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第六話 罪と罰

 剣聖の放つ殺気は吸魔の指輪を初めて付けた時以上の凄まじい力だった。

 

「ほう、この私の殺気に充てられても、しっかりと意識を保たれるとは」


「剣聖……貴様、何のつもりだ!」


 つかされた片膝をなんとか立ち上げながら、この圧倒的な殺気に立ち向かう。


「レドさん! これは一体!? 何をしているんですかっ!?」


 俺たちのすぐ後ろでクインが悲鳴のような声で叫ぶ。

 

 二世代前の剣聖レド。

 紛れもない、『マーチス・クロニクル』の大物の一人。

 だが、作中でその姿を見ることはなかった人物でもある。

 

「……ふむ、気概も中々」


 だが、俺の言葉にもクインの言葉にも全く気にする素振りすら見せず、こちらを品定めするような目で眺めている。


 本当に何のつもりなんだ?

 さすがにそろそろきついんだが……。

 

 そう思いながらふと、言葉を発しなくなったサラの方へ目をやる。

 するとサラは俺と同じように何とか剣聖の殺気に耐えながらも、それと同等の怒気を放っていた。


「ファレス様に……何たる無礼を……!」


 ……ぶち切れだ。

 こんな忠臣タイプではなかったと思うんだが?


「ハッハッハ! メイドのお嬢さんも中々いいものを持っている」


 そして剣聖はそんなサラを見てさらに楽し気に笑った。

 ……老紳士という評価は撤回すべきかもしれない。

 現状では明らかに狂人のそれだ。

 

「レドさん!!」


「……ふむ、主人をこれ以上怒らせるべきではなさそうですね」


 クインの必死の叫びをようやく聞き入れたレドは少し残念そうな顔をしてスっと殺気を収めた。


「……っふぅ。おい貴様、誰に対して何をしたのか理解しているのだろうな!?」


 圧倒的な重圧を放っていた殺気から開放された俺は屈辱的な状況に何故か耐えられないほどの怒りを感じていた。

 それこそ、原作のファレスのような激情だ。


「ええ、無論です。この処罰は如何様にも」


 だが、そんな俺の激情を受けてなお、剣聖レドは涼しい顔をしている。


「ファレス様、当家の用心棒が大変申し訳ありません。ですがどうかご寛大なお慈悲を……」


 レドとは打って変わって、クインはそれはもう必死な様相で勢いよく頭を下げている。

 俺の様子を見て、原作ファレスの横暴さを思い出したのだろうか?


 ……さて、この状況どうやってカタをつけようか。

 現状、俺の精神状態はあまりよろしい状態では無い。

 というか冷静に思考できている現状に驚いているほどだ。


 状況的には、領主家の俺に対して領民である元剣聖レドが無礼を働いたという状況。

 しかしここは国内でもトップの規模を誇るスペーディア商会の店舗、さらに次期当主のクインがいる店の用心棒と来た。


 原作ファレスなら処刑すると言って聞かなそうだが、それでは横で必死に頭を下げているクインの面目が丸潰れであり、そもそもせっかく得た元剣聖との伝手からも何も得ずに終わることになってしまう。


