第四十三話 皇帝への報告①
各話タイトル制を止めました。
ノウ領から戻って来て一日。
俺はサラとクイン、レドを連れて、今度は王都へ報告に行く準備を整えていた。
本来ならば、優秀な侍従たちが作ってくれた報告書と共に俺が話すだけであるため、わざわざ準備するほどのことでもないのだが、一つ処理に困る問題があった。
「ファレス様、サンはどうしましょう?」
我が家の談話室にて、向かい合って座るクインが切り出した。
そう、処理に困る問題とは正しくサンのことである。
水竜の子供であるサンはどういう訳か今は人化しているが、再び何かをきっかけに暴走でもしてしまった場合、今度はノウ領ではなく、アゼクオン、延いては帝国に甚大な被害を及ぼしかねない。
どうにもクインが鎮める力を持っているようだが、それがどこまで有効かというのは不明瞭だ。
いくらあの皇帝が愉快な人物だとしても、帝国を統べる長であることに違いはない。
そんな危険を易々と野放しにしておこうとはしないだろう。
「皇帝陛下は度量の深いお方でいらっしゃいますが、その一方で鋭く冷たい面も持ち合わせております。隠すというのは難しいでしょうな」
苦難する俺の表情を見ながらレドも同意見だと頷いている。
さて、どうしたものか。
もう時間がないと言うのに……。
考えながらふと、部屋中を見渡すと彼女の姿がないことに気が付いた。
「……そう言えば、渦中のサンはどこへ行った?」
「……あれっ!? サン! どこに行ったの!?」
俺に言われるまでクインも気がついて居なかったらしく、サンの姿がないことを確認した途端、顔色を変えた。
「どうにも、サラ様について行ってしまわれたようですな」
焦るクインをたしなめながらレドが言う。
「そうか……サラとサンに特別交流はなかったと思うがどういう風の吹き回しだ?」
「分かりません。ご迷惑をかけていなければいいのですが……」
不安げな表情のクイン。
この様子からもわかる通り、あれ以来サンはスペーディア家の方で面倒を見てもらっている。
クインの方に姉的な感情が芽生えてしまったようで、自分からサンの面倒を買って出たのだ。
まあ、サンもクインには懐いている様だったし、俺としては特に言うことはなかったのだが、何となくサラとサンの組み合わせについては……あまり良くない気がする。
「サンもある程度の常識はあるようですし、ご迷惑にはならないかと……。ただ、サンがサラ様について行かれた理由は分かりませんな」
「ふむ……まあ、サラにも紅茶の用意を頼んだだけだ。サラについて行ったのならば、もうすぐ戻って来るだろう。それよりも皇帝にサンのことをどう伝えるべきか、何か妙案はないか?」
ただ、報告に向かうまでに、もうあまり時間がなくより重要な問題が残っているため、俺の嫌な予感は脳内の奥の方へ転がり落ちていった。
◇◇◇
「私としたことが、談話室に常備しておいた紅茶を切らしていることに気が付かないとは……。どうにもノウ領への遠征で予想以上に体力を使ってしまったようですね」
早足気味に厨房へ茶葉を取りに向かいながら、サラは自分の失態を悔いていた。
ただでさえ、サラは最後の戦いにてファレスより先に倒れるという失態を演じ、気を失っている間には恐らく恋敵であるクインに活躍の場を譲ってしまった。
そのおかげで二度目の同衾という機会に恵まれたという不幸中の幸いこそあったものの、サラとしてはかなり非常事態だ。
「それに……サンという水竜の少女。彼女は危険です」
ファレスの近くにいる女性はサラを含めて皆ファレスより年上だ。
サラは同学年だが、年下ではない。
そんな状況に現れた、年齢不詳の少女サン。
「あろうことか、ファレス様をお兄ちゃんと呼ぶ始末。うらやま……許しがたい発言です」
ぶつぶつと私怨百割の恨み言を呟きながら歩くサラ。
こういう状態のサラはアゼクオンでは偶に(よく)見られるため、アゼクオンに仕える者であれば皆そっとしておくのだが、今回は違った。
「メイドのお姉ちゃん。サンがどうかしたの?」
「きゃっ!?」
突然背後から声をかけられたサラは年相応のかわいい悲鳴を上げた。
「サ、サン様、クイン様の下にいたはずでは?」
完全に意識の外から話しかけられ、一瞬取り乱したサラだったがすぐに冷静さを取り戻し、落ち着いて聞く。
