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第五十二話 魔法披露宴②

「そ、そう言えば母さん。確か王城からの書簡はもう一通あるんじゃ?」


 そろそろ夢の丘に挟まれて窒息してしまいそうなので、先程言っていた王城から来たもうひとつの書簡の方へ話を移す。


「そうだったわ!」


 母さんは思い出した! と言わんばかりに机に置いていたもう一枚の手紙を手に取ると破れんばかりの勢いでそれを開き見せつけてくる。


「来たのよ! ファレスちゃんの十二歳の誕生日! つまり魔法披露宴の招待状よ!」


 ……!

 その名前を聞いた途端、足がすくんでしまうような強烈な抵抗感を感じた。

 地面が沼のように体を飲み込んでいこうとするような感覚を必死で抑える。

 

 魔法披露宴。エバンス家など特殊な家庭を除きすべての貴族家が参加する義務のある、一種の儀式的側面すら持った集まり。

 原作においてファレスが生涯拭えぬ恥をかくこととなった、言わば人生最大の分岐点。

 

 原作ではこの時点でまだ魔力覚醒をしていないファレスは、それでもまだ捻くれる前のなけなしのプライドで剣技を披露し、結果として……原作ファレスになってしまった。

 

 だが、今の俺は原作とは違う。

 吸魔の指輪という貴族的には不名誉なそれを二つも使い、日々の研鑽も欠かさず続けて来た。

 地震や『嫉妬』の暴走、ノウ領の調査など様々な問題にも正面から立ち向かい、解決してきた。

 それ以降も帝国の長である皇帝と同じ卓で食事を囲み、最後には皇帝の魔法も受けきった。

 

 だから、恐れる必要はない。

 必要はないと言うのに……。


「私、すごく楽しみだわ! たくさんおめかしして、かっこいいファレスちゃんをみんなに――ファレスちゃん? ファレスちゃんっ!?」


 母さんの声が遠く感じる。

 体は重いのに、心臓の鼓動はそれに反比例するかの如く早くなっていく。

 あれ?

 

 世界が回って……?


「ファレス様っ!!」

「ファレスちゃんっ!?」


 サラと母さんの悲鳴にも似た絶叫を耳にしながら、俺は意識を手放した。


 ◇◇◇


「……命に別状はありません。過労でしょう。スジェンナ様、ご無礼を承知で申し上げますが、お子様のことはしっかりと見てあげてください。ファレス様のお噂は我々一市民にも届いております。ですが、ファレス様はまだ十二歳にもなっていないのですよ」


「……ええ、そうね。私は……母失格ね」


 掠れる目を何とか開けて、見えたその先には皇帝よりもさらに年上であろう医師とその医師に叱られ柄にもなくしゅんとしている母さんの姿が目に入った。


「申し訳ありません奥様! 私が……サラがついて居ながら!」


 その奥では直角以上に頭を下げ、血が垂れんばかりにこぶしを握り締めるサラの姿もある。


 ……あぁ、俺が倒れたのか。

 よく眠れたのか、意外なほどに思考はクリアだ。

 そこまで観察したところでようやく俺は現状を察することができた。


 どうにも魔法披露宴という言葉に前世の知識を持ったこの身体が強烈な拒絶反応を起こしたようだ。

 これまでどんな状況でも手さえ震えなかったファレスの身体が、その名前だけで倒れるほどだったのだからその重大さが文字通り身をもって伝わる。


 こんな体験をさせられてしまうと原作ファレスが捻くれてしまったことにはこれまで以上に同情せざるを得ない。

 その後で色々な人に迷惑をかけたことはいただけないが、それでもファレスはこのストレスから何とか逃れたかったのだろう。


 ……とは言え、もう身体は元通り元気になった。

 それに久しぶりにゆっくりと寝たおかげで色々とすっきりした気もする。


 とすれば残るはあっちの二人のことだ。

 これ以上母さんやサラの辛そうな表情は見ていられない。


「……サラ、今の時刻は?」


 俺はおもむろに起き上がると努めて普段通りにサラに言葉を投げる。

 

