙を狙われていては甲斐なしだが。
「……とりあえず事情は分かった。クイン、足はあるか?」
話しながら歩ていれば、アゼクオンの馬車が止まっているところを見つけた。
「いえ、少し買い物に出るだけのつもりでしたので、サンと二人で歩いて出てきました」
「そうか。では送ってやろう。家はどこだ?」
「えっ、いやその……」
馬車の横に立ち止まると御者が扉を開く。
俺はサラを先に乗らせると、そう声を掛けながら自分も馬車に乗り込んだ。
クインは一瞬申し訳なさそうな顔をするも、嬉しそうな顔でサンが馬車に乗り込んでしまったため諦めておずおずと乗り込んできた。
「それで場所は?」
もう一度改めて家の場所を聞く。
するとクインはまた申し訳なさそうで、でもどこか嬉しそうにもしながら答えた。
「ファレス様のお宅のすぐ近くなのです」
そしてそれを聞いた途端、隣でサラに掴まれたままの腕が凄まじい強さで締め付けられた。




