第四十二話 俺の物語
その光景は前世を含めた今まで見てきたものの中でも、群を抜いた美しさを誇る景色だった。
触れる者すべてを飲み込んでしまいそうだった水竜が、その中核から全身を純白に染められていく。
時刻はちょうど正午付近、真上に昇った太陽が美しき白竜を照らし、輝きを放つ。
しばらくするとその竜は弾けるように形を失っていき、体を構成していた輝くまでの水は飛沫となってクインファレスへ降り注ぐ。
そしてその中心からは、最も強い光を放つ少女と、そんな少女に抱かれた水色の髪の少女が揺蕩うように降りて来た。
この光景はさながら天使の降臨のようである。
だれもが呆気にとられ、その光景に立ち尽くしていたが、一足先に状況を飲み込んだレドがクインの下へ駆け寄った。
「クインっ!!」
自分の立場など関係ないと言わんばかりの形相と口調で叫び走る。
「ああ、レド。心配をかけてしまいすみません」
仰向けに倒れ、少女をその胸に抱いたままクインは、顔を覗き込んだレドの頬へ手を伸ばした。
すると途端にレドの表情からは強張りがとれ、いつも通りの穏やかで紳士的な彼に戻った。
「もう、こんなご無理はなされませんよう」
「はい、気を付けます」
そう言いながらクインは水色の髪の少女を抱きかかえたまま起き上がり、俺の方を向いた。
「ファレス様、貴方様の命の下このクイン、水竜の浄化を成し遂げました」
満面の笑みとはまた違った聖母のような穏やかな笑みでそう報告してくるクイン。
俺は完全に意識を失ってしまったサラを甲板にゆっくりと寝かせると、クインに向かい合いこう応えた。
「ああ、よくやった。お前のような部下を持てたことを誇りに思うぞ」
「はいっ!」
今度こそ、いつものクインのままの満面の笑みだった。
それを確認すると今度は船の方を振り返り、腰に下げていた剣を掲げた。
「我、ファレス・アゼクオンの名の下に宣言する! 海の神の脅威は去った! 我々の勝利だ!!!」
すると一拍遅れて船内から――
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
大海をも揺るがしそうなほどの歓声が響き渡った。
ふぅ……これで、終わりだな。
俺はどこから出したのか早くも酒盛りを始めた船員や騎士共を傍目に見ながら、サラを抱えて船室に戻った。
水竜の件についてはクインから報告してもらう必要がありそうだが、クインが抱えていたあの少女が水竜だというのなら、おそらくもう大丈夫なのだろう。
「さて、と」
サラをベッドに寝かせ、俺もそのままベッドに腰かける。
「これで戻ったら、王都でまたあの皇帝に報告か……報告書を作っておかないとな。だが、今は少し……」
抗い難い眠気に体が蝕まれていく。
「ああ、今日は良き日だ」
任務を終えた清々しさを感じながら、俺もそのまま眠りへ落ちて行った。
◇◇◇
「うっ、くぅ……はっ! ここはっ!?」
鈍い頭痛を覚えながら私が目を覚ましたのはファレス様の船室だった。
漁船だと言うのになぜかこの部屋だけは客船のような作りなのだ。
……その部屋に、私が?
ようやく頭が回転してきた私はベッドから飛び起きようとして、何とかギリギリ体を止めた。
「………………」
「……っ! ぇっ……」
声にならない悲鳴、いや歓声を上げる。
何と私の隣でファレス様がお休みになられていたのだ。
……おそらくだが、ファレス様が戦闘中に倒れた私をここまで運んでくださり、そのまま連日のお疲れもあってお休みになってしまったのだろう。
まさか、ファレス様の貴重なお休みシーンをここで拝むことができるとは……。
それも同じベッドという最高過ぎるシチュエーション!
………………。
どうしよう、一生見ていられる。
だが、幸せな時間はそう長くは続かない。
コンコンコンと三度のノック音が響く。
「ファレス様、いらっしゃいますか? クインです。諸々のご報告に参りました」
「……」
どうやらクイン様が報告に来たらしい。
そう言えば戦闘の方はどうなったのだろう?
さすがに無視をするわけにもいかず、ファレス様の代わりに私が応対する。
「クイン様、ファレス様は現在お休み中ですので、報告でしたら私が」
私は部屋の中を見られないようにサッと部屋を出る。
ファレス様の寝顔は死守しなければ。
そう思って、少し冷たい態度で出て行ったのだが、
「おやすみ中でしたか……では、そうですね。先にサラさんにはお話しておきます」
「ありがとうございます。恥ずかしながら途中で倒れてしまったようなので……」
「恥ずかしがることではないと思います。サラさんは立派でした!」
……ん?
なんだかクイン様の様子が違う?
普段はおどおどして、私には少なからず苦手意識を抱いているのだと思っていたが、今はまっすぐに私を見て、何だか自信もありげだ。
「そう、でしょうか? そういえば水竜はレド様が?」
違和感を覚えつつも報告の方に話を移す。
やはり一番気になるのは水竜のことだ。
まずはそれについて聞いてみたのだが、
「いえ、あの子は――」
「お姉ちゃん! どこー!」
私の質問に答えようとするクインの声に被せるように聞き覚えのない声が耳に届いた。
……私はこう見えてもエバンスの直系として育てられている。
一度でもかかわったことのある人間の声ならば、余程のことがない限り、忘れることはない。
だが、この声には全く聞き覚えがなかった。
「誰っ!?」
すぐに臨戦態勢に切り替える。
今のファレス様はお休み中、私が守らなければ……そう思ったのだが。
「あ、違うんですサラさん! あの子は」
「あ! お姉ちゃんいたー!」
その声の主はクインの姿を見つけるや否や彼女に飛びついた。
私の脳内には大量の?マークが浮かび上がる。
「……クイン様、妹君がおられたのですか?」
目の前の光景をそのまま口に出すことしかできなかった。
どういうことだ? スペーディア家の子供はクイン様だけだったはず、……とすれば、エバンスのように養子をとっている?
