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第四十四話 皇帝への報告②

 サラより一足先にサンが談話室へ戻って来た。

 

「あっ! サン! どこに行ってたの!」


 すると扉の音を聞くや否やそちらへ振り返ったクインが、まるで大型施設ではぐれていた子供を見つけた親のような口調でサンを問い詰める。


「うぅ……ごめんなさい。ちょっと探検したくなっちゃった」


「探検って……ここはファレス様の、アゼクオン侯爵家のお屋敷なのよ? おとなしくしてなきゃだめって言ったでしょう?」


「ごめんなさい……」


 ううむ、ついこの間までの自信なさげなクインはもうどこにもいないのかもしれない。

 この調子じゃあ、原作のクインに今のクインが追い付くのも時間の問題だろうな。


「申し訳ございません。ファレス様」


 俺が原作のクインと今のクインを比較しているとは露しらず、俺に頭を下げてくるクイン。

 別に子どもが知らないところを探検したくなるのは当然の感情なので、何も気にしていないのだが、まだ十一歳でしかない俺が子どもについて語るというのもおかしな話。


「気にするな」


 とりあえず、これ以上は触れないことにした。

 変なところから転生バレして妙な勘繰りを受けるのはごめんだからな。


 と、そうこうしているうちにサラも戻って来た。


「お待たせいたしました。ファレス様」


「ああ。では、飲みながらサンをどうするかについて再度話し合うとするか」


 サラが淹れてくれた紅茶を一口飲んで、話を戻す。

 隠せない以上報告するほかないのだが、俺としてもサンに死んでほしいとは思わない。

 そもそも『マーチス・クロニクル』の廃ゲーマーである俺がこんな心躍る新要素を消したいと思う訳がないのだ。

 いくらソロプレイヤーで、ゲームの話をするような友人がいなかったとは言え、人化する竜なんてキャラクターが登場していればSNSやらで確実に話題になっていたはず。


 どういう影響を与える存在かという不確定要素を加味しても、俺の脳には排除の二文字は浮かばない。


「ファレス様、そのことについて一つご提案が」


 こういう場では基本的に自分から話すことのないサラが珍しく挙手してきた。


「なんだ?」


「サンの力についてなのですが、かなり高水準の水属性魔法を扱えるようです。ですので、皇帝陛下にサンの有用性を示すのはどうでしょうか?」


「なるほど。確かに水竜の水属性魔法の有用性は間違いないだろうな」


 だが、それでは皇帝の下でいいように使われる未来になりかねない。

 どんな経緯があってサラがサンの魔法能力を知ったのかは知らないが、サラが俺に役立つと言うほどなのだ。

 その腕は水竜という名に恥じない、かなりの物なのだろう。

 

「サンは水ならなんでも操れるよ! この紅茶とかも!」


 俺の言葉を褒められたと取ったのか、得意げなサンが自分のカップの紅茶を指さすと、その紅茶が水の球として浮かび上がり、星やハートなど様々な形に姿を変える。


「……! 自ら生み出した水以外にも干渉できるのか」


「うん! 水ならなんでもできるよ!」


 ……これはとんでもない能力だ。

 魔法は便利な力だが、自然に逆らうことは基本的にできない。

 だから、地震を土魔法で止めることは出来ないし、津波だって水魔法で抑えることもできない。

 だが、サンにはそれが可能だと言っているのだ。


 ……本当ならば有用どころの話ではない。

 もし、仮に先の地震でノウ領を襲ったような津波を人為的に引き起こせるとしたら、サンの扱いは珍しい生物から兵器へと大幅にランクアップする。

 