 せっかくの機会なのだから処刑なんて感情任せな裁きではなく、俺にメリットがあるような罰を与えるべき……。

 そう考えた俺はふと良いことを思いついた。


「……元剣聖レド、貴様には俺とサラに先の歩法並びに貴様を剣聖足らしめた剣術を伝授することを命ずる」


 この前はサラと訓練するだけで満足した俺だったが、さすがのサラも同年代の女の子である。

 この先サラだけを頼りに剣術訓練をするのでは、原作ファレスと同じような、貴族にしては剣ができる程度に収まってしまうだろう。

 そんな状況を変える方法として考えたのがこの剣聖を師匠にしてしまえ作戦だ。

 どうにも剣聖は俺達のことを見定めているような雰囲気があったし、これならば適度に拘束かつ罰として最低限の報酬で最高の師を得ることができるという算段だ。


 そしてそれを聞いた剣聖は軽く下げたままの頭を少し深くし、こう言った。


「ファレス・アゼクオン様のご寛大なお心に感謝を。不肖レド、御身に剣のご指導を賜らせていただきます」


 まるで最初からこうなる事を想定していたかのような反応。そしてそれを決定づけるように、頭を下げ三人からは見えないように元剣聖レドは口元を歪めていた。


 ◇◇◇


「はぁ……なかなか酷い目にあったなサラ」


 帰り道。

 あの後普通に歩いて帰ろうとする俺たちにクインが心ばかりのお詫びですが……と言って馬車を出してくれた。

 それも最高級仕様の一流品だ。


「……申し訳ありませんでした。私はあの無礼者に何も……」


 サラは剣聖との一件があってからずっとこの通りだ。

 どうにも殺気に気圧されたことが相当悔しかったらしい。

 相手が元剣聖なのだから仕方ないと思うけどな……。


 そう言えば、あの時は一瞬、俺も自分を飲み込むほどの怒りやプライドが湧き上がって来ていたけど……黙って考え事をしているうちに落ち着いていたな。

 あれは一体なんだったのか?

 もし、怒りなどの感情がトリガーとなって原作ファレスを呼び出してしまうのだとしたら……いや、もしそうなのだとしても俺はそれを制御する術を身に付けなくてはならないな。


 とはいえ、未確定なことをあれこれ考えても仕方がない。今日はあの一件を除けばいい事ばかりだったのだから。


「気にするな。相手は歴代でも最長期間剣聖の座に座り続けた本物の怪物だ。あの状況で気を失わなかっただけ、上出来だろう」


「……そう、ですか」


 俺がフォローをしても、サラは目を伏せている。

 ううむ……あ、そうだ!


「サラ、腕を出して見ろ」


「はい……」


 迷いも無く、サラは左腕を俺の前に差し出した。

 まるで習慣であったかのように、何かを悟るその目は暗い色を灯している。


 ……あ、これ勘違いされてるか?

 もしかしなくてもこの態度は折檻を待つ、あの原作のサラの表情に見える。

 ……原作ファレス、許すまじ。


 俺はそんな一種の諦観を含んだ顔をするサラの腕に先程サラが自ら選んだブレスレットを嵌めた。


「いっ……たくない? ……ファレス様これは?」


 来るだろう衝撃に備え目を固く閉じたサラ。

 しかし、その衝撃はいつまで経っても訪れず、その代わりに金属特有の冷たい肌触りがサラの腕に感じられた。


「遅れて悪かったな。誕生日祝いさ。うむ、よく似合っているぞ」


 サラの白い肌がより映えるような細く精巧な金属細工のブレスレットが窓から差し込む夕日に照らされて微かに煌めく。


「あ、え、その、……ありがとうございます」


 まさかの展開に驚きを隠せない様子のサラは夕日に負けないほど頬を朱に染めていた。


「それからこれも、サラ、お前にだ」


 そんなサラに追撃をかけるように俺はクインに選んでもらったプレゼントの包みを渡す。


「これは……?」


「誕生日祝いをするのが遅れてしまった詫びとでも思ってくれ」


 中身は何か知らないが、こう言うのは同性のしかも次期当主のクインが選んだものだから問題ないだろう。


「そんな……今日の私は失敗ばかりでしたのに、こんな物をいただく資格なんて……」


「ほう? 俺からの贈り物は受け取れないと?」


 卑屈なサラをいつも通りに揶揄う。


「い、いえ! ……本当にありがとうございますファレス様。……こんなことを言うのは大変失礼かもしれませんが、お変わりになられたのですね」


 するとサラはいつもより真っ直ぐに俺を捉えて、そう告げた。


「……ああ、今まで迷惑をかけたな」


「いいえ……どんな貴方様であろうと不肖このサラ、身命を賭して今後もお仕えさせていただきます」


 この時、俺とサラの間にあった高く険しい壁が崩れるような音が聞こえた気がした。

 

 ……それにしても、原作ファレスよ。

 このサラにまで裏切られるって原作描写外では一体どんな真似をしていたんだい?

 

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