第五十三話 魔法披露宴③
「ええ、もう問題ありません。ですが、今後は気を付けてください」
翌日、経過観察として往診に来てくれた先日の医師のお墨付きをもらい俺は名実ともに回復した。
「ああ、苦労をかけたな」
恭しくも真っ直ぐ意見をくれる医師に労いの言葉をかける。
「ふふっ。おっと……申し訳ありません」
だが、そんな俺を見て医師は笑みをこぼした。
「何か……おかしかったか?」
「いえ、そうではなく。知っていますか? ファレス様。スジェンナ様のお腹からあなたを取り上げたのが私なのですよ。つい先日のように思い出せます。……あんなに小さくいらっしゃったファレス様が今や私を労ってくれるようになるとは……婆の乾き、枯れきった人生に潤いが出ました」
何と!?
道理で母さんを貴族とか平民とかそう言う立場関係なく叱れるわけだ。
母子ともども大変お世話になっております。
「……そうだったのか。なんと……何と言えばいいか分からないが、貴女のおかげで俺はこうしていられるという訳だな。感謝する」
「あらあら……。そういう所は御父上譲りなのかしら? 魔法披露宴で初めてファレス様をお目にかかるご令嬢方は気の毒ね」
「?」
不思議そうな顔をする俺を歳を感じさせないような楽し気な笑みで見返しながら、医師は立ち上がりこちらへ頭を下げた。
「それでは、くれぐれもご自愛くださいますよう」
そして医師は扉の前で一度振り返りそう言うと、コツコツと杖を突いて去っていった。
……まさか、産まれる時からお世話になっている大先生だったとは。
その時から、俺の意識があったとは思えないが、何とも妙な感覚だ。
俺は間違いなくこの世界で産まれている。
数多のフィクションと知っている作品世界のおかげで、疑うことなく転生を信じていたが、果たして……。
いや、そんなことを気にしても仕方が無いか。
今考えるべきは魔法披露宴のことだ。
俺の魔法は『傲慢』さて、どの魔法を見せつけるのがふさわしいだろうか?
思考をよぎる諸々を無視して部屋を出ると、扉のすぐ傍でサラが控えていた。
「ファレス様! 私の身体にお摑まりください!」
数分程度の問診で医師が帰ったのだから、もう問題ないと察していてもいいだろうに……と思ってしまうのは流石に無責任か。
それほど俺が倒れると言うことがサラにとっては重大だったのだろう。
「大丈夫だ。……悪かったな、心配をかけた」
「!? そんなっ!? 謝罪頂くことなどありません! 私がもっと御身のことを気にかけていれば……」
俺のことを気にかけていれば、か。
いくらサラでも俺以上に俺の体調を把握することは難しいだろう。
それは流石に傲慢が過ぎるというものだ。
「反省してくれるのは構わないが、お前は俺のメイドだろう? ならば俺の身体ではなく環境に気を使うべきではないか? まあ、今回に関しては総じて俺の責任であり、サラに責任を問う所などないがな」
「! ……はいっ!」
ハッとしたような顔をして勢いよく返事をするサラ。
……いまいち、しっかり伝わっているか怪しいところだが、まあいいだろう。
「それで? 何かあったか?」
「そうでした! ご当主様がお部屋で待っている、と」
「父上が?」
先日は母さんに呼ばれ、今日は父上か。
いったい何を話されるのだろうか?
