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第六十九話 学園入学④

 それから俺たちは色々な話をした。

 この部屋の奇妙な空気感が、俺たちの間の微妙な立場を曖昧にし、お互いに気を遣わない会話をすることが出来た。

 この建物自体の用途上、遮音性は完璧なため気遣う必要がないというのは素晴らしい。


 そしてもっぱら今の話題は――


「それで、その……ファレス様。昨晩のことなのですが……」


 今朝には一切の痕跡さえ残されていなかったソレについて、サラから触れてきていた。


「ああ」


 俺はとりあえずサラに話の続きを促す。


「まずは謝罪をさせてください。申し訳ございませんでした」


 恥ずかしそうに頬を染めながらテーブルに頭がついてしまうんじゃないかと言うほど頭を下げてくる。


「いや、サラが謝ることではない。それについては俺にも非があるだろう。ただ確かに、些か急には感じたな。何かあったのか?」


 そう言って顔を上げさせる。

 確かに性急なことだとは思ったが、正直これまでのサラを見ていれば近い将来、同じことになっていたであろうことは想像に難くない。

 ただ、この性急さが気がかりなのも確かではあった。

 

「はい……実は……学園入学に際して家の方から一つ、選択を迫られているのです」


 神妙な面持ちになったサラが口を開く。

 なんだかんだでサラはしっかりとエバンス家の令嬢として定期的に家と連絡を取っている。

 サラを皇帝の前で自分の物だと言い切る大立ち回りをして見せた日以降、エドワード伯爵からの面倒な突っかかりはほとんどなくなっていたため、サラのことを諦めたのかとも思っていたが、そうではないようだ。


「ほう……その選択とは?」


 俺は今までのことを思いだし、分析しながらサラに続きを聞く。


「私の……立場の問題です。伯爵令嬢としての立場でお父様と共に家の矢面に立つ人間になるか、このままエバンスの密偵という半ば機能していない公然の秘密を盾にメイドを続けるかという……」


「……なるほど」


 確かにサラが俺のメイドであることに加えエバンスの出身ということは半ば公然の秘密だ。

 本来ならばエバンスの人間はその所属を明かすことを許されず、あくまで使用人と言うポジションで密偵及び監視を行う。

 サラの場合は『嫉妬』の暴走の時点でバレており、その後皇帝の呼び出しを受け、諸々あったもののなぜか見逃された。


 この一件の問題は皇帝の見逃しという特例がエバンス家に不利に働いてしまう可能性があると言うことだろう。


 エバンス家は特殊な家だ。

 領地を持たず、皇帝への忠誠とその任務だけで貴族を名乗ることを許されている。

 ゆえに政治力と言う面では強いようで弱いのだ。

 

 エバンスの隙はそのまま皇帝の隙となってしまう訳だからな。

 まあ、今回の場合その隙が生まれた原因が皇帝という、複雑なめぐりがあるわけだが……。


 とりあえずエバンス家としてはそういう訳でかなり異例な事情によって、今の微妙なサラの立場を学園と言う社交界に出す前にしっかりと固めておきたいのだろう。


 ……なんて、冷静に分析してみたが、俺からしてみればそんなこと考えるまでもない。


「サラ、何を迷う必要がある。そのような選択は必要ない」


 口元に笑みを携え、俺はまっすぐとサラを見つめる。

 そんな俺をキョトンとした顔で見返してくるサラ。

 ふむ、まだ分からないようだな。

 もう、以心伝心なレベルだと思っていたが、まだまだそうはいかないらしい。


「サラ、お前自身はどうしたいのだ?」


 俺は立ち上がりサラへ手を伸ばす。

 大事な時に俺がどういう人間なのかを忘れてしまったらしい。

 

「……っ! 私は、今の立場……ファレス様と対等になれる可能性がある伯爵令嬢と言う立場でありながら、ファレス様のメイドでいたいとそう思っております……いえ、今のままの立場が良いです!」


 はっきりと言い切ってサラが俺の手を取る。

 そうだ、それでいい。


「当然だ! わざわざ面倒なしがらみに縛られる必要も、関係性に焦る必要もない。サラは俺のメイドだ。メイドでエバンスの令嬢だ! いざとなれば皇帝の徽章でも何でも持ち出してエバンス家を黙らせてやろう。俺のメイドなのだ。傲慢に自由に誇りを持って生きれば良い!」


