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第六十五話 【SS】ファレスの誕生日

 魔法披露宴から数日、王都から帰還して日常に戻った我が家の今日は、何時にも増して騒がしさに包まれていた。


「サラ、この騒がしさはなんだ?」


 起こされて早々に気が付くほどなのだから、やはり相当に騒がしい。

 まさか、また何か問題でも起きたのだろうか……こんな短期間に詰め込んでくれるな、とも思うが、ファレスの不遇さを考えればあり得そうなので困る。


 だが、珍しく歯切れの悪い様子のサラは誤魔化すようにして言った。


「いえ、何でもありません。それよりも本日のご予定はいかがなさいますか? 今日は一日天気が良いようですが」


 ……? こんなサラは見たことがない。

 サラは非常に俺に従順だ、多分俺がやれと言えばやらないことなど一つもないだろう。

 だが、今日は少し様子が違う。


「……そうだな。ここ数日出来ていなかった剣の訓練でもするか。今日はレドも来る日だったよな?」


「はい。レド様がお越しになられる前に始めますか?」


「ああ、そうだな。久しぶりにサラと打ち合うか」


「……! 承知しました!」


 まあ、なんでもいいか。

 今になってサラが俺をどうこうするとは思えないし、もしかしたら俺離れの兆候なのかもしれない。

 もしそうなったら……若干寂しい気もするが、恐らく俺が生きている限りサラが俺のメイドでなくなることはないはずだ。

 成長として、真摯に受け止めよう。


 いつも通り、有無を言わさぬサラに着替えを手伝われながら、俺はそんなことを考えていた。


 ◇◇◇


「こうしてここで、サラと向き合うのも懐かしい気がしてくるな」


 訓練場の中心で木刀を構えるサラと向かい合いながら意識がハッキリとしたばかりのあの日を思い出す。


「そうですね。確かあの日は私の誕じ――んんっ! あの日も今日と同じような晴れの日でしたよね!」


「……? そうだったな?」


 俺と同じように昔を懐かしむような顔をして、発しようとした言葉を無理やり飲み込んだような様相を見せるサラ。

 なんだ?

 何でもいいと思いはしたものの、ここまであからさまだと気にならない方が難しいのだが?


「は、はい! そうでした! では、ファレス様! 今日は胸を借りるつもりで行かせていただきます!」


 だが、サラは俺に問い詰める隙を与えまいと鋭く一歩踏み込んだかと思えば、下段から振り上げた剣で俺の剣を打ち払おうとしてくる。

 俺は咄嗟に飛び上がり、落下軌道による重力と体重を剣に乗せて、サラの斬り上げを迎え撃った。


 お互いに整っているとは言い難い姿勢状況。

 さらに詰めるか、一度体勢を立て直すか……俺たちはほぼ同時に立て直しを図った。


「中々良い一撃だったぞ」


「……ファレス様こそ、さすがのご対応です」


 サラは忠実で従順だが、こういう所ではしっかりと使い分けができるところも非常に好ましい。


「さぁ、第二ラウンドだ!」


 こうして俺とサラは幾度も斬り結び、久しぶりに激しめの剣の訓練を行った。


 ◇◇◇


「……はぁはぁ、参りました」


 息を切らしながら降参のポーズをとるサラ。


「ふぅ……サラもさすがの腕だったぞ。レドとは違う小回りと素早さが良い刺激になった」


 数度にわたる剣戟を繰り返し、勝利したのは俺だった。

 レドに鍛えられた成果はそこそこ出てきているようだ。

 初めて剣を握った日はサラに負けていたのだからやはり大きな成長と言って差し支えないだろう。


「……ありがとうございます! そろそろレド様がお越しになる時間ですね」


 すぐに息を整えたサラはいつも通りどこからともなく懐中時計を取り出し、時間を確認しながらそう言う。


「ああ、そうだな。だが、思いのほか熱が入ってしまったな……一度着替えに戻るか」


 これから訓練をすると言うのに、ウォームアップのつもりで始めたサラとの手合わせでかなり汗をかいてしまった。

 どうせこの後も汗まみれになることは確かなのだが、一応レドも客人だ。

 最低限身だしなみは整えておいた方がいいだろうと思い、俺が部屋に戻ろうとすると、何だか焦った様子のサラが引き留めて来た。


「ファレス様! この後もすぐに訓練をなさるのですからお着換えの必要はありません!」


「だがな……」


「大丈夫です!」


「あ、ああ。そうか?」


 サラの鬼気迫るほどの気迫に押され、俺はそのままレドとも訓練を行うことになった。


 ◇◇◇


「また少し腕を上げられましたな」


 表情一つ崩さないレドが落ち着いた声でそう言ってくる。

 

