第四話 竜皮の手袋
他の手袋と同じように並べられているが、俺にはその存在感を隠しきれていない。
周りのどれよりもシンプルで一見すれば目立たないその手袋。
俺も一昨日から吸魔を初めていなければわからなかっただろう。
おそらく普通の人間ではこの手袋に秘められた力を見抜くことは出来ない。
それほどの逸品だった。
俺たちに担当が割り振られた店員に声をかけようとすると、その店員は俺が何か言う前にショーケースの裏に回り、ごく繊細な手つきで手袋を取り出した。
「こちらの商品をご所望とお見受けいたしました」
おずおずと、だが、モノクルの奥に確かな自信を持って差し出されたそれを受け取る。
「……さすがはスペーディアの若き主。客をよく見ているのだな」
「……!? ……一体何のことでしょう?」
俺が見ていた手袋には気が付いたようだが、まさか自分の正体まで見られているとは思わなかったようだ。
隠そうとしているが、その動揺は隠しきれていない。
声こそ上げないもののサラも驚愕の表情を浮かべている。
まあ、その気持ちは分かる。
正直俺も驚いているのだ。
だが、最初に見たときの違和感が先ほどの動きで確信した。
この女性店員はスペーディア商会の次期代表クイン・スペーディアだ。
「我が領地でもっとも影響力のある商会の次期代表ともあれば、俺が知らない道理はないだろう?」
そう、このクイン・スペーディアこそファレスルートバッドエンドの最初の関門とも呼べる人物なのだ。
「……さすがはファレス様。御見それいたしました。ですが……」
「気にするな。余計な吹聴などするつもりはない。次期殿がいるとなれば面倒ごとが起きるのは間違いないだろうからな。それより、これを試してみてもいいか?」
あまり触っているのも悪いと思い、軽く手袋を眺めてから一旦返却しながら聞いた。
「感謝いたします。そちらについてなのですが、少々厄介な商品でございまして、こちらの別室にてお試しいただいております」
そう言いながらクインがショーケースの裏の何かを操作する。
するとただの壁だった場所が仕掛け扉のように開かれた。
「こちらへどうぞ」
「……ああ」
え、え?
隠し部屋? そんな設定あったっけ?
この店はファレスルート以外をプレイするときにも利用したことはあったけど、こんなの効いたことないぞ?
内心の驚きを隠しつつ、俺がその仕掛け扉を通ると当然のようにサラもついてこようとする。
だが、それをクインが遮った。
「何のつもりですか?」
「申し訳ございません。ですが、こちらへお通しできるのはご本人様に限られております」
「私はファレス様の護衛も兼ねているのですが」
「申し訳ございません」
どうやら堂々巡りになってしまっているみたいだ。
どうして俺しか通さないのかは不明だが、害意のようなものは感じないし、ここはサラを諫めるべきだな。
「……サラ、少し待っていろ。なに、これから戦いに向かおうという訳ではない。それに私用とは言え、ここで俺に何かあれば困るのは商会の方だろう? だからお前はここで好きなものでも見ていればよい」
「……かしこまりました」
不服という言葉を前面に表してはいるものの一応は納得してくれたみたいだ。
「ではファレス様、改めましてご案内いたします」
クインがサラに向けて一礼をすると、原作を知る俺でも知らない場所をクインは迷うことなく進んでいった。
秘匿のためなのかあるいは他の理由なのかは分からないが、薄暗くなっている中を歩いていくと、一見普通に見える扉に突き当たった。
そこでクインは何かを呟いてから扉を開く。
「おかけください」
その部屋はある意味でファレスに良く似合う部屋だった。
深紅のソファが向かい合い、目が痛くなりそうなほど煌びやかな装飾がなされたテーブルが間に置かれている。
壁には一対の双剣が交差するようにかけられており、まさに悪役の密談場所のような印象を受ける。
「まさか、スペーディア商会にこんな部屋があるとはな……」
「この部屋にお通しするのは確かな目利きを持って、特定の商品に目を付けたお方のみとなっております。どうか今後も、ご内密にしていただけますと……」
ほう……わざわざ特定のと付けている辺り、まだ他にもいい物があるのか?