いや、でもそもそもこんな子供……身体的に見れば自分と変わらないくらいの体格だが、こんな幼い精神性の子供は今回の任務にはついてきていなかったはず。
そしてすぐに私の脳は状況を理解しようと情報の整理を始めたが、やはり思い当たる人物は存在しない。
すると――
「いや、違くて、この子は……」
「サンはね、お姉ちゃんの妹だよ?」
再度クイン様の言葉を遮って、綺麗な水色の髪を持つ少女はサンと名乗った。
「えっと……?」
「す、すみません! この子があの水竜なんです! 私の魔法で浄化したときに私が自分のことをお姉ちゃんと言っていたら、どうにも懐かれてしまって……」
「この子が……水竜?」
「そうだよ! サンは水竜!」
……ちょっと待ってほしい。
一体私が気を失っている間に何があったのだろうか?
あのおぞましい竜がこんなに爛漫とした子供だったと?
「お姉ちゃんも覚えてるよ! 真っ黒な蛇みたいなのを使ってた!」
サンと名乗った少女はどうにも私の『嫉妬』の魔法を知っているらしい。
……つまり、この子は本当に水竜だということ。
「そ、そうですね。私はサラと言います」
「サラお姉ちゃんだね! サンはサンだよ!」
まだ理解しきれていなかったが、そのすべてを照らさんばかりの明るさの前では、理解など些事に思える。
「……すみません。ファレス様がお休み中だと言うのにうるさくしてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。ご報告ありがとうございます。ファレス様が起床なされたら、お伝えしておきます」
「はい、お願いします」
竜が人になるなんて聞いたことがない。
だが、あの少女は間違いなく人であり、そしてあの水竜だったのだ。
……これもまたファレス様の大いなる器がもたらした奇跡なのかもしれない。
サラは非現実的なこの現象を、ファレスという圧倒的な存在をかぶせることで無理やり理解することにした。
◇◇◇
俺は船が停止した音でようやく目を覚ました。
「……サラは?」
そして隣を見ると寝かせていたはずのサラの姿が見えず、そう呟く。
「ここに」
すると、部屋の入口の方からサラの声が聞えた。
「……起きたのか? 調子はどうだ?」
「おかげさまで、問題ありません」
「そうか……ちょうど沖に戻ってきた頃合いか?」
「はい、丁度お声がけしようと思っていたところです」
ほう、ならばちょうどいい頃合いに起きられたみたいだな。
だが、疲れでそのまま寝てしまうとは……やはり、まだ体力面は課題だな。
そんなことを思いながら起き上がり、外套を羽織りなおす。
「さて、では凱旋と行くか」
「はい、お供いたします」
とりあえず、これでノウ領での任務は完全に終了だ。
結果的にクインを連れてきて本当に良かった。
詳細はまだ聞いていないから知らないが、水竜戦において最も活躍したのは間違いなく彼女だろう。
さすがはファレスルート最初の難関。
味方につけることができて本当に良かった。
船室を出て、降船口に向かいながら振り返る。
不遇な俺にも幸運が向くこともあるんだな。
降船口の前まで行くとクインにレド、水色の髪の少女がこちらを見て待っていた。
「ファレス様!」
そして俺を見つけるや否やこちらに駆け寄ってくる。
「クイン、レド、良い働きだったぞ」
「もったいなきお言葉」
「ありがとうございます!」
俺の労いに二人が頭を下げて反応すると水色の髪の少女がそれを不思議そうな目で見ていた。
そしてその目線は俺に移り、何かを思い出したかのような顔をしてこう言った。
「あ! 怖いけど優しいお兄ちゃんだ!」
「……は?」
「ちょっと、サン! ファレス様になんて口を!」
一瞬で顔色を青くしたクインがサンと呼ばれた少女を取り押さえようとするが、サンはそれをするりと躱し、俺の胸に飛び込んできた。
「お兄ちゃんもありがとう! ちょっと怖かったけど優しいのもサンには分かったよ!」
なるほど……。
「……そうか」
どうやら俺の言葉もちゃんと水竜には届いていたようだ。
別に感謝をされるのにはもう慣れてしまったが、彼女のようなまっさらな少女からの感謝は普段俺が受けているものとはまた違って気持ちのいいものだった。
これでは不遇を名乗るわけにはいかないな。
仲間からの信頼と尊敬の眼差しを受け、そんなことを思う。
これだけ支えてくれる人がいる。分かってくれる人がいると言うのに不遇を名乗っていたら原作ファレスに殺されてしまう。
ああ、これはファレスというキャラクターとしてこの世界を生きる俺の物語なんだ。
「さて、民を待たせるわけにはいかない。行くぞ」
サラ、クイン、レドに加えて、さらにサンを引き連れて、俺は大声で騒ぎ立てる騎士や侍従、ノウ領の人々の喝采を浴びながらのその中へ歩みを進めた。
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