 そしてなにより――


「それは……皇帝に知られれば、間違いなく陛下の元、厳戒態勢で管理されるな」


「そうですな……サンの力は簡単に歴史を変えられるほどの物です」


「と、すると陛下に有用性を示すというのは難しいですね」


 俺の言葉にレドが同意し、明確な脅威であると断定する。

 まさにその通りなのだ。

 水は人間が生きるうえで必要不可欠なもの。

 魔法で水を生み出せるこの世界だって、自然に流れる水や雨の重要性は変わらない。

 そんな水を司る水竜……さすがは海の神と呼ばれる存在名だけはあるということだ。


「そんなっ!?」


 俺とレドの発言にクインが顔色を青くする。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」


 そんなクインを、よく状況を飲み込んでいないサンが心配そうに覗き込み、その腕にヒシっと抱き着いた。

 そして二人して潤んだ瞳を俺に向けてくる。


 ……ううむ、色々な点を抜きにしてもこの二人を引き離すのは気が引けるな。

 ここは一か八か、あれを試すか。

 人化した時点でなんとなく避けていた方法だったのだが、本質は竜なのだ。

 ならば、『怠惰』のもう一つの力が使えるかもしれない。


「一つだけ、可能性がある」


「本当ですかっ!?」


 藁にも縋るとはまさにこのこととでも言うかのような表情のクイン。


「ああ。サンを俺の従魔にするという方法だ」


 サン以外の三人の表情が変わる。

 レドの表情は難しいものに、サラの表情は妬ましげなものに、そしてクインの表情は満面の笑みに。

 ……え?


「サン、いいわよね? 是非、そうしていただきましょう!」


「うん! よくわかんないけどお兄ちゃんの従魔? だったらいいよ!」


 ……え? 軽すぎませんかね?

 いや、サラの表情も大概おかしいとは思うけど、クインさん?

 一応、サンを俺が貰うって言ってるんですが? いいの?


「あの、ファレス様、サンを従魔にしてからも定期的に合わせて頂けますか?」


 申し訳なさそうな表情で控えめに聞いてくるクイン。

 だが、俺からしれ見れば、あ、それでいいの? と拍子抜けするほどである。

 というか恐らくサン程の魔法生物なら俺と離れた位置でも余裕で生活できるだけの余裕があるはずだから、住む場所とかは変える必要はないんだけど。


「……無論だ。出来る限り、サンにはスペーディアで生活して欲しいと思っているしな」


「ならば、もう何も要望はございません! よかったねサン!」


「うん!」


 ……いや、まだ成功するとは言ってないんだけどね?

 まあ、原作ファレスなら自分が失敗することなんて考えないだろうし、俺の今のスペックがあればそれは傲慢でも何でもなく事実だとは思うが。


「よし、では手早く済ませるとしよう。サン、こっちへ来い」


「はーい!」


 タタタっと、楽し気に駆け寄ってくるサン。

 普通ならあんまり喜ばれることではない気がするんだが……まあ、いいか。

 俺の前で立ち止まったサンの頭に手を乗せる。


 今から使う『怠惰』を用いた契約は従来の従魔契約に用いられる無属性魔法とは少し異なったものだ。

 魔法生物と心を通じ合わせるような魔法がこの世界での従魔契約での主流。

 だが、『怠惰』の魔法は夢を見せ、それによって対象を操るというものだ。

 

 よって俺とサンの心が通じ合うとか、そう言うことはない。


「サン、これからお前は俺の命令以外で地形を変えてしまうような大きな力を行使することを禁じる」


 俺はそう宣言し、『怠惰』の魔法を発動した。

 するとこの魔法は楔として、サンの中へ打ち込まれた。


『怠惰』による契約とは、契約とは名ばかりの強制である。

 禁を破ると直ちに『怠惰』の魔法が効果を発揮し、その時点で自由意思を奪われる。

 特に今回のような合意の上での契約の場合、その強制力は計り知れない。


「わかった!」


 だが、そんなことは全く気にならないとばかりに笑顔を向けて、乗せられている俺の手へ頭をぐりぐりとこすりつけてくるサン。

 どうやら楔を打ち込んだだけでは、サンには特に影響がないようだ。

 これでは成功かどうかの判定が難しいが、まあ、『怠惰』はしっかり発動されたし、大丈夫だろう。

 あとはこの魔法が効果を発動しないことを願うばかりだ。


「ほう……見たことのない従魔契約の方法ですな。さすがはファレス様、博識でおられる」


「……二十七、二十八、二十九……ああっ! ファレス様に頭を三十秒以上も!!」


「良かったねサン! これでもう心配ないね!」


 そしてそれを見ていた三人も三者三様の反応を見せる。

 ……どうやらレド以外はもうすでに、魔法への興味を失っているらしい。

 まあ、変に疑われないに越したことはないか。


「さて、これで目下の問題は片付いた。もうしばらくしたら王都へ向けて発つ」


「「はい」」

「承知しました」


 サンの頭から手を降ろしつつ、そう言う。


 これでサンの件の言い分も出来た。

 さっさと報告も終わらせて、便利だが重すぎる皇帝の名代という名前ともおさらばさせてもらおう。


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