第五十話 皇帝への報告⑧
来るまでとは違い、案内の居なくなった場内を一人で歩く。
宵闇に沈む静寂の中に、カツカツと俺の足音だけが響き渡る。
まさか、皇帝が大罪魔法を、それも『強欲』の所持者だとは思わなかった。
本来、原作内では学園編で出会うことになるだろう生徒の一人が使用者となるはずの魔法だ。
サラが『嫉妬』を発現したことしかり、もう原作知識だけを当てにする訳にもいかなくなりそうだな……。
そう考えながら歩いて行くと、月明かりに照らされて異様な存在感を放つ城門前にサラたちの姿があった。
「ファレス様っ!!」
俺の姿が見えるやいなや何だか悲壮感を漂わせていたサラが駆け寄ってくる。
それに続いてクインたちもこちらに寄ってきた。
「申し訳ありませんでした。あの場では皇帝陛下のご命令に逆らう訳には行かず……」
ああ、それで悲しそうな雰囲気だったのか。
いや、逆に良かったよ。
あそこでサラが皇帝に逆らっていたら、そこの近衛騎士隊長様に葬られていただろうからな……。
「構わない。いくらサラの忠誠が俺に向いているとしても、今の俺は帝国貴族の跡取りでしかないのだ。いたずらに陛下のお言葉に逆らう理由もないだろう」
一歩引いた位置からこちらを見ているグレイグヘ一瞬視線を向けながら答える。
これは心からの本音だ。
今はまだ、皇帝に逆らえるだけの力はない。
俺は原作ファレスとは違って、傲慢でもその使い分けが出来る者にならなくてはならないのだ。
「はい……」
俺の言葉を受けてなお肩を落としたままのサラだが、こればかりはどうしようもない。
魔法なんて理を超越した力こそある世界だが、人間がただ一人で生きていくのは難しいという事実は変わらない。
そんな、集団で生きることが前提となっている人間が突然集団の長に反抗するのはあまりに愚かだ。
発破をかけてやりたい思いもあるが、ここではどんな眼があるか分からない。城を出るまでは安全最優先で行動しなくては……。
あえてそれ以上サラには何も言わず、俺はグレイグの正面まで歩き、向かい合う。
いざこうして正面に立ってみると、月光を受けて雰囲気のある城門の影響もあるのかもしれないが、凄まじい存在感を感じさせる。
「私に何かご用ですか?」
突然正面に仁王立ちした俺にグレイグが聞いてくる。
以前話していた時より、口調が丁寧に感じるのは気のせいだろうか?
「ああ。皇帝陛下の徽章を返還し忘れていてな。近衛隊長の方から返して貰えると助かる」
俺は言いながら、外套に付けられた徽章を外し、グレイグに手渡した。
「分かりました。では、再度お渡しします」
すると、一度は徽章を受け取ったグレイグがもう一度それを俺に渡してきた。
「……何のつもりだ?」
呆気にとられて、なんの抵抗もなく徽章を受け取ってしまった。
突然のことに理解が及ばない。
一体どういうことだ?
まだ何か俺にやらせようとでも言うのか?
と、俺が身構えているとグレイグが口を開いた。
「陛下より言伝です。その徽章は自由に使え。お主は我の期待に応えたのだ。その褒美とでも思っておくと良い。との事でした」
「……は?」
いやいやいや……待ってくれ。
は? 褒美で徽章を寄越すだと?
これ一つで名代が務まるような権力の象徴を?