それとも、これもフェイクで目利きが本当に正しいのかを確認しようとしているのか?
と、色々考えてしまうが、まあ今回に関しては俺は手袋しか見ていないし額面通りに受け取っても問題はないだろう。
「いいだろう。して、その商品の一つがその手袋なのだな?」
「はい、左様にございます。こちらはファレス様のお気付きの通り、竜皮の手袋になります」
改めて差し出されたそれを見つめる。
やはり、圧倒的な力を内包しているように感じられる。
「うむ、これが放つオーラはすさまじいな」
「流石にございます。私にはそこまでの魔力を感じることができません」
そうなのか?
でも、この手袋が特別だということを知っている以上、俺と同じレベルで魔力を感知できる人間が商会にいることになるのでは?
クインはプレイアブルキャラクターではないが、その優秀さはファレスルートで何度も味わっている。注意が必要な人物だ。
「それで、この手袋が厄介な理由はなんなんだ?」
「はい、実はこの手袋には意思のようなものがございます」
「意思? この手袋が勝手に動いたりでもするのか?」
「いえ、こちらの手袋は持ち主を選ぶのです。第一段階のテストとして自分を見抜けるもの以外には興味を惹かないようになっております」
……ほう、思いのほか面白い物に出会ってしまったようだ。
「なるほど、それで俺は第一段階のテストには合格したという訳か」
「いえ、それは違います」
「なんだと?」
……え?
拍子抜けしてしまい、素で原作ファレスのような反応をしてしまう。
だが、クインはそれを気にせず続けた。
「ファレス様はすでにこの手袋に選ばれております」
「……どういうことだ?」
「私にも魔力が見えるようになったのが、その証左です。ファレス様がいらっしゃるまで、私にはこれがただの手袋にしか見えませんでした。今までもこの手袋に興味を示す方はいらっしゃいましたが、今回のようなことは初めてです」
「なるほど。それで、その話を俺に聞かせた理由は?」
こんなこと、わざわざ言う理由はないだろう。
買い手に特別感を与えるだけが理由ならば、その前のテストの話しで終わらせてしまっていいはずだ。
一体なぜこんなことを聞かせたのか。
「……その指輪が理由でございます」
「ほう……気付くか」
「はい、これでも商会の跡取りですので、不人気であるにも関わらず高額なその指輪には見覚えがございました」
「だが、そうするとなおのこと分からないな。この指輪の情報はいわば俺の弱点だ。今後優位に商売をしていくにはそちらにとって切り札にもなりうる情報だと思うのだが?」
「……おっしゃることも一理あるかと存じます。ですが、我が商会の誇る用心棒がお認めになった貴方様ならば、そのような弱点を突いていく商売ではなく、信頼による関係を築いておくべきだと考えました」
「用心棒? ……出迎えに来た者か」
確かに所作がどことなく品の有る感じだったが、すごい人なのか?
「はい、彼は二世代前の剣聖に当たるお方です」
剣聖だと!?
聖の称号を賜る者は王だけでなく、教会からも認められている人物であるということ。
教会に実質的な権力はないが、聖という言葉の扱いに関しては聖の代名詞である聖者を擁する教会の顔を窺わずには使うことができない。
そんな大物だったのか……。
「……まさか剣聖とはな。俺のどこが剣聖殿のお眼鏡にかなったのかは分からないが、そう言うことなら納得しておこう」
「ありがとうございます。……差し出がましくも一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「ファレス様はその指輪に抵抗はないのでしょうか?」
「抵抗? 確かにないが、抵抗があるから手袋を買いに来ているとは思わないのか?」
質問の意図が読めない。
クインは何が聞きたいんだ?
