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第四十一話 【Side:クイン】慈愛のクイン・スペーディア

 私たちの目の前に現れたそれはどんな物語で読んだ怪物よりもさらに大きな姿をしていた。

 普段の私なら驚き竦み上がって、何もできなくなっていただろう。

 でも、彼らは違う。

 圧倒的な自信と確かな実力を備え、齢十一にして皇帝陛下より名代を賜るほどのファレス様。

 そんなファレス様の行かれる道を一歩後から決して離れずついて行くサラさん。


 一欠片も怖気付いた様子を見せない彼らに私の足も自然に動かされた。


 戦いは苦手だった。

 どうして傷をつけ合う必要があるのだろうといつも思っていた。

 でも、そんな私でも目を背けられないほど、その二人の戦いは私に強く、強く焼きついた。


 そして同時に、彼らに並びたいと私は物陰から強く思った。


 そんな時だった、私の耳に聞きなれない声が届いたのは。


「憎イ、憎イ! 海ヲ我ガ物顔デ荒ラス人間共ガ憎イィッ!!!」


 その声は酷く痛ましく、悲痛と呼ぶのが相応しい絶叫だった。

 ファレス様たちの魔法やレドの攻撃を受け、苦しそうにしながら、それ以上に強く人間を憎む憎悪の叫び。

 そう、私に聞こえたのは目の前の水竜の声だった。


 すぐにファレス様に報告しようと思ったが、どうやらこれが聞こえているのはファレス様の手袋を通じてらしい。

 どう言う訳かわからないが、私にはそれが分かった。

 そして同時に、ファレス様がこの水竜を倒すのではなく、どうにか救おうとしていることも伝わってきた。


 

 今日まで、私は初めての事だらけの、このノウ領での日々で色々なことを経験した。

 そして、改めてファレス・アゼクオンという人物の凄さを味わった。

 でも、そんな彼が私を認め、ナンバーツーという大任を任せてくれたのだ。

 だから、あまり役に立たないかもしれないとは思いつつもこの船に乗せてもらった。

 もしかしたら、もっとできることがあるかもしれないから。


 ファレス様の役に立ちたい、その感情が私の中ですごく強く、大きくなった。

 その時、私の体に今まで感じたことのない力が湧き上がってくるのを感じた。


 その感覚は私がずっと願っていたもの。

 初めてのことや慣れない環境でも、ファレス様に言われた通り、あれからずっと続けてきた結果だろうか。


 溢れんばかりの力の奔流――魔力覚醒が起こったのだ。

 あいにく、その瞬間を誰かに見てもらうことは出来なかったが、この力なら私もファレス様のお役に立てる!

 そう確信した私は見たことのないくらい集中しているレドを呼び止めた。


「レドっ! 止まって!」


 レドは何事かとすごく驚いた表情をしていたが、私はレドにそこで待っていてもらうように手で示し、水竜に向けて歩き始めた。

 一歩、また一歩と近づくたびに水竜、いや、彼女から辛く苦しい感情が伝わってくる。

 気がつけば私は涙を流していた。


 私が歩く後ろではファレス様が再び何かをしようとしているのが伝わって来た。

 でも、私はそれも止めてもらった。

 どうしてこんなに自信が湧くのかは分からない。

 でも、この子の問題は私が解決したい、私なら解決できると確信していた。


 ファレス様は少し迷った様子を見せられたけど、すぐに私を送り出してくれた。

 だから――


「必ず、あなたに成功を捧げます」


 こんな宣言をすることができた。


 それからはレドとファレス様がなにやら言い争いをしているようだったが、そちらのことはファレス様にお任せして、私は自分の中に生まれたこの力に集中した。

 一歩ずつ、水竜に近づくにつれて、私への圧力ともとれるような反発的な魔力で足が止まりそうになる。

 だが、そんな力を受けるたびに、この暖かな力が私を包み込み守ってくれる。


 大丈夫、今、助けてあげるからね。


 気が付けば私は水竜の頭の真下まで歩いてきていた。

 最後にもう一度ファレス様達の方を振り返ると、ファレス様はサラさんを支えながらも私の方をまっすぐに見つめてくれていた。

 そして――


「やって見せよ! クイン・スペーディア!」


 私に向けて最高のエールを投げかけてくださった。

 ファレス様に信用されている、頼られている、役に立てている。

 この実感は私に何よりの力を与えてくれた。


「はいっ!」


 そう返事をして、水竜の頭へ向けて手を伸ばす。

 すると私の全身を温かい水が包み込み、私は水竜と一体化をするかのように彼女の中に入り込んでいった。


「ここは……? 貴方の中なの水竜さん?」


 黒く淀み、染まり切った水竜の中で私はおもむろに話しかけた。


「……貴方ハ?」


 酷くかすれていて、弱々しい言葉。

 警戒心やマイナスな感情も感じられる。

 だが、確かに返事が返って来た。


「私はクイン、貴方を助けに来たよ」

 