「はい。急がなくとも良いともおっしゃられていましたが……」
「いや、すぐ行こう」
「承知いたしました」
……色々と考えて見るも、それらしい事柄は思いつかない。
ならばあれこれと悩む時間は無駄でしかない。
そもそも重要なことならば母さんより前に父上からの話があったはず。
旧ノウ領の話はもう済んでいるし、そう身構えなくとも良いだろう。
◇◇◇
そんな安易な思考をして父上の執務室に入った瞬間――肌を刺すような熱を持った炎を纏う拳が飛んできた。
「……!?」
反射的に俺は父上の魔法を発動し、顔面すれすれのところでその拳を受ける。
「……このくらいは出来て当然だな」
かなり危ないところだった。
実際一歩後ろからついてこようとしたサラに至っては、本気の警戒で微かに『嫉妬』の魔力が漏れ出ている。
「父上、これは一体――」
何のつもりだと続けようとして、すでに父が魔法の発動を止めていることに気が付いた。
「状況判断もそこそこ。悪くない」
自分の席へ戻りながら、俺の言葉などには全く耳を貸さないとでも言うように独り言を呟いている。
全くこの人は……。
「さて、ファレス。そこに座りなさい。サラは紅茶の用意を」
だが、やはり俺たちの内心など気にせず、父上は自分のペースを貫き俺とサラにそう言ってきた。
「はい」
「承知、いたしました」
父の執務室はいたってシンプルな造りだ。
大きめのデスクに大量の資料がその存在をあまり感じさせない程綺麗に整頓されている以外にこれと言った特徴がない。
今、俺が座っているソファもテーブルを挟んで向かい合わせになっているのみで、テーブルの上には観葉植物の一つもない。
私室がどうなのかは知らないが、この部屋は正しくクロフォード・アゼクオンというストイックで堅物な男をこれでもかと表現していると言えるだろう。
こうして親子二人の空間だと言うのに、サラが紅茶の準備に出て行ったきり、一つの会話もないことがこの部屋の空虚さをさらに増幅させていた。
カチャリと普段はほとんど聞こえることのないティーカップの物音が部屋に響く。
さすがに手持無沙汰で俺が紅茶にひと口、口をつけたところで父上はようやく話を始めた。
「来月の魔法披露宴で見せる魔法は決まっているのか?」
何の脈絡もなく発せられたその言葉は、奇しくも先ほど俺が考えていたことだった。
「……いえ、未だ決めあぐねているところです」
少し答えに迷ったが、ここは素直に心中を語ることにした。
「そうか……」
だが、返って来た反応はこんな相槌のみ。
この父は会話をする気がないのだろうか?
……ならば一体、どうしてわざわざ部屋に呼んだんだ?
「……父上はどういったものを見せるのが良いと思いますか?」
様々な疑問が脳裏を駆け巡るも、俺は折れずに話題を振った。
「……そうだな。……魔法披露宴とは、お前たちの世代にとっては初めての社会となる場だ。お前自身を示すような魔法を使えば良いだろう」
すると、珍しく少し饒舌になった父がそう言う。
「俺自身を示す魔法……」
魔法で自己顕示をする場合大罪魔法以上にそれに適したものはないだろう。
しかし、『傲慢』の魔法は他の魔法があってこその魔法。
見せるとなれば、それ相応の魔法が――!
また先刻と同じ思考を巡りそうになったところで一つ妙案が思い浮かんだ。
「父上、つかぬ事をお聞きしますが、魔法披露宴における披露の順番とは――」
「爵位順だ。男爵家の者から始まり、順に高い者が披露していく。お前と同年同月生まれで侯爵家以上の人間は存在しない。つまり、ファレス。お前が披露宴のトリを務めることになる」
「そうですか」
そうだよな。
この世界に公爵家は一家しか存在しないし、奴は一つ上の年齢だ。
だとすれば仮に侯爵家が複数いたとしても、旧ノウ領の領地まで治めることになったアゼクオンは侯爵家中で最大の勢力となったはず。
ならば、俺がすべきは一つだけ。
誰より『傲慢』に、貴族社会に俺という存在を刻み付ける第一歩。
「父上、決まりました」
「……そうか」
父上の口元が一瞬だけ綻んだような気がする。
しかし、それは本当に一瞬のことで、もう目線は俺ではなく手元の書類へ向いていた。
だが、あの一瞬は確かに父からの愛情というか、そんな感情を感じた、気がする。
……もしかして、俺が披露宴で使う魔法に悩むだろうと思って背中を押すために呼んだのだろうか?
だとすれば本当に、なんて不器用な人なのだろう。
「サラ、行くぞ」
「はい」
俺はサラに声をかけて席を立ちあがる。
「では父上、ありがとうございました」
「……ああ」
努めて興味なさげに発せられたその言葉から、俺は確かに親愛の情を感じ取った。




