第五十一話 魔法披露宴①
激動の一か月を過ごした後は、嵐の前の静けさとはまさに正反対な文字通り、嵐の後の静けさとでも言うような穏やかな日常が過ぎていった。
「……っ! さすがはファレス様、凄まじい上達具合ですね!」
鍛え上げられた鋼同士がぶつかり合う甲高い音と共にレドが言った。
「当然……だっ! 俺を誰だと思っている!」
そんなレドの猛攻を間一髪のところで躱し、いなしながら言い返した。
「そうでございますね。では、魔法を解放しましょうか。私の魔法をどれだけ使いこなせるようになったのか見せていただきましょう」
「良いだろう」
フッと笑みを浮かべて挑発に乗ってみれば、レドも少し、口元を緩めた。
そしてお互い大きく後ろへ距離を取り、瞬間――レドの姿が消える。
時穿の剣はそれだけでも単純に強力な効果だが、剣聖レベルとの戦いとなれば先読みこそが重要になる。
普通に戦えば、時間をも切り裂くとか言うとんでも力のせいで魔法を使われた瞬間に敗北が確定してしまうが、この世界にはクインのように物理的な攻撃に対する抵抗力を有する魔法なども存在する。
そう言った物を相手にした場合、ただ単純に魔法を使うだけでは逆に不利になってしまう可能性さえある。
そこで必要なのが先読みという訳である。
そして、時穿の剣同士ともなればそれは魔力も剣の腕も関係ない。
純粋な読みの勝負だ。
大きく動いても状況は変わらない。
それに一度、お互いの手の内を見せ合ってからでは戦闘経験などほとんどない俺が圧倒的に不利。
つまりチャンスはこの一度のみ。
俺は先ほどまでいた位置から大股で二、三歩ほど下がり、レドの身長に合わせた程度の位置へ剣を置く。
本来ならばこんな訳の分からない戦いになることはないのだが……模倣という性質の数少ない弱点と言えるかもしれない。
レドは決戦として勝負をつける際、背後を取ることが多い。
俺はそれを読んでさらにその背後の位置に立ったという訳だ。
単純な読みだが、これ以上は深読みになりかねない。
経験の差がある以上、領分を超えての深読みは無駄だ。
時間が加速する。
色の消えた世界が色彩を取り戻し、勝負の結末が明らかとなった。
「これは私の勝ちですな。ですが、なかなか良い読みでした」
俺の首筋寸前に完璧に添えられたレドの剣。
文句のつけようもない、完璧な敗北だった。
「……チッ、ああ、俺の負けだ」
いくら傲慢な俺でもこの敗北を認められないほど落ちぶれた人間になるつもりはない。
俺の立つ位置の真横から伸びるレドの剣を除けながら、手を上げて降参を示す。
「ファレス様! お疲れ様でございます」
俺とレドの特訓が終わったと見るや否やサラがタオルを持って駆け寄ってくる。
「ああ、ありがとう」
受け取りながらレドの方を見ると珍しく一筋の汗が彼の眉間を伝っていた。
「まだ訓練をお続けになりますか?」
負けは負けだが、レドが汗をかくのを見たのは初めてだ。
おそらく普段より強度の強い魔法を使わせることができたのだろう。
「そうだな……」
サラの質問には明確な答えを出さずレドに目配せする。
「ええ、本日はここまでにしておきましょう」
眉間を伝った一筋の汗以外はいつもと全く変化のないレドがピンとシャツの襟元を正し、今日の訓練の終わりを告げた。
「そうか。それで、何か用があったか?」
サラの方へ視線を戻して何やら用がありそうな彼女に話題を振る。
「はい。奥様が部屋まで来てほしいと」
「そうか。着替え次第すぐに向かうとしよう」
母さんからの呼び出しとは珍しい。
一体何の用だろうかと頭を悩ませながら俺は母の待つ部屋へ向かった。
◇◇◇
「ただいま参りました」
母の部屋の前につくとそう言って声をかける。
すると中から「入って」という声がすぐに返って来た。
俺は自ら扉を開け母の私室に入る。
すぐ後ろからはサラもついてきた。
「ファレスちゃん毎日の剣の訓練お疲れ様。剣は楽しい?」
いつも直球勝負の母さんが世間話を振って来た。
……本当に一体何の用なんだ?