 私はなるべく優しい口調で語り掛けるようにそう言った。


「……助ケテ、クレルノ?」


「ええ、もちろん。確かドラゴンハートを浄化すればいいんだよね?」


 優しい口調を受けてなのか、彼女の声に少しだけ希望の色が混ざったように思える。

 そして今まで気が付かなかったが、どうやらこの子は相当に幼いようだ。

 口調に幼さが出て来た。


「ウン、デモ多分、難シイ」


「大丈夫、お姉ちゃんを信じて! 何とかしてあげる! 案内してくれる?」


 そんな幼さを受けたからだろうか? 私の中の姉性が目覚めた。


「……ホント?」


「もちろん! だから貴方も自信を持つの。お姉ちゃんに任せれば大丈夫って、そうすればきっといいことがあるよ!」


 まさか私が誰かにこんなことを言う日が来るとは思わなかった。

 それもこれもファレス様のおかげだ。


 あの方が私を信じて多くのことを私に任せてくださった。

 だから、これからは私が恩返しをする番だ。

 そしてそれはファレス様だけに限る必要はない。

 ファレス様は自領はもちろん、こうしてノウ領の人々にまで手を差し伸べて見せたのだ。

 目の前の少女さえ、救えずしてあの方に恩返しなんて出来るはずもない。


 そんな希望を胸に精一杯手を伸ばす。


「……分カッタ。ジャア、オ姉チャンニ任セル。オ願イ」


 その言葉と同時に伸ばした手が何かに引かれ、私は水竜の体の中を流れて行った。


 水竜の身体を流れているうちに彼女の記憶が一気に私へ流れ込んでくる。

 どうやらこの子の親が少し前に亡くなってしまったらしい。


 増税に伴う海産物の乱獲、そしてそれは海の環境を著しく悪化させる結果となった。

 海の守り神のような存在だったこの子の母は、海の環境を守るために自らの命を削り、何とか海の状態を守ろうとした。

 しかし、急激に力と命を使ってしまったこと、さらなる増税でこの子の母が守り育てた海産物がことごとく取られてしまい、維持もままならずついに死んでしまったらしい。

 そのショックに加えて、付近からの邪悪な魔力に当てられ、この子は今のような状態になってしまったということのようだ。


「……大変、だったね」


 そんな記憶を見せられた私は内心複雑だった。

 もちろん、可哀そうだとか同情的な感情が大半だ。

 だけど、私の、私の家の生業は商業。

 間接的に見れば、私もこの子の母が命を失う原因になったと考えることもできる。


 きっと、ファレス様はこんなことでくよくよなさらないんだろうな。

 あのお方ならきっと、それが自然の摂理だと割り切って、過去は振り返らず、現状回復に努められるのだろう。

 ……でも、私は――


 そこまで考えた所で、目の前にはひと際黒く、どんよりと濁り切った両手の拳ほどの石? のようなものが現れた。


「もしかして、これがドラゴンハート?」


 彼女に声をかけてみるも反応がない。

 ……どうやら最後の力を振り絞って私をこのドラゴンハートの元まで送り届けてくれたようだ。

 最後のオ願イとは、そう言う意味だったらしい。


「出会ったばかりの私を信じてくれたんだ……。よし、絶対なんとかして見せる」


 信じること、信じられること、つまり信じあうことは私に大きな力を与えてくれる。

 私はファレス様やサラさんのように戦うことは出来ないかもしれない。

 けど、誰かに手を差し伸べることは出来る。


「今、助けるから!」


 胸の前で手を合わせ指を組む。

 そうして必死に祈りを込めて願った。


 どうか、この可哀そうな子の魂を負の感情から解放してあげて。


 すると、目の前のドラゴンハートに私の魔力がじんわりと浸透していくのが見える。

 だが、まだ足りない。

 この程度では浄化に何時間かかることか。

 そう思った私は自分でも無意識のうちにドラゴンハートを抱きしめていた。


「大丈夫、大丈夫だから。もう、海に悪さをする人はいないよ。だから、もう憎まなくても、怒らなくてもいいんだよ」


 その感情は『慈愛』。

 すべてを包み込む思いやりの感情が、淀み、濁り切ったドラゴンハートの色を明るい白で満たしていく。


 そして……。


「……アリガトウ、お姉ちゃん」


 気が付けばクインは甲板の上で自分と同じくらいの歳の少女を抱いたまま倒れていた。


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