第六十二話 魔法披露宴⑫
あぁ……男爵家の当主たちに群がれるよりよっぽどめんどくさいことになった。
そしてセレスティア、おめでとう。今君はサラに会わせたくない人ランキング堂々の一位にランクアップだよ。
会っちゃってるけどね………………。
「……セレスティア、これは一体?」
努めて冷静に、動揺を悟られぬように父上を宿した気分で聞いた。
「まぁ……先程はあんなに情熱的でしたのに、随分と冷めていらっしゃるご様子ですわね」
……?
本当に何のつもり何なんだ?
そしてサラさん? 予想通りではあったけど、腕、ちぎれそうです。
「話を逸らすな。これは一体どういうつもりだ?」
「女が殿方の手を取っている。それだけですわ」
指先から徐々に視線を上げて上目遣いでこちらを見てくるセレスティア。
それだけ、ではないですわ……。
まぁ、察するに先ほどの意趣返しと言ったところだろうか?
実力差は認めて諦めたとは思っていたのだが……。
「ファレス様……無礼者を排除してもよろしいでしょうか?」
と、そんなことを考えている場合ではなかった。
もはや恒例になりつつあるが、サラの『嫉妬』が漏れ出ている。
俺を挟んで火花を散らさないでもらえると嬉しい。
はぁ……いや、落ち着こう。
「あら? もしかしてそれは私のことかしら? そう言うあなたは何者でして? ファレス様とは一体どのようなご関係ですの?」
「私とファレス様の関係ですか? いいでしょう。格の違いという物を教えて差し上げます」
「あらあら、凄い自信。では、聞かせていただけるかしら?」
「ええ、もちろん。私はファレス様の物です。この世界にたった一人、私にしかなれない唯一の存在。それが私です」
堂々と胸を張って宣言するサラ。
ざわ……と小さな笑いが混じる。数人の貴族子女や夫人が扇子の影で口元を隠した。
集まる視線。
飛び交う憶測。
そして聞こえはじめる俺への侮蔑。
……サラさんや、……いや、もう何も言うまい。
この子はこれがデフォルトなのだから。
でもちゃんと有能だから、差し引きちょいマイナスくらい。
それよりこれを聞かされたセレスティアは何て反応するんだ?
さすがに引き下がるか?
と言う俺の考えは甘かった。
「……おかしいですわね。その言葉を正面から捉えるならば妻と言うことになるのでしょう。しかし、グラーツィア帝国では内縁も含み、学園入学前の貴族家同士の婚姻や婚約関係は認められていませんわ。と言うことはつまり、その優位性もこの状況では何の意味も持たないと言うことではなくて?」
一歩も引かずに反論する。
セレスティアの言っていることは正論だ。
実際には権力関係のしがらみやらなにやらによって暗黙の関係という物は往々にして存在するし、俺たち侯爵家の子息子女レベルになると、生まれた瞬間から相手の選定は始まっている。
だが、この場、公共と言うこの空間において、セレスティアのこの正論はサラの弁を真っ向から否定する最も強いカードであることもまた事実だった。
じりじりと詰め寄り合い、俺の前で互いの顔がぶつかりそうになるまで睨み合うサラとセレスティア。
……はぁ、流石に仲裁するか。
だが、如何せん距離が近すぎる。
侯爵家長男の俺の方が立場が上とは言え、サラは伯爵家の直系だし、セレスティアも侯爵家の次女だ。
二人の首根っこを掴んで物理的な距離を引き離すなどの下手なことは出来ない。
「セレスティア、その辺りにしておきなさい」
「サラも少しは落ち着きなさい」
なんて考え込んでいると、背後から大人びた声が掛けられた。
「お母様……」
「奥様……申し訳ありません」
二人に釣られて振り返ってみればそこにはこれまたタイプの違う美人が並び立っていた。
無論、一人は母上なのだが、もう一人は原作でも見たことがない。
ただ、状況的にこの女性がセレスティアの、西の侯爵家カーヴァリアの夫人コルネリア・カーヴァリアだろうと言うことは容易に想像できた。
「こちらから挨拶に出向く前に大変失礼いたしましたカーヴァリア夫人。ファレス・アゼクオンです」
「あら、ご丁寧にありがとう。でも気にしなくて良いのよ。大人気だったものね。私の娘が失礼したわ」
「いいえ、失礼など滅相もありません。賑やかな時間を過ごさせていただきました」
助かった。
先ほどまでの俺へ向けられていた鋭い視線も今では二人の美女によって完全に移動している。
「本当? だったら良かったわ。セレスティアも良かったわね。あなた、自分より優れた人でないと気にしない性格ですものね」
「お母様……っ!」
セレスティアが小さくなったように感じる。
少し視線を向けてみれば、耳まで微かに赤くなっている。
……なるほど、それで度々突っかかって来たという訳か。
ふむ、この子も年相応な面があるじゃないか。
でも、それはきっと言わないで挙げた方がいいと思いますコルネリアさん。