「だが、まだまだお前の壁は高いようだな……」


「これでも元剣聖ですので。魔法を含まない純粋な剣での戦闘となれば、まだまだ負けるわけにはいきませんよ」


 訓練を終えてレドとそんな話をしていると、ふとサラの姿が見えないことに気が付いた。

 ……おかしい。サラは滅多なことがない限り俺の傍を離れようとしない。

 訓練の時は自分の訓練の手を止めて、俺とレドの打ち合いを見学しているほどだ。

 加えて、いつもは端の方に日よけを立ててこちらを見学しているクインの姿もない。

 

 さすがに何かあるよな?

 珍しく一日を全て剣の訓練にあててしまったが、そう言えばこれも、サラに一日天気が良いと言われたから思いついたものだ。

 つまり、俺を家の中に入れたくない何かがあると言うこと、だよな?


「さて、そろそろ良さそうですね。行きましょうファレス様」


 そんな風に俺が訝しんでいると、レドが蝶ネクタイを締めなおし、執事然とした動きで俺を部屋の方へ誘う。


「あ、ああ?」


 俺はよくわからないままにレドの後を追って屋敷の中へ戻った。


 屋敷の中は今朝とは打って変わって、静寂そのものだった。

 灯りやら装飾やらに変わりがあるわけではないのだが、雰囲気が静かと言うか、とにかく音がない。

 レドと俺の足音のみが広い廊下に響く。


「まずは汗を流されるとよろしいかと」


 そうこうしているうちになぜか俺は他家の者に家の中を案内され、風呂に通される。

 シャワーは浴びたいと思っていたので、それはまあ良いのだが……一体我が家で何が起きているんだ?