「……ファレス……さま……」


 俺の声を聞いて顔を上げたサラはそれはもう酷い顔をしていた。

 だが、流石はサラだ。

 俺の質問にすぐに答えようと時刻を確認しようとして――


「あ、あれっ……も、申し訳……ありま、せん。目が……霞んで」


 サラの手にはどこからともなく取り出された懐中時計が間違いなく握られている。

 しかし、時計と彼女の間を大粒の雫が遮ってしまっているようだ。


「どう……して、私は、そんな立場じゃ……」


 尚も時刻を確認しようと必死に目元を拭うサラ。

 しかし、拭えど拭えどその目からは雫が溢れ続け、終いにはその場にへたり込んでしまった。


「すっ、すみま、せん。すぐに……確認……」


 ……どうやら俺が倒れるのはかなりまずいらしい。

 俺はサラの元に行くためにベッドを降りようとして、自分の身体が思うように動かないことに気が付いた。


「ダメよファレスちゃん。今日は絶対安静なんだから」


 柔らかな風に身を包まれ、その心地と言えば最上級の羽毛布団に閉じ込められてしまったかのよう。

 俺の身体は母さんの風魔法に覆われていた。


 母さんの方に顔を向けてみれば、その頬にはサラ同様に雫が伝い、それでも覚悟は決まっているとでも言うかのような真剣な表情をしていた。


「ごめんなさい。私、母親失格だったわ。でも、これからは私が全部守ってあげるから! だから、ゆっくり休んで、ね?」


 穏やかな顔で言う母さん。

 傍から見ればサラの方がまずそうに見えるだろう。

 だが、今の母さんは危うさが一周回ってしまったかのような雰囲気が感じられる。


「いや、母さんもサラもそんな重大そうな顔をしなくても――」


「ダメよっ!!!」

「ダメですっ!!!」


 とりあえず何とか場を収めようとするも、ものすごい剣幕で凄まれてしまった。

 助けを求めて、もう一人この場にいた医師の女性に目を向けるが、彼女は「諦めなさい」と「今日は休みなさい」という二つの意味が込められているであろう視線を俺に向けて、音もなく部屋を出て行ってしまった。


 ……万事休す。

 こうなってしまっては俺にはもう打つ手がない。

 

 こうして俺は二日ほど、すべての行為を母さんとサラに手伝ってもらうという、中々体験のできない恥ずかしい日を過ごしてようやく解放されることとなった。


 ◇◇◇


「ほんとにもう一人で大丈夫なのね?」


「大丈夫だよ。医師も過労だって言ってただろ?」


 浴室の前で今にも自分も服を脱ぎ捨てて一緒に入ってこようとしている母に告げる。

 今の俺は十一歳、世間的に見ればもしかしたらまだ母親と一緒に風呂に入っている子供もいるかもしれないが、俺の精神年齢はもう一回りとはいかなくともだいぶ年上だ。


 母親と風呂に入るという状況には流石に抵抗がある。


「ならば私がご一緒します!」


 と、母さんをなだめていると、既に服を脱いでタオル一枚になったサラが脱衣所に飛び込んできた。


「サラ……お前も落ち着け。そろそろ自分で生活するように戻していかねば、魔法披露宴で恥を晒すことになってしまうかもしれないだろう?」


「ですが……」


 何を言っても引き下がろうとしない二人。

 ……はぁ、仕方がない。

 こうなったら最終手段しかないな。


「……久しぶりに母さんの手料理が食べたい。風呂を出たらすぐに食べたい!」


「えっ!」


「……サラは俺の言うことに従えるよな?」


「……!」


 母さんには我儘な息子をサラにはS系の主を模して言葉をかける。

 これは俺がこの二日で唯一得た成果だ。

 どうしても一人になりたいときなどはこうしてそれぞれが求める俺像でお願いをする。


 すると――


「分かったわ! ファレスちゃんの好物、振る舞うわね!」


 と、母さんは張り切って厨房へ飛んでいき


「ご命令の、ままに」


 何やら恍惚で危うげな表情を浮かべ、一瞬でいつも通りのメイド服姿に戻ると脱衣所から一歩出て後ろ手に扉を閉めた。


「ふぅ……」


 こうしてようやく俺の日々に平穏が帰って来た。

 今後は体調や急なストレスにもこれまで以上に気を付けないと……。


 何かある度にこうなられてはたまったものではない。


 普段より熱めのシャワーを浴びながら、溜息をつく俺だった。

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