第六十話 魔法披露宴⑩
俺の魔法の響かせていた音がすべて止んでなお、会場は静寂に包まれていた。
おそらく俺の噂を聞いている人たちは、ある程度は予想だにしないことが起こることは予見されていたはずだ。
しかし、俺のそれはまさに青天の霹靂とも呼べる事象だったのだろう。
満足げな皇帝以外、呼吸さえ忘れてしまったかのような静寂だった。
そんな凍り付いてしまった会場を溶かしたのは、我が帝国が太陽、皇帝その人だった。
国宝である錫杖を投げ捨て、俺に向けて拍手をする。
錫杖が地面とぶつかる音かそれとも拍手か、どちらにせよ皇帝を端に発せられたその音で会場は再び熱気を取り戻し、衝撃が遅れてやって来たかのような大歓声、大喝采が起こった。
遠目に見える母さんが感動の涙を流している。
サラに至ってはメイドと言う立場を忘れ、身を乗り出すようにこちらを見ていた。
そして、なぜか母さん同様サラも泣いている。
……いや、サラが泣くのは本当に謎だよ。
父上は原作で見覚えのある大男に肩を組まれ、居心地悪そうにしながらも満足げにこちらを見つめていた。
「はっはっはっはっ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! さすがは余の名代を務めた男なだけはある! 良いものを見せてもらった!」
その言葉にもう一度頭を下げながら、未だに驚愕の表情から戻れていない七人の方を向いて歩き出す。
……悪いね、俺は『傲慢』なんだ。
目で見てわかるほどに自信を叩き潰されているようだが、こればかりは俺と同じ月に生まれた自分を恨んでもらうしかない。
会場の熱狂的な声を背に受けながら、七人の顔を順番に見て行く。
一番端に座るリューナスは燦燦と目を輝かせて、もはや尊敬ともとれるほど熱いまなざしを俺に向けていた。
なるほど、ここは原作再現なのかな?
いや、少し違うか。
あの目に含まれるはただの尊敬だけではない、完全な上位存在を見る畏敬のようなものまでが含まれている。
あれに重めの感情と奉仕精神を加えれば、おそらくサラ(弱)が完成する。
まあ、性格が違いすぎるため、そんなことにはならないだろうが。
続けて左側へ視線をスライドしていく。
一人、二人、三人、四人とみんな揃って地獄でも見てしまったかのような顔をしている。
でも、君たちの魔法も悪くなかったよ。
ちゃんと訓練すればアゼクオンの騎士長クラスにはなれるさ。
そして次はルーカスだ。
ルーカスは必死に顔に笑みを張り付けている様だった。
内心は横に座る雛鳥連合と同じ気持ちなのだろう。
だが、最低限子爵家としてのプライドがそれを表に出させない。
ルーカスの魔法にはかなり役に立ってもらったから感謝しないとだな。
文字通り足場として、だが。
そして最後、呆然として空虚な目でこちらを見つめるセレスティア。
色のない瞳でも、彼女の美しさは損なわれないのだからさすがの美貌だ。
と言う話は置いておいて、まあ、セレスティアがそんな顔になってしまうことも理解できる。
雷属性なんて、複合属性の中でもさらに希少で力の強い魔法だ。
制御力が伴わずとも、誰かに魔法的な面で見下されるなんてことはなかっただろう。
だが、そんな自尊心を目の前で破壊されたのだ。
まあ、原作ファレスはそれ以上の恥辱を味わったんだけどね……。
ゆっくりと時間をかけて席へ戻り、セレスティアの隣へ腰を下ろす。
ああ、満足だ。
これで確実に俺の存在は帝国中に限りなく知れ渡ることになるだろう。
皇帝に『傲慢』の本質を晒す結果となったが、先日の言が事実なら既にバレていたこと。
気にする必要はない。
ただ、今は――
と、俺が余韻に浸っていると、顔は正面に向けたままセレスティアが声をかけて来た。
「……あなたは、何者なの?」
期せずして、昨晩の父と同じ問いだ。
だが、俺はその問いにはもう、迷わない。
「お前も知っているだろう? 俺はファレス・アゼクオンだ」
席に並ぶ他の七人にも聞こえるように宣言する。
「……あなたの魔法はまるで煉獄のようだったわ。凄まじいの一言に尽きる。完敗よ」
何だか諦めたような顔をして、セレスティアが言った。
煉獄……か。
なんだか大罪魔法に縁のありそうな表現だな。
……若干の厨二臭さを感じるが、気に入ったぞ。
「ふっ、まあ、貴様らの魔法も悪くなかったぞ。精々励むことだな」
セレスティアの賞賛に気をよくした俺が言い切ると、それを待っていたかのようにグレイグが披露宴の終了を告げる。
この後は休憩を挟んだ後で会場を移し、ここに揃っている全家参加の立食パーティーだ。
と、言っても挨拶で終わってしまうだろうが。
チラリと皇帝の玉座の方へ目をやると既に皇帝はいなくなっていた。
これは俺を立ててくれたと取っていいのだろうか?
