第四十七話 皇帝への報告⑤
王都に来た翌日、俺は昼過ぎに目を覚ました。
昨日はあれからクインに魔法を使ってもらい、俺やサラの大罪魔法の効果がどの程度のものになるのか、逆にクインの魔法の影響力はどのくらい下がるのかを検証し続けた。
結果として分かったことは、サラの『嫉妬』の魔法に対してはかなり強い効果を発揮するも『怠惰』の魔法には影響を受けて数分後に自力で戻ることができる程度、直接の影響力を持たない俺の『傲慢』は使いづらくなることなどはなかった。
つまりクインの『慈愛』は物理的な干渉力を持つ魔法にはかなり強い抵抗力を持つが、精神的な干渉力を持つ魔法には並程度、『傲慢』の発動自体は疎外せず、俺が傲慢で扱う魔法には同様の効果がみられるという物理的に強い防御力を持つ魔法であることが分かった。
おそらくその他にもまだ能力がありそうだったが、現状確認できたのはここまでだ。
昨晩の結果を思い出しながら、一人で使うには大きすぎるベッドから起き上がり、何となく籠った空気を入れ替えるために窓を開けていると丁度扉がノックされた。
「入れ」
「おはようございますファレス様。早速で申し訳ありませんが王城からの使者より伝言がありました」
完璧に元通りに修繕された扉から挨拶をしながら入ってくるサラ。
彼女も同じ時間まで検証に付き合ってもらっていたというのに、頭からつま先までどこにも乱れた様子がないのはさすがメイドと言ったところだろう。
「何と言っていた?」
話しながらサラはスッと俺の背後に回り着替えの手伝いを始める。
俺もサラに着替えを任せながら続きを促した。
「ファレス様とその一行を本日の晩餐会へ招待する、と。詳しい報告はそこで伺いたいとのことです」
するりと窓から強い風が抜ける。
陛下からの晩餐会への招待か……これまた気の抜けない時間になりそうだ。
「そうか……参加者は?」
「伝言を持ってきた使者も詳しい言伝を預かっていたわけではなく、この手紙を渡すとすぐに戻られてしまいましたので……手紙はこちらです」
サラがどこからともなく手紙を取り出し、差し出してくる。
それを受け取ると俺はテーブルからペーパーナイフを取り出し、丁寧に開封した。
「ほう……」
中には二枚の紙が封入されており、一枚はサラの言った通りの晩餐会への招待状。
サッと目を通して把握できる限り、前回俺がノウ領の調査を受けたときの面々が揃っている。
エドワード伯爵がいるのがかなりネックだが、最も大きな問題はそれではなかった。
流し見てめくったもう一枚には……「此度の一件、責任があるのは誰か?」という、かなり挑戦的な文言のみが綴られていた。
「どうかなさいましたか?」
俺の表情がわずかに強張ったのを鋭敏に察知したサラがすかさずそう聞いてくる。
「いや、どうやら陛下に試されているようだからな」
だが、俺はサラの質問に明確な回答はせずにそれだけ言うと、父クロフォードの火属性魔法を発動し手紙を燃やした。
◇◇◇
夕刻、日は大分落ちて空に赤みが差し始めた頃合いに王城からの迎えの馬車がやって来た。
陛下の招待とあってか、クインたちはそれぞれかなり気合の入った格好をしている。
レドはいつもの執事服ではなく、おそらく式典など用の礼服に身を包み、右眼に付けているモノクルもチェーン付きのものに変わっている。
サンはいつの間に仕立てたのか、その水色の髪に合わせたかのような可憐で可愛らしい淡い蒼のドレス姿、控えめなその胸元には真珠のネックレスが光り、確かな存在感を放っている。
クインは清楚さと色香を共存させたかのような、否応なく視線を寄せられる薄紫のドレス姿で普段とは違ってかなり大人びた印象を受ける。長髪の元、さりげなく見えるイヤリングも雰囲気をより際立てていた。
「クインもサンも良く似合っている。レドには……必要ないな」
「ありがとうございます!」
「ありがとっ!」
俺の言葉に微笑みながらお礼を言ってくるクインと破顔して満面の笑みを見せるサン。
「はい」
そして、レドは苦笑を見せた。
ひとしきりクインとサンの恰好を褒めたあとで俺はサラに向き直る。
「サラはその恰好で良いのだな?」
「はい」
強い決意のこもった瞳で俺を見つめるサラ。
サラの恰好はいつも通りのメイド服姿。
ただ一つ違いを上げるとすれば、手元に俺がプレゼントしたブレスレットが見える位置にあるということだけだ。
「私は陛下ではなく、ファレス様に忠誠を誓った身。ならば、この恰好こそ私の正装と言えるかと」
ここまでの強い意志を向けられて断るような俺ではない。
エドワード伯爵がさらに面倒になりそうだが、それは甘んじて受け入れるとしよう。
「そうか。……では、行くとしよう」
「「「「はい」」」」
こうして俺たちは迎えの馬車へと乗り込み、王城へ向かった。
◇◇◇
王城についたのは夜のとばりが降り始めた頃合いだった。
それに合わせたかのようにいつも以上に静かな王城の普段は足を踏み入れない方向へ、案内について進んでいく。
案内人が足を止めると俺たちの方を振り返り少々お待ちくださいと言って、目の前の部屋に向かって声をかけた。
「帝国侯爵家が一翼、アゼクオン侯爵家のファレス・アゼクオン様御一行が到着されました」
……まるで当主を迎え入れるかの如く歓待の仕方に、流石の俺も若干の緊張を覚え、唾を飲み込んだ。
「うむ、入れ」
中からは陛下の静かな声が聞える。
そして同時に内側から扉が開かれた。
案内人は傍に控え、俺たちに向けて頭を下げる。
さぁ、今回の任務の締めくくりだ。
終わり良ければ総て良しとはつまり、終わりが失敗すれば全てが水の泡であるという証左でもある。
ここが大一番。
水竜戦以上に気合いを入れて、俺は会場へ一歩足を踏み入れた。
全員が会場に入ったことを確認したあとで口を開く。
「帝国が太陽、モラク・ルー・グラーツィア皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。この度は晩餐会への招待、身に余る光栄と存じます」
俺の挨拶に続いて後ろで四人も頭を下げた。
「うむ、余の想像以上の成果を持ち帰ったと聞いている。有能な家臣には相応の褒美が必要だからな。さぁ、いつまでそうしておる? 席について余に詳細を聞かせよ」
楽しそうに、だが確かな威厳のこもった声で陛下が俺たちを促した。
「仰せのままに。失礼いたします」
用意された席へと足を向ける。
困ったことに、俺に用意された席は皇帝の正面。
そもそも皇帝その人が俺たち国民と同じ食卓を囲むこと自体、とんでもない事態だと言うのにまさかその正面とは……。
だが、もう引き返すことは出来ない。
背筋に一筋の汗が流れるのを感じながら俺は皇帝の正面へ着席する。
俺が座るとサラ、クイン、サン、レドの順番でそれぞれ席に着いた。
「さて、皆揃ったことだ。今宵の宴を始めるとしよう」
俺たち全員が席に着くと陛下が口を開き、グラスを掲げ、こう言った。
「我が国の新たなる才能の開花に乾杯」
そう言いながらも、陛下の琥珀色の瞳が鋭く俺を射抜く。
こうして俺にとっては最大の鬼門である晩餐会が始まりを告げたのだった。