「っ! はいっ!」


 サラの手を取ったまま一歩横へ進み出てテーブルを避けると、サラの手を引き、体をこちらへ引き寄せる。

 突然のことに無抵抗なサラの身体が俺の腕の中に収まる。


「俺はサラを手放すつもりはない。お前がそれを望まない限りはな」


「……はぃ」


 弱々しい返事と共に上目遣いでサラがこちらを見つめる。

 

 まるで部隊演劇のワンシーンのような一幕。

 予想以上にサラのノリが良かったので俺の口も良く回ってしまった。


 俺とサラの身長差はおよそ十五センチ前後。

 通説では確か――と、そこまで考えた所で無機質な金属音が部屋に木霊する。


「……時間か」


「……そのようですね」


 一瞬延長と言う考えも思考をよぎるが、残念ながらそこまで便利な機能はない。


「出るとしよう。身支度は……問題ないな」


「はい」


 俺が確認しようとした時には既に完璧に身支度を終えているサラ。

 こればかりは俺でも模倣できない魔法だな……。

 いったいどうすれば一瞬で完璧な化粧直しを行えるのだろうか……?


 と、そんなサラの姿を確認した後で、俺は部屋に入って来た時の鍵を入口の反対側に設置された扉に差し込む。

 すると、その鍵は溶けるように消えていき、その扉が開かれた。


 一見何の変哲もないただの扉。

 ただ、その扉をくぐった先は見慣れない物が多く立ち並ぶ、骨董品屋の少し奥まった部分につながっていた。

 ただし店内には客はおらず、いるのは連れ込み宿の入口であった不愛想な老人のみ。


「ファレス様……これは……?」


「仕組みは俺にも分からない。ただ、恐らく魔道具の類なのだろうな」


 この仕組みは本当に謎だ。

 原作でもそう言う仕様として、詳細には描かれていなかった。

 しかし、俺が模倣できない以上、これは魔法ではなく魔道具やそれに準ずる何かしらの道具によるものであろうことは推測できる。


 混乱するサラの手を引いて何事もなかったかのように外に出ると、昼食後に馬車を向かわせた場所まで歩いて行く。

 どうやらここは貴族街でも市井に近い方のようで、馬車を向かわせた場所まではひと距離ある様だった。

 

「出口が分からないというのは優れていると言うべきか、不便と言うべきか……少し歩くぞ」


「はい」


 昼食後と同様にサラを伴って道を進んでいく。

 俺たちの恰好は多少目を惹くものの目立ちすぎると言うことはなく、良い感じに街並みに溶け込んでいる。


 しかしながら、そんな穏やかな時間は長く続かないのが俺の運命という物。

 不意に見知った魔力を感知した。

 いや、正確には俺の魔力と言った方が良いのだろうか?


「……サラ、少し良いか?」


「はい。どうかなされましたか?」


「少し……いや、確実に知っている魔力だ。おそらく……」


 俺は小走りでその魔力を感じ取った方向へ向かう。

 サラには悪いがこれを放置するとかなり面倒なことになりそうだ。

 

 魔力を頼りに走っていくと、貴族街にしてはあまり品が良いとは言えない店が立ち並ぶ細い路地にその姿はあった。


「お姉ちゃんから離れて!」

 

 可愛い声からは考えられない程強大な魔力を放つサンと、いかにも悪そうな男たちに囲まれたクインの姿。


 ……。

 いったいどういう状況なんだ。


「……すみません、遅くなり――ファレス様、これは一体?」


 俺に少し遅れて追いついてきたサラもその光景を見て言葉を失ってしまったようだ。


 ……まあ、取り合えずサンを諫めるか。

 俺は手を伸ばし、『怠惰』の魔法を行使する。


「サン、落ち着け」


「あ、あれ? 魔法が……っ! えっ! ファレスお兄ちゃんっ!?」


 突然魔法が使えなくなり、焦って振り返ったサンが俺の姿を見つけて叫ぶ。

 

「ファレス様っ!?」


 そしてそれに釣られ男たちがこちらを向いたタイミングで包囲網を抜け出したクインも俺の姿を視界に収めるとそう叫んだ。


「久しいなクイン、サン。……して、これはどういう状況だ?」


 思わず俺に飛びついてきたクインを抱き留めながらそう問う。

 背後で一瞬、サン以上に強力な魔力が漏れだしたことは一旦、気にしないことにしながら……。


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