いや、流石に過信が過ぎるか。
圧倒的な力を見せつけ、俺が皇帝の名代を許されているとしてもこの国は皇帝の国。
あまり都合の良い解釈のし過ぎは危険だ。
『傲慢』を制御しきってこそ、真の『傲慢』だろう。
退場を始めたリューナスたちに続いて俺も立ち上がる。
さて、これである程度のバッドエンドを回避することができるだろう。
俺が歪んでしまった大半の原因を解消できたのだからな。
とは言え、まだまだ俺にはバッドエンドへの岐路が少なからず残されている。
ここからも油断せず、『傲慢』に生きていこう。
出入口の横で控えていた騎士によって扉が閉じられ、背後で重々しい音が響いた。
◇◇◇
「父上、あれは……いったい?」
観客席、ギャラリーでアゼクオン家の隣に座っていた一人の男、リカルド・ファルシアンは退場が終わって尚も先ほどの光景が信じられなかった。
「……スジェンナめ、化け物を育てやがった」
「ちょっとグスタフお兄様? 聞き捨てならないわね!」
そんな親子の会話に割り込んだのは、ファレスの母、スジェンナ。
「だがよぉ……何なんだ? あいつはよ……。下手したら、お前より強いんじゃないか? なぁ義弟?」
そして、そんなグスタフからようやく解放され一息つこうとしていたクロフォードが再び絡まれる。
「……まだ、負けるつもりはない。が、いずれは俺など優に超えていくだろう」
「ダハハッ! まあ、そうだろうな! おい、リカルド聞いてたか……って、なんだよ先代の方に行ったのか」
三人が視線を向けるその先。
そこには明らかに一人、纏う雰囲気の違う大男とそれに話しかける青年の姿があった。
「お祖父様、先ほどのファレス・アゼクオンをどう見ますか?」
「気になるか?」
リカルドは祖父を尊敬していた。
早々に辺境伯という地位を父に譲り、自身は単身で北の魔獣どもを薙ぎ払い続ける後ろ姿に敬服の念を抱いていた。
特に、父がまさにスジェンナの兄であるという性格のため、リカルドにとっての理想の大人はこの祖父スレイドだった。
「はい……」
そんな祖父に、今まで見たことがないほど真剣な表情で問い返され、若干気圧されながらも、まっすぐに返事をする。
「……あれは王の器だ」
「王……ですか?」
予想外の評価に思わず聞き返してしまう。
「ああ、まさかまだ儂の生きているうちに歴史が動くさまを見れようとは……。リカルドよ、鍛錬を怠るなよ。あやつ、ファレスは怪物だ。儂の孫にしてアゼクオンの直系なのだから、当然と言えば当然なのかもしれんが、やつは全てを飲み込む大波そのもの。若かりし頃の陛下にそっくりだ」
しかし、そう語る祖父の目はこれまでになくギラギラと燃えており、今が全盛期なのではないかと思わせる力があった。
「お父様! リカルド! 移動しましょう? はやくファレスちゃんに会いたいわ!」
「おっと、スジェンナを怒らせると後が怖いんだ。さて、行くぞリカルドよ」
どうやら戦場を駆ける戦士も娘には敵わないらしい。
リカルドはスジェンナを追っていくスレイドを見送りながら、短く返事をした。
「……はい」
ファレスの才に打ちのめされたのは、何も今日、あの場で魔法を披露した者だけではない。
そして強大な才ほど、打ちのめされたときの衝撃は大きなものである。
リカルドはファレスの退場していった階下の出入り口を見つめる。
果たして、その目には何が映っているのだろうか?
ラストシーンで怒涛の新キャララッシュをしてしまったので念のため補足です。
ファルシアン家:北の辺境伯でファレスの母スジェンナの実家
グスタフ・ファルシアン:スジェンナの兄。ファルシアン家現当主
リカルド・ファルシアン:グスタフの息子。次期ファルシアン家当主
スレイド・ファルシアン:スジェンナの父。ファルシアン家先代当主
です!