「いえ、もし抵抗がおありなら最初から手袋をしていらっしゃるかと」
それは確かに。
でもウチの有能メイドサラちゃんが指輪をたくさん持ってきてくれたから……。
「そうかもな。まあ、言った通り、俺には吸魔の指輪に抵抗はない。俺の場合これがないと魔力覚醒が相当遅くなってしまうからな」
「……? ファレス様はご自分がいつ覚醒するかがお分かりになるのですか?」
「……そうだな、信頼に応えて一つ俺の持論を話そう」
どこがクインの興味を引いたのかは分からないが、今までで一番真剣な表情で俺を見ている。
俺はそれに応えるように話し始めた。
「俺は吸魔の指輪が劣等の象徴のように扱われている現状は間違っていると思うんだ。クインは魔力覚醒の条件に付いて考えたことはあるか?」
「はい……考えるというか、一定の魔力を吸収した頃に覚醒するのではないのですか?」
「ああ、それは間違っていない。だが、魔法の才能や実力には個人によって大きく差があるよな?」
「それはそうですね……」
「誰もが十二歳までに魔力覚醒を果たすのなら、似たような環境で過ごした物は皆同じような能力にならないとおかしいとは思わないか?」
「……確かに」
「だが、実際には差があるし、中には覚醒が遅い者も早い者も存在する。ということは、魔力の吸収効率やそもそも吸収できる魔力量が個人によって違っているとは思わないか?」
「……!」
クインがハッとしたような顔をする。
「この吸魔の指輪は吸収効率が悪い者や覚醒に至るまでの魔力が多く必要な者には、大いに役に立つ物だと俺は思っているんだ。実際に俺がそうだろう? 血筋的にも生活からしても、周りより俺が劣っているとは考え難い。だが、俺は十二歳を前にしてまだ覚醒には至っていない。ということは……」
「……吸収できる魔力量が多すぎるあまり覚醒に至れていないと?」
「その通りだ。実際に俺の吸魔は凄かったぞ。近くにいたサラが魔力の奔流に当てられて立っていられない程だった」
「……これは流石としか言わざるを得ません。まだ齢十一歳にしてそこまでお考えになるとは」
そう言うとクインはモノクルを外した。
すると彼女の指に見覚えのある指輪が出現する。
「……なるほど」
「実は私も吸魔の指輪を使っておりまして、ファレス様のお話に大変救われました。私は魔法の才には恵まれませんでしたが、この指輪に助けられたのも事実。これからは今のお話を胸に生きていこうと……」
「何を言っている?」
俺の話を聞いて、諦めがついたとでも言いたげなクインの話を強引に遮る。
「え?」
「クイン、お前の覚醒はまだ終わっていない。確かにお前の魔力吸収効率は最低のレベルだ。だが、まだ固有魔法には覚醒していないのではないか?」
「い、いえ。私は水属性に覚醒しています! ほら!」
そう言ってクインは手に水球を出現させてみせる。
だが、その水球はあまりに不安定で、今にも制御を失いかき消えてしまいそうだ。
「いや、お前のそれは覚醒した属性魔法とは思えない。お前のその魔法は努力の結果だ」
俺がそう言うとクインは目に涙を携えながら、怒りをあらわにした。
「私は覚醒した魔法で努力をしてこの程度なんです!!」
「いや、違う。よく見ておけ」
俺はクインがやったのと同じように手のひらを上に向けてそこに水球を出現させる。
「――!?」
「この通り、覚醒した属性でなくともこの程度の規模であれば才能のある者には使うことができる。安心しろクイン、お前は才能がある側の人間だ。今日から毎日精神を集中させて吸魔だけに費やす時間を作れば、来年までにはお前にも固有魔法が出現するだろう」
「……本当、なのですか?」
「ああ、俺を誰だと思っている。俺のプライドにかけて保証してやろう」
「……ありがとう、ありがとうございます! このお礼はいかようにも!」
「剣聖殿によろしく伝えてくれ。それを礼として受け取ろう」
それから興奮したり泣いたりと情緒がおかしくなったクインが落ち着くのを待って隠し部屋を後にした。