「ふふっ、流石は私の息子だわ。モテモテね!」
なんて、俺の考えは届くはずもなく、おそらく相当に気分がいい様子の母上によってとどめの矢が放たれた。
……完全に紅潮しきったセレスティアが俺の腕を掴んだままピクリとも動かない。
ここまでになっても腕を離さないのは執念かはたまたそんな余裕もないのか。
俺は原作で圧倒的人気を誇った『マーチス・クロニクル』屈指のヒロインの予想外な姿をしっかりと記憶に留めつつも、この機を逃すまいと一歩前へ出る。
「サラ、もういいだろう」
セレスティアほどのダメージは負っていないサラに手をほどくよう小声で告げると、ハッとした様子で離してくれた。
そうして解放された手で、もう片方に掴まったままのセレスティアの手もほどき、その手を引いてコルネリアの正面まで連れて行く。
「どうやらセレスティアさんは少しお疲れのご様子。初対面の私よりご家族といる方が気も休まるでしょう」
「ふふっ、このまま連れて行ってくれてもいいのですよ?」
「コルネリア様、ご冗談を」
「うふふ、紳士なのね。そうね、少し休ませていただくわ」
……ふぅ、セレスティアには若干の恥をかかせる結果となってしまって申し訳ないが、この場でサラを置いて俺が連れ出す方が後々大変なことになりそうだ。
このくらいは許してほしい。
そうして用意された控室の方へ下がっていく二人を見送った後で、俺は母上の方を向き直った。
あとは俺とサラの間に流れたとんでもない勘違い(正確には勘違いではないのだが)を解いて回らねば。
「母上、俺はサラを連れて他の貴族の皆様へ挨拶回りに行ってこようかと」
「ふふ、そうね。行ってらっしゃい。あと、お父様が少し話がしたいと言っていたから、最後にでも行ってあげてくれるかしら」
「分かりました。では」
母さんとは早々に分かれて挨拶回りを始める。
これ以上会場の中心で視線を集めるのはごめんだからな。
サラを連れてまず初めに向かうのはカーヴァリア侯爵の元。
セレスティアについてコルネリアさんと話した後すぐと言うのは、なんとなく気まずいが、それが貴族社会のルールなので仕方がない。
近づくとありがたいことにちょうど会話が終わり、カーヴァリア侯爵も一人になるタイミングだった。
「カーヴァリア侯爵、少々お時間をよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
俺が声を掛けると、カーヴァリア侯爵家当主ブルーノ・カーヴァリアはこちらを一瞥したあとで、グラスを傾けてから軽く言った。
「改めまして、アゼクオン侯爵家のファレス・アゼクオンと申します。そしてこちらはサラ・エバンスです」
「エバンス伯爵家のサラ・エバンスと申します」
二人そろって軽く頭を下げる。
「ああ、君の話は聞いているよ。何でも旧ノウ領の復興を成し遂げたんだって?」
「ええ、陛下に賜りました任務でしたので。全力を尽くしました」
「ああ、そうだったようだね。それで、船も造船したんだったよね」
「はい。旧ノウ領の復興には主要事業である、漁業の要である漁船が必須だと考えましたので」
「素晴らしい着眼点だったと思うよ。それに加えて、実際に一月で実践してみせたという点も相まって今のキミへの評価には誰もが納得せざるを得ないね」
「ありがとうございます」
なんだか、言葉の節々に棘を感じる気がする。
まあ、セレスティアのあの態度を見せられて気分のいい男親と言うのは少ないか。
実際にエドワード伯爵なんて攻撃して来ようとしてたし。
「でも、一つ気になることがあってね?」
俺がまた男親の嫉妬か、と高をくくっていた所、ブルーノ侯爵の纏う雰囲気が一変した。
……なんだ?
何か至らない点があっただろうか?
旧ノウ領については、あれから実際に足を運んではいないものの、スペーディア商会を通じて綿密に連携を取り、支援も欠かしていない。
実際に今夏の漁獲量は昨年の半分に抑えながらも、収入面がガタつかないように、漁師たちの希望者には魔法による建築技術を教え、津波で壊れた街の復興と経済活動の両面を担えるようにしている。
俺の計画に抜かりはないはずだが……?
「船の名前、確か『クインファレス』だったかな? 多分ファレスくんと誰かの名前を取っているようだけど、エバンスのサラさんでもないようだし、……一体誰なんだい? いや、この聞き方は悪かったね。一体、どれだけの貴族子女を誑し込めば気が済むんだい?」
………………。
おいこらナバラァァァッ!
お前らが安直かつ適当に名前を付けたせいで、とんでもないところに飛び火してんじゃねぇかっ!!
なんて内心で突っ込んでみるも、脳内ではナバラをはじめとした漁師たちがサムズアップしている様子しか浮かんでこない。
この後、ブルーノの誤解? を解くのにかなりの時間を要した。