「はい、魔法とは違って大規模な破壊力こそありませんが、だからこそ一つ一つの動きを洗練する必要があり、奥が深いと思います」
「ふふっ、それは良かったわ。良い先生を見つけたのね」
「ええ、なにせレドは元剣聖。なかなか出会える師ではないでしょう」
剣のことを饒舌に語った俺を慈愛に満ちた目で見つめながら言う母に答える。
レドとの出会いはこの転生生活においてかなりの僥倖だ。
しかも味方に引き入れられているというのだから一番と言っても過言ではないだろう。
「……子供はこうやってすぐに成長していくのね」
そんなことを俺が考えていると母が何かをボソッと呟いた。
「母さん?」
「いえ、何でもないわ。……それでねファレスちゃん。王城から貴方宛に二つ書簡が届いたわ」
「王城から? 何でしょう」
言いながら母がこちらに向けて手渡してくれている一つの手紙を受け取り中を開く。
するとそこには――
「どうも皇帝陛下はあなたにノウ領を与えるおつもりのようだわ」
帝国南部ノウ伯爵家が領土であった旧ノウ領を先の一件の褒美として与える、と記されていた。
宛名はアゼクオンに対してではなくファレス・アゼクオン個人宛だ。
驚きを隠しきれず、そのままの表情で母を見ると申し訳なさそうな顔で母が続けた。
「あなた宛ての書簡を勝手に見たことはごめんなさい。謝るわ。でも、でもね」
通りで母さんの様子がおかしい訳だ。
いつも自信と俺への深い愛で満ちていて明るい母さんが今日はどうしたのかと思ったが、そう言うことだったのか。
だが、皇帝もとんでもない褒美を寄こしてくれたな……。
持て余すどころの話ではないぞ。
俺は何とか平静を装って母の隣へ行き、大丈夫だとたしなめる。
……ノウ領いや、今となっては旧ノウ領か。
あの一件の後、俺の報告をもとにノウ家へ近衛騎士による厳正な調査が行われ、ノウ家には爵位の降格と王都での謹慎が言い渡された。
正直斬首刑も仕方なしな私腹の肥やし方だったのだが、首謀者が成人前のクゾームであったことが情状酌量の余地ありと見做され、このような結果となったのだと思われる。
しかしノウ家はそれに伴い領地が没収され、現在の旧ノウ領は皇帝自らが間接統治をするような形となっていた。
皇帝が皇帝の統べる土地を間接統治するという意味不明な状況だが、直接統治をするわけにはいかないのだ。
ここは帝国、皇帝の国だ。
つまり皇帝のいるところこそが王都となり、国の中心となる。
そうなると旧ノウ領は第二の王都となってしまい、そのような大きな変化は国内に混乱をもたらす。
そう言う事情もあって半分公的に皇帝の名代を拝命している俺が個人としてこの領を与えられることになったのだろう。
……あと十年後いや、五年後だったら喜んで受け取っただろうが、今の俺はまだ成人どころか十二歳にもなっていない子供だ。
確かにあそこは良いところだったが、まさかこんなことになろうとは。
何を思ったか寂しそうに涙をこらえる母さんの隣で内心頭を抱える。
いや、悩む必要はないか。
こんなものを個人で受け取るなんてアゼクオンの庇護を離れて皇帝の手駒になるようなものだ。
少し悩んだが、すぐにその可能性に思い至り、俺は先ほどの思考を振り払った。
「……ねぇファレスちゃん。あなたはどうしたい?」
まるで今生の別れを前にしているかの如く覚悟の決まった表情で顔を上げた母さんが聞いてくる。
「……さすがに分不相応すぎますね。陛下にはファレス・アゼクオンとして褒美を賜りたいと伝えようと思います」
だが、俺の答えはもう決まった。
これ以上に皇帝に俺の生活圏を監視されてたまるか!
「……いいの? 全く分不相応とは思わないわよ。それにこれはファレスちゃんが貰う物。アゼクオンのことは気にする必要ないのよ?」
「いえ、俺はファレス・アゼクオンですから。父上と母さんの仕事を増やしてしまうかもしれませんが、領地なんてものは俺個人ではなくアゼクオンとして受け取りたいです。先の任務だってアゼクオンの従者やスペーディア家に助けられての成功ですから」
一見、傲慢さのかけらも感じられない発言。
だが、その裏にあるのは皇帝への小さな反抗心。
しかし、そんなことは知らない母さんは俺の言葉を聞くや否やものすごい力で抱きしめて来た。
「ああっ! なんてっ! なんて良い子なのかしらっ! 私たちのことなんて気にしなくていいわ! いくらでも頼ればいいの! 大丈夫、母さんに任せておきなさい! いつかファレスちゃんが自分の領地が欲しくなったときのためにしっかりと管理しておいてあげるから!」
感極まった母さんがいつも通り、圧倒的なそれをこれでもかと押し付けながら嬉しそうにそう言って張り切っていた。
そしてそんな様子を隣で見せられていたサラは……スジェンナの暴力的なメロンと自らの年相応でせいぜいリンゴ程度なそれを見比べてひっそりと肩を落とすのだった。