馬鹿げてる。
と、短絡的に思ってから一つの可能性に気付き思い直す。
……いや、そうではないか。
これは、一種の監視だ。
これを付けている限り、俺の行動は皇帝の名のもとに正当化される。
しかし、これを付けた上で俺が何かをやらかそうものなら、その責任は俺一人では済まされない。
皇帝は皇帝である以上、ある程度の批判を受けてもただ力によって黙れせてしまうこともできよう。
だが、一貴族でしかないアゼクオンは、いくら強力な武門とは言えども、社会から弾かれてなお、その力を継続することは出来ない。
……本当に全て掌の上だった訳か。
初めて顔を見せた時点で俺の魔法と野心を見抜き、否定できない名声と力を証明させることで、俺に首輪を着けたと……。
このように理解すれば皇帝直属であるグレイグの口調が以前より丁寧だったことにも説明がつく。
「どうか、されましたか?」
俺の方を試すように見つめながらグレイグが聞く。
「いや、なんでもない。陛下に感謝を伝えておいてくれ」
ここまでされてしまうと、もはや腹も立たなかった。
俺も原作ファレスと同じように傲慢になっていたようだ。
俺の場合は原作の知識というものがあったからだが。
「承知しました。では、皆様こちらへ。私は城へ戻りますが、お屋敷までは我が近衛隊がお送りいたします」
「ああ」
こうして、新たな厄介事を浮き彫りにしながらも、長かったノウ領の調査・復興任務は本当の意味で終わりを告げた。
◇◇◇
「おかえりなさいファレスちゃん。お疲れ様!」
母さんの熱烈な歓迎を全身で受け止める。
王都の別邸に一泊した俺たちは翌日の夜頃に王都を発ち、アゼクオンへと戻って来た。
今は先にスペーディア家へクイン、レド、サンの三人を置いてサラと二人で屋敷へと戻ったところだ。
「ただいま母さん」
「ただいま戻りました」
俺の姿が見えるや否や風魔法の如く勢いで突撃してきた母さんに帰還の挨拶。
「大活躍だったそうじゃない! さすがはファレスちゃんね! サラもファレスちゃんの傍使えご苦労様」
暴力的とまで言えるようなソレが顔を包み、息が苦しい。
だが、母さんにはいろいろと心配をかけただろうしこのくらいは受け止めてしかるべきだろう。
……なんとなくサラの方から妙な視線を感じた気がするが、俺は母さんの気が済むまでされるがままになった。
「そう……ノウ家がね……私はアゼクオンのことばかりしか気にしていなかったわ。クロフォードは何か知っていたのかしら?」
夕食の時間。
一月以上ぶりの家族そろっての夕食ということもあり、普段は忙しそうにしている父上も最初から同席していた。
「噂だけだがな。急に税を引き上げたという話は聞いていた」
「もうっ! 知ってたなら任務の前にファレスちゃんに教えてあげればよかったじゃない!」
どうやら父上はクゾームの暴走を知っていたようだ。
まあ、隣接している領土だし、領民の声が王都へ届かなくとも隣のウチに聞こえてくるというのはない話しではないか。
母さんの言う通り事前に教えてもらえていたら助かったのだが……。
「いや、そんなことする必要はなかっただろう? 俺とお前の息子だ。その程度のこと些事にすぎん」
なんて甘えたことを思っていた俺だったが、どうやら言わないことが父上からの信頼の証だったらしい。
ううむ、やはり面倒な人だ。
しかしながら、その信頼は素直に嬉しい。
「はい。この程度で父上や母さんの手を煩わせるつもりは毛頭ありません」
俺の宣言に父上は大仰に頷き、母さんも笑顔をこちらに向けていた。
「でも、私たちの力が必要なときはいつでも言うのよ?」
揺ぎ無い信頼と子を思う親心は両立する。
笑顔の中に寂しさの混じった不安をちらつかせる母さんがそう言った。
俺は食事の手を止めて、改めて両親を見る。
「もちろん。だけど、母さんも俺の力が必要ならいつでも言ってよ」
皇帝の徽章を与えられた俺の力はもしかしたら両親をも上回っているかもしれない。
影響力や皇帝直属の近衛騎士などには確実に絶大な効果を発揮するだろう。
皇帝のいいように転がされるのはあまりいい気分ではないが、使えるものは最大限使うべきだろう。
だからこれは傲慢ではなく自信。
そんな意を込めて、俺はこう言ったのだった。
それからは団欒の時間だった。
父の冷静な天然と明るい母、普通の家族のような一幕が流れていく。
途中からはサラや母の傍付きメイドも加わった大宴会のようになり、良い意味で貴族らしくない一日だった。
転生してから今日までで、この夜ほどアゼクオンの屋敷が家に感じられたことはなかった。
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