「うん、クインお姉ちゃんのところにいたけど、メイドのお姉ちゃんが外に出たからついてきた!」
元気いっぱい! という言葉がこれ以上ないほどに合う様子で答えるサン。
「そ、そうですか。私はこれから紅茶の準備をして戻るだけですので、サン様は先に戻っていてはどうでしょう?」
先ほどまではサンのことをかなり警戒していた様子だったサラだが、天真爛漫なサンの笑顔にあてられて、その警戒心はかなり薄れているようだ。
「えー、メイドのお姉ちゃんについていく!」
「……分かりました。ですが、別段特に面白い物でもありませんよ?」
「うん!」
流石のサラも子どもの扱いには慣れていない。
このままぐずられてファレスを待たせてはいけないと、先ほどまでの警戒心はどこへやら簡単に同行を許した。
「ねぇねぇ、メイドのお姉ちゃん」
「……私の子とはサラと呼んでいただいて構いませんよ。それで、なんでしょう?」
サラは慣れた手つきで茶葉をこしながら、くいくいとスカートの裾を引っ張るサンに聞き返す。
「わかった! サラお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好き?」
「はいっ!? あっ……!」
突如サンの口から飛び出した衝撃的な言葉に、またも素っ頓狂な声を上げてしまうサラ。
それに今回は手を滑らせて、ティーポットを落としてしまった。
「危ないっ!」
何とかティーポットの落下をキャッチして受け止めたサラだったが、ポットの中の熱湯まではどうすることも出来ず、来る熱さに身構えていると、サンが何やら魔法を使うのが分かった。
思わず目を閉じてしまったサラだったが、どれだけ待っても熱湯がサラに襲い掛かることはなく、恐る恐る目を開けてみるとそこには不自然な状態で動きを止めた熱湯としたり顔なサンがいた。
「危なかったね、サラお姉ちゃん。でも、サンは水竜だから水を自由に操れるんだよ!」
まるで何かしらの芸術的なオブジェのような状態で停止している熱湯が、するするとポットの中へ戻って行く。
「……ありがとうございます」
「ううん、サンがびっくりさせちゃったから、ごめんなさい」
「いえ、メイド足る物どんな時も動じないことが求められます。ただ私が未熟だっただけです。ですのでサン様が謝られる必要はありませんよ。それで、ファレス様のことが好きかどうかというお話でしたね?」
素直なサンの様子を見てか、サラも向き合う気になったのだろう。
今度は一度ポットを置いて、サンに向き直り、再度聞く。
「うん」
「ならばそれはもちろん、はいと言うほかありません。ファレス様は私のすべてですから。あのお方の害になろうものはすべて排除する。そんな気持ちです」
「やっぱりそうなんだ! あの黒い蛇みたいな魔法もそんな感じだったもん!」
サンはサラの少々重すぎる感情へは大した反応を見せず、予想通りというかのような反応を見せる。
「私の魔法が、ですか?」
「うん! あの時はサンも悲しくて悔しくて怒ってたからちゃんと覚えてるわけじゃないんだけど、何となくそれがお姉ちゃんの力の元なのかなって」
「ファレス様への感情が私の力の源……」
幼さ、無邪気さがあるからこその偶然なのだろうか。
なかなかどうして的を射た発言だった。
「でもね、そう言う力は強いけど危ないんだって、サンのお母さんが言ってた。だから、サラお姉ちゃんはこの前のサンみたいにならないように気を付けてね」
「……はい。分かりました、ありがとうございますサン様」
「うん! じゃあ、サンは先に戻るね!」
そしてそれだけ言い終えると足早に去っていくサン。
「……もしかして、それを伝えるためにわざわざ? 子供とはいえ、さすがは賢いと名高い竜ですね……。何をどう気を付ければいいのか、具体的な部分は分かりませんが、用心するに越したことはないですね」
最後に見せた真剣なサンの顔を思い出しながら、自分にそう言い聞かせ、少しの感傷に浸るサラ。
だがすぐに仕事に戻り、手早く紅茶を淹れると人数分のカップを用意し、ファレスたちの元へ戻った。
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