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第四十八話 皇帝への報告⑥

「さて、ファレスよ。ノウ領はどうであったか?」


 任務とは無関係の歓談より始まった晩餐会もたけなわに差し掛かり、特に前触れもなく陛下が切り出した。


「とても良い土地でした。住民も豪快で付き合いの良い者ばかり、あの人間性は帝国でも中々類を見ないのではないかと」


 ノウ領で出会った人々を思い出す。

 ナバラを筆頭に彼の船員やそんな海の男たちを支える女性陣。

 おおらかで時に激しい海を思わせるような、気持ちのいい人ばかりであった。


「ほう……では、統治者たるノウ家の連中はどうであった?」


 俺の手元に置かれたグラスから一筋汗が流れる。

 来た。

 やはり今回の俺の任務にはノウ家の調査も当たり前のように組み込まれていたらしい。

 ……この質問にどう答えるかはかなり重要な問題だ。


「……ノウ家子息クゾーム・ノウを除き、その他ノウ家関係者全員がとある魔法の支配下に置かれていたようです」


「と、言うと?」


 興味深げな視線をこちらに向けたまま陛下が続きを促す。


「ノウ家子息、クゾームは約二年前に魔力覚醒を果たしたようです。その魔法は無属性、特に人間に対する強い催眠効果を持つような魔法でした。その魔法によって当主バガデム様をはじめとするノウ家関係者がクゾームの支配下にありました」


『怠惰』や『傲慢』と言った固有名詞のある魔法はゲーム上で分かりやすくするために付けられたもの。その名前を出すわけにもいかないため、俺は『怠惰』の詳細をかみ砕いて説明した。


「ほう、ではファレス、お主はその魔法にかからなかったと?」


「いえ、抵抗を試みましたが、とても強力な魔法で私も魔法の支配下に置かれることとなりました。サラを連れていなければ、危ないところでした」


 非常に、非常に不服だが、傲慢の魔法の詳細を話すよりはこうしてしまう方が簡単だ。

 今でこそ従っているが、皇帝だっていつかは超えるべき存在。

 手札は多い方がいい。

 内で暴れる『傲慢』を押さえながら話す。


「ふんっ! その程度の魔法に後れを取るとは……陛下の徽章に泥を塗る結果となっていたら、と考えなかったのか?」


 そんな俺の言葉を聞くや否や、弱点を見つけたと言わんばかりの勢いでエドワード伯爵が詰めてくる。

 はぁ……本来はこんな感じの人ではないはずなんだが。

 

 渋々ながらも、謝罪を口にしようとしてエドワード伯爵の方へ体を向けようとすると、それより先に隣のサラが口を挟んだ。


「お言葉ですが、エドワード伯爵。ファレス様はとてもお優しい方ですので、私を立ててくださいましたがそもそも私はファレス様の物、そのお力の一部です。ファレス様は私がいるからこそ、そうした作戦をお取りになられたのです。決して陛下の徽章に泥を塗る結果にはならなかったでしょう」


 自分の父を爵位で呼び、毅然とした対応を取るサラ。

 その態度はこの王城のナイフにすら引けを取らないほどに鋭いものだった。


「はっはっ! エドワード、これはお主も引くしかあるまいな。ファレスよ、良い臣下を持ったようだな」


「くっ……」


「はい、良い縁に恵まれております」


 エドワード伯爵の憎々し気な視線を受け流しながら、愉快そうに笑う陛下に答える。


「うむ。さて、話が逸れてしまったな。続きと行こう。次は……そうだな、復興を成し遂げたその方法について聞くとしよう。確か船を造らせたのだったな?」


 表情を引き締めて話を進める陛下。

 ……招待状と共に入っていたあの手紙のこともあり、もう少しノウ家について深掘りされるかと思っていただけに若干拍子抜けさせられたが、気を抜かずに答える。


「はい。陛下が物資、主に食糧支援を約束してくださいましたので、ノウ領の復興は造船で行くべきだと決めていました。職を失ったままでは、生活圏を整えても復興とは言えませんので。ありがたいことにスペーディア商会も全面協力という形で任務に同行してもらったので、何とかつつがなく終えることができました」


 こういう答えやすい質問はとても助かる。

 幾分か軽い気持ちで言葉が口を吐く。


「ほう、スペーディア商会とのパイプは……そこの三人か? ……む? お主、剣聖ではないか?」


 スペーディア商会の名前を出すと察したようにクインたちの方へ視線を向けた皇帝の目がレドの位置で止まり、そう聞いた。


「……さすがは陛下、ご慧眼に感服いたしました。お久しぶりにございます。二世代前に剣聖を務めさせていただいておりましたレドと申します」


 どうやら皇帝とレドは面識があったようだ。

 だが、それならば入った時に気がついてもいいと思うのだが……そんなに見た目が変わっているのか?

