第六十七話 学園入学②
昼前にアゼクオン邸を出て、数度の休憩を挟みつつやって来た王都。
相変わらずここは深夜も深夜だというのに賑やかなものだ。
夜の帳に抗うように店々の明かりは煌々と光り、日中は聞こえないような声がそこかしこから響いている。
だが、そんな賑やかさも一度王都の中心へ寄ってくると聞こえなくなる。
変わらず明かりは見えるものの、周囲は静寂に包まれ、馬車の車輪と馬の息遣いだけが耳に届く。
王都の中心街、特にこの辺りは厳重な警備の施された貴族の別邸が立ち並んでいる。
そんな別邸の中でも、ひと際目を惹くのがアゼクオンの別邸だ。
そもそも土地の少ない王都の中心では、新しい建物程小さくなる傾向がある。
そんな中でこのアゼクオン別邸は元々皇帝の所有物だったものを父上が譲り受けたものだ。
つまりこの王都が作られた当初より残る歴史ある建物に他ならない。
つくづく貴族と言うのは凄まじいものだ。
ちなみに、父上がここを譲り受けた際にアゼクオンはここを王都での別邸とし、それまで使っていたアゼクオンの別邸は他家に売り渡されたのだそうだ。
なので恐らくここを学生時代の仮屋として扱うのはアゼクオンでは俺が初めてになる、はず。
もし父上が学生時代にここを貰っていなければの話だが。
「長旅、お疲れ様にございますファレス様。お待ちしておりました」
三年前からこの屋敷のハウスキーパー的な役割を務める侍従に出迎えられながら、俺たちはアゼクオンの別邸に到着した。
「ああ、深夜まで苦労を掛けたな」
簡単にねぎらいの言葉を掛けつつ、久しぶりの別邸に足を踏み入れる。
一年以上ぶりに訪れたと言うのに、ここは全く変わらない。
隅々までよく手入れがされており、管理は完璧だ。
「ファレス様、お夜食はいかがなさいますか?」
ススッと隣に進み出てサラが聞いてくる。
「必要ないな。皆、今日はもう休め」
「承知いたしました」
確かに空腹を感じていないかと言われれば、そうでもないのだが、もう時刻は深夜。
この時間に作ってもらうのも何かを食べるのも悪い気がする。
もうすぐ学園入学だと言うのに王都に来てまで体調を崩すわけにはいかないからな。
夜はさっさと眠るに限る。
◇◇◇
静かになった新しい自室の中で俺はバスローブのままベッドに腰かけていた。
この部屋はすごい。
風呂もトイレも設置されており、とてもじゃないが一人で使うには余りある。
なぜにこんなことが起きているのかと言えば、今日来るまでに使っていた俺の部屋はこの屋敷の中で三番目の広さの部屋だった。
無論、一、二番は両親の部屋だ。
しかし、この度俺がこの屋敷に住むこととなり、色々あって俺が父上の使っていた一番広い部屋を使わせてもらえることになったらしい。
ゲームではなかった展開だが、慣れ親しんだ部屋より気分が高揚するのは確かだった。
「この部屋が俺の拠点になるのか……」
学園入学まではまだ少し日がある。
明日以降はこの部屋をどんどんカスタマイズして、俺の楽園を創り上げるとしよう。
元の部屋の方が勝手が分かってカスタマイズはしやすかったかもしれないが、やはり新しいことと言うのはそれだけで胸が高鳴る。
となれば、今日はさっさと眠るだけだ。
明日はサラの誕生日だしな。
また、何か買ってやるのもいいだろう。
そんなことを考えながら床に就こうとした時、なんだか聞き覚えのある足音と共に部屋の扉が開かれる音がした。
……知ってる、なんかこれ知ってます俺。
デジャブってやつですよね?
一瞬で記憶が駆け巡り、三年前、初めて王都に来たあの日のことを思い出す。
……嫌な予感がして顔を上げてみれば、案の定……そこにはサラの姿があった。
奇しくも俺と同じくバスローブ姿。
ただ男の俺とは違い、出るとこはしっかりと出ている女性的な肉体に成長したサラは、とても同じバスローブ姿とは思えないほどに扇情的な魅力を醸し出している。
「……ファレス様、十六、になりました」
俺と目が合ったサラは短く、そう告げてくる。
……再び凄まじい速度で思考が回転する。
そして、曖昧ながらまた一つ、記憶が蘇る。
……確か珍しくサラが寝坊をして来た日だった。
あの日サラは少し照れたような顔で――「あと四年お待ちいただけますか?」そんなことを言っていた気がする。
今日に至るまで何のことなのか理解していなかったが、まさかこのことか!?
いや、確かに肉体的には四年前より明らかに健全な年齢にはなっているが……。
不意に理性さんがこの状況を客観視する。
バスローブ姿でベッドに腰かける男の元へ同じくバスローブ姿の女がやって来た。
女の目はとろんと蕩け、頬はいささか紅潮しているようにも見える。
そして一歩、また一歩とこちらへ近づいてきている。
うん、これはそう言う流れだ!
俺の堅牢堅固な理性さんが冷静さを放棄した。
サラが一歩、また一歩と近づいてくるにつれて俺の理性が音を立てて崩壊していくのが分かる。
サラが俺の隣に腰かける。
瞬間バスローブをずらし、中から豊満な肉体と例のランジェリーが顔をのぞかせた。
静寂の中には微かな衣擦れの音のみが響いている。
サラはここまで来てもまだ何も言わない俺を不満に思ったのか、少しだけ頬を膨らませる。
「……失礼、します」
そして、そちらが手を出さないならばこちらから、と言わんばかりの様子で俺にもたれかかり、押し倒す恰好でバスローブを剝いでいく。
その表情はまるで女豹。
触れ合う肌からお互いの体温が伝わる。
サラの身体は明らかに俺より熱くなっている。
しばらくされるがままになっていたが、上半身をあらかた脱がし終わったところでサラの手が止まった。
あれだけの覚悟を決めて臨んできたとはいえ、そう言った知識はせいぜい噂話程度にしか得ることは出来ない世界だ。
それに加えてサラは普段メイドの恰好こそしていてもれっきとした貴族令嬢。
怖気づくのは当然だろう。
ただ、ここまでされて黙って見逃せる俺でもない。
少しやり返させてもらおう。
「そこで終わりか?」
「きゃっ!」
それまで黙ってされるがままだった俺が突然口を開き、サラの背へ手を回して抱きしめたことで俺たちは完全に密着した体勢となる。
サラの長い髪が顔にかかってこそばゆい。
だが、俺の手はまだ止まらない。
俺はそのままサラの頭の後ろへ手を移動させ、髪を反対側へ逸らしてからグッとさらに傍へ引き寄せて、耳元で囁く。
「本当に覚悟が出来ているのか?」
ビクッとサラの身体が震える。
以降もサラは身体を強張らせ小刻みに震えているようだった。
……少々やりすぎただろうか?
しかし、おかげで俺の理性さんが僅かながら蘇った。
今なら止められ――
「はい」
消え入りそうなほどか細い返事。
ただ、俺たち以外静寂に包まれたこの空間ではその声を遮るものはない。
俺も確かに、サラの返事を聞いた。
震えながらも俺の身体へ手を回し、しっかりと力を込めてくる。
そんないじらしい姿を見せられたせいで僅かに蘇った理性は彼方へと吹き飛んだ。
「サラ」
「……ファレス、さま」
体勢が入れ替わり、離れた影がもう一度、ゆっくりと重なり合っていく。
静かな夜に蠱惑的な水音が奏でられる。
今日の夜は少しだけ長くなりそうだった。