「それでは、ごゆっくり」


 そう言いながら脱衣所の扉を閉めるレド。

 さて、いったい何が行われているのやら。


 まあ、とりあえずは汗を流してしまおう。


 俺は自分の中に生じた違和感には蓋をして、普段より熱めのお湯を浴びながら一日の疲れを洗い流していった。



 ゆっくりとシャワーを浴び、脱衣所に出ると見覚えのない着替えが用意されていた。


「なんだこの派手な服……」


 その服は先日の魔法披露宴で身に着けた物とはまた違う、カジュアル目な服のようだ。

 しかしながらアゼクオンを象徴する赤を基調としたそれは、どうやっても余所行き用にしか見えない。

 確かにこの世界では貴族男性は常に礼服のようなものを着ているし、女性もドレス姿でいることが多い。


 だが、内と外の区別くらいはする。

 これはどう見ても外行き、それもカジュアルなパーティーなどで着るような衣装だ。


 ……だからと言って裸で飛び出すわけにはいかないし、準備された服がこれしかないならばこれを着るほかない。


 俺は渋々派手な服に身を包み、いったい何がどうなっているんだと脱衣所を出る。


「あ、お兄ちゃん出て来た!」


 すると、脱衣所を出た先でこれまた余所行き用におめかしをしたサンが一人で待っていた。


「サン? クインやレドはどうした?」


 水色の髪に良く映える紫陽花のような花の意匠の髪飾りを付け、髪色より少し深い色の青いワンピースに身を包んだサンはなんだか少し大人びた印象を受ける。


「こっちだよ!」


 だが、やはり大人びたのは印象のみで、中身はいつもの天真爛漫なサンだった。

 未だに状況のつかめない俺だが、サンのように庇護欲を掻き立てられる少女に手を引かれてはいくらなんでも振り払う訳にはいかず、サンに引かれるがままについていく。


「なぁサン。今日は一体何なんだ? 屋敷は妙に静かで、クインどころかサラの姿さえ見えないんだが」


「もうすぐわかるよ!」


 楽しそうにころころと表情を変えながら、サンは広すぎてあまり使われていないダイニングルームの方へずんずん進んでいく。

 そして扉の前で立ち止まると俺の方を振り返った。


「じゃあお兄ちゃん! ここ開けて!」


 ぐいぐいと腕を引き俺を扉の前に立たせるとサンは任務完了と言わんばかりに満足そうな表情でそう言った。


「ああ……本当になんなんだ?」


 扉を開いた瞬間、まばゆい光と甘い香りが一気に押し寄せた。

 壁という壁が赤や金色の布で飾られ、天井から吊り下げられた無数の花が、燭台の火を受けてゆらめいている。


 そして——。


「「「ファレス様、お誕生日おめでとうございます!!!」」」


 爆発のような歓声が、部屋の空気を震わせた。

 目の前には、見慣れた騎士や侍従、厨房で働く料理人までもが勢ぞろいしている。

 料理長の白い帽子の先が震え、若い侍女の頬には興奮の赤みが差していた。


 俺は一瞬、何が起こったのか理解できず、ただその場で立ち尽くした。

 胸の奥で心臓が跳ね、遅れて熱が込み上げる。

 祝福の言葉が波のように押し寄せてくる中、気づけば——笑っていた。


 そして足が止まったままの俺の元へ、母さんと巨大なカートのようなものを押すサラとクインがやってくる。

 カートの上には、ウェディングケーキかと言うくらいに大きなバースデーケーキが乗っていた。

 

「おめでとうございますファレス様」

「おめでとうございます!」


「ファレスちゃん誕生日おめでとう! ほんと……大きくなったわね」

 

 母さんは震える指で俺の頬を撫でた。

 笑っているのに、その瞳の奥には涙の光が輝いている。


 十二本の蠟燭が揺らめくケーキを俺の前まで運んでくると、サラとクインも俺のことを祝ってくれた。


「ありがとう母さん、サラ、クイン。それにこんなに集まってくれるとは……」


 三人にしっかりと顔を見ながらお礼を言った後、改めて周りを見渡す。

 原作のファレスでは考えられなかったであろう光景。

 まさかこんなに多くの人に慕ってもらえるようになるとはな……。


 そう思うとかなり感慨深いものがある。

 胸の奥がじんわりと熱くなった。

 かつて孤独に沈んでいた《《であろう》》自分の心が、今この温かい声に満たされていく。

 まさか、俺が――祝われる側になる日が来るなんて。


「さぁ、ファレスちゃん。蝋燭の火を消してちょうだい! そしたら今日は誕生日パーティーよ!」


「はい」


 俺は短くそう返事をすると、手元に魔法を準備する。

 このサイズのケーキに立てられた蝋燭を息で吹き消すというのは現実的ではない。

 それこそ十二回に分けなければならないほどの大きさだ。


 ならば、ここは一つ親孝行をするとしよう。

 

 俺が準備した魔法はもちろん風の魔法。

 だが、ただの風魔法ではない。


 線のように細く、針のように鋭い、レイピアの如き風の魔法。

 そう。

 この魔法は母さんの魔法だ。


「ファレスちゃん! その魔法は!」


 母さんが驚いて口元を手で隠す。


「ええ、お借りします母さん」


 俺は限界まで威力を絞り、十二本の蝋燭の火の部分に向かって十二本の風の線を飛ばした。

 すると、ボッという子気味いい音と共にすべての蝋燭が同時に消える。


 再び屋敷内に静寂が戻る。

 かと思えば、絶叫の如き歓声が響き渡った。


「……さすがね! すごいわ!」


 いつもより強く、つよく母さんに抱きしめられる。

 大きくて温かい母の愛を全身に感じた。


 なぁ、ファレス……俺は俺だと認めた今でも、いや、だからこそなお、これだけは言わせてほしい。


 別に派手な魔法も凄い何かを見せつける必要はない。

 状況とタイミングさえあれば誰でもヒーローになれるんだ。

 ……俺は悪役も嫌いじゃないけどな。


 俺の脳内で未だ微かにちらついていた最後の残影が砂のように崩れていくのを感じる。


 こうして俺は俺として初めて年齢を重ねた。


 ◇◇◇


 母さんの「今日は無礼講よ!」という鶴の一声で、先ほどまでの静寂が嘘のように熱狂に包まれた俺の誕生日パーティーも気が付けば終わりが近い。


 あれだけあった料理やケーキの皿も空になり、皆、文字通り身も心も満たされたとでも言うかのような状況だ。

 もちろん俺も同感で、これ以上に満たされる日々というのを探すのは難しいだろうとまで思えてしまう。


 だが、そんな雰囲気もダイニングのドアの開くガチャリという無機質な音で一瞬で沈黙に包まれる。


 今度はなんだ? と、そちらを振り返れば、こんな日でも端でこちらを眺めているだけだった父上が何かを持って戻ってきたようだ。


 父上はまっすぐ俺の元へ歩いてくる。

 俺もそんな父上を迎えるように立ち上がった。


「ファレス……今日も熱心に剣の訓練をしていたようだな」


「はい」


 突然何を言い出すかと思えば、剣の話か。

 ん?  そう言えば父上が持ってるそれ……布が掛かってるけどもしかして……?