 と、俺がそんな疑問を抱いたところ、予想外のところから答えが返って来た。


「はっはっ! 引退したのち、行方知らずとなっていると思えばまさかそんな恰好になっているとは! 余と同年代の如く恰好なぞしおって、まだ四十前であろう?」


 なっ!? は???

 俺の脳内をクエスチョンマークが埋め尽くしていく。

 レドが四十前? 四十前って四十歳前ってことだよな?


 俺は咄嗟にレドの方を確認する。

 別に老け顔という訳ではないが、どう見たって老紳士という言葉その通りのような人物だ。

 とてもじゃないが自分の父と同年代とは思えない。


「まさか、陛下に歳まで覚えていていただけるとは……。ですが、世を忍ぶためにはこの恰好が丁度よいのです。ありがたいことに私の姿を知っているのは陛下をはじめとする国の要職者の方々と教会の上層部のみ。世俗で暮らすにはこの姿が必要なのです。このような恰好でお目見えしてしまったことは謝罪いたします。しかし、どうかご容赦を」


 おいおい、マジかよ。

 レドって歴代最長年の間剣聖を務めていたはずだよな?

 一体いくつの時から剣聖だったんだ?

 次々と俺の脳内へ疑問が湧き出てくる。


「良い、余とて鬼ではない。貴様ほどの傑物を遊ばせておくのはもったいなさを感じないこともないが、その様子……どうやらまた表舞台に立つ気になったのだろう?」


「いえ、後進という物に興味が湧いたのです。陛下に勝るとも劣らないほどの光を見つけましたので」


 レドがまだ驚愕の表情を向けたままの俺の方を見ながらそう言う。


「ふっ! はっはっはっ!! そうかそうか。どうやら凄まじい才をその内に見られている様だぞファレスよ?」


 まさかレドが陛下に対してもここまで大見えを切れるほどの人物だったとは。

 剣聖って政治圏には干渉しないはずなんだが……さすがは歴代最長名だけはある。

 そして、それを聞いた陛下も気を悪くする様子は欠片もなく、今日一番愉快そうな笑みを浮かべて挑戦的な質問を投げて来た。


「才能の有無は私には判断できませんが、その期待に応えられるよう日々精進したいと思います」


 俺は自分の才能については濁しつつも、その挑戦的な瞳に負けじと強い意志を持って答えた。


「ああ、そうするが良い! して、するとつまりレドは今はアゼクオンの指南役でも担っているのか?」


「いえ、レドはスペーディア商会の用心棒を」


「ほう、そこで繋がるのか。本当に良縁に恵まれておるのだな。するとそこの二人がスペーディア商会の息女か? 確か一人娘だったと記憶しているが」


 レドと俺を行き来していた陛下の視線が今度は中心に座るクインとその横でひたすらに食事を続けるサンに向いた。


「はっ、はい! こうして陛下と席を同じくさせていただけること、光栄の極みに存じます。私はスペーディア男爵家のクイン・スペーディアと申します。こちらは――」


 そうして早口に自己紹介をしたクインがサンに目を向けると、それに気づいたサンが食事の手を止めて言った。


「サンはサンだよ!」


 ……やっぱりサンは連れて来るべきではなかったかもしれない。

 元気いっぱい! みんな友達! を地で行くサン。

 これまでは俺たちに習って挨拶なども出来ていたため、大丈夫だと思っていたが、やはり一日二日の仕込み程度じゃどうにもならなかったようだ。


 どんな反応が返って来るのかと一瞬身構えるも、その反応は意外にも普通なものだった。


「ほっほっ、そうかそうか。つまりお主はスペーディアの者ではないということだな?」


 だが、反応の奥の皇帝の鋭い眼光はキラリと光った気がした。


「血統の上では、その通りです」


 これ以上サンには話させないように口を挟む。

 いくら反応が悪くないからと言ってあまり無礼なことをして、この後のサンの話で印象を悪くする必要はない。

 問題はどこでサンの話を切り出すかだが……と、俺が抱いたこの問題はすぐに杞憂に終わった。


「ふむ……そうか。して、ファレスよ」


 神妙な面持ちで皇帝の眼差しが俺を貫く。


「はい」


「子の竜なぞ珍しい魔法生物をどこで見つけて来たのだ?」

 

 あまりに鋭い皇帝の琥珀色の瞳は一切の隠し事を見逃さないようだ。

 さて、何とかサンには責任なく終えさせなければならない。

 報告における第二の鬼門が今、開かれた。

 

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