 

 俺がそう思うとほぼ時を同じくして父上が掛かっていた布を退かし、中からは鞘付きの一振りの剣が出て来た。


「……お前が欲しいものは自らで手に入れろ。これの使い道はお前に任せる」


 そう言うと父上は少し顔を歪めながらその剣を手に取り俺に渡して来た。


 ……つまり、誕生日プレゼントってことだよな?

 でも、欲しいものが分からないから、本当に欲しいものがあるならこれを質に入れるなりなんなりして手に入れろと?

 なんて面倒な人なんだ、我が父は。


 俺は父上からその剣を受け取る。

 すると剣は父上から逃げるように自分から俺の手に収まった。

 どうしてかこの剣はまるで元々俺の物だったかのように手に良く馴染む。


「……ありがとうございます父上」


「ああ。だが、感謝ならばレドにするが良い。その剣を見繕ったのはレドだ」


 父上に名前を呼ばれてレドが一歩前に出る。


「ファレス様、剣身を見せてはいただけませんか?」


「……ああ、分かった」


 なぜ選定をしてくれたレドに剣身を見せる必要があるのか分からないが、言われた通りに俺は鞘から剣を抜き、良く見えるように頭上に剣を掲げる。


「おぉ……やはり、私の目に狂いはありませんでした。侯爵閣下」


「ふん、そのようだな」


 レドと父上がなにやら意味深なやり取りをする。

 いったい何だというのか。


 と、そんな俺の疑問に答えるようにレドが語りだす。


「その剣はとある悪竜を討ち滅ぼしたと言われる一振りです。ですが……」


 まるで吟遊詩人かのように、ノリノリな口調で話に引き込んでくるレド。


「その悪竜を討った際に悪竜の血を浴び、二度と抜刀できなくなったと言われておりました」


「……なんだと?」


 いやいや、別に普通に抜けましたけど?

 だが、レドは俺のツッコミも気にせずに話を続ける。


「なんでもその剣は持ち主を選ぶそうで、とある元剣聖にも抜けなかったのだとか。ですので、ファレス様。あなたはやはり凄まじい才能をお持ちです!」


 普段より興奮した様子のレドがそう捲し立てた。

 ……聞きながら思ったが、これいわくつきの魔剣ってやつじゃないのか?

 なんてものを誕生日にプレゼントしてくれているんだ。

 レドの瞳が、薄い狂気を宿している。……この師匠、やっぱりどこかおかしい。


 ふと、父上の方を見てみるとこっちはこっちで満足そうな表情をしていた。

 ……はぁ、まあ何でもいいか。

 どうやら俺には関係ない呪いとかの類っぽいし。


「そうか……感謝するぞレド」


「感謝など……私こそ、長年見ることのできなかった剣を目にすることが出来て感激の極みでございます」


 そう言いながらわざとらしくハンカチで目元を拭う。

 ……相当にハイテンションになっているらしい。


「……そうだ。レド、そんなに名のある剣ならば銘もあるのではないか?」


 様子のおかしなレドをこれ以上見ていられないと思い、俺は剣のことに話を戻した。


「……! さすがはファレス様。その通りにございます。そちらの剣の銘は『リジル』間違いなく帝国でも二振りと存在しない名剣の一つです!」


 すると再び捲し立てるようにレドが口を開いた。


「『リジル』か……」


 俺は今一度その剣を眺める。

 血を浴びたと言われる剣身には一切の錆びも欠けも見られず、どころか薄っすらと赤に染まっているようにも見える。

 重さも今の俺には少し重く感じる程度。

 もう少し成長すれば、丁度よくなるだろう。


 うん、気に入った。


 俺は剣を腰に付け、母さんたちの方を振り返る。


「良く似合っているわ! ファレスちゃん!」


 母さんの声に両サイドのサラとクインも激しくかぶりを振って肯定してくれる。


 ああ……本当に――


「今日は良き日だ」


 俺の内心からその言葉が溢れ出た。


 兼ねてからファレスたちの日常の一幕としてこんな話を書きたいと思っていたのですが、本編、魔法披露宴の幕引きが個人的には非常に気に入っているので、この話はSSという位置づけになっています。

 投稿しなくてもいいか、とも思っていたのですが、内容は今後に関わることもあるので、投稿しないわけにはいかず……。


 次話からは学園編に入ります!

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