第三十六話 ぶっ壊れ性能
どれくらいの時間が経っているのだろうか?
何とも寝心地の悪い地面が身体の節々を痛めつけており、諸々のやる気が出ない。
というか、俺は何をしていたんだ?
そんな疑問が浮かぶが、瞼が重たい……起き上がりたくない……。
だが、何となくごく至近距離で顔を見つめられているような妙な気配がして、重たい瞼をこじ開けた。
すると――
「おはようございます。ファレス様!」
「……!」
鼻の先がぶつかってしまいそうなほどとてつもない距離間で俺の顔を見ているサラがいた。
……いや、この距離じゃ顔も何も見えないだろうに、何をしてるのかなこの子は。
というか……。
俺はサラにぶつからないようにそっと体を下げると、未だにだるい身体を何とか起こして辺りを見る。
そこはおそらくここに倒れる前にも居たであろうノウ家の趣味の悪い訓練場。
そしてなぜか首がおかしな角度に曲がってしまっているクゾームの姿。
……なるほどなるほど?
「……サラ」
「はい!」
元気に返事をしてくれるのは良いんだが、これは一体何が起きているんだい?
「つかぬことを聞くが……そこに倒れているのはクゾームで間違いないのか?」
「はい!」
うんうん、そうだよね。
……いやなんで?
「サラがやったのか?」
「はい! ファレス様のご命令の通りに遂行しました!」
ん~してないんだよなぁそんな命令。
まあ、無事『怠惰』から抜け出せているようなので、良いのだが……いや、全然良くはない。
おそらく俺の予想が正しければ、この屋敷に住むクゾーム以外のすべての人間が『怠惰』の支配下にあったはず。
それがこの通り、同じく支配下にあった俺が解放されている。
と言うことは……。
この思考とほぼ同タイミングでそれは起こった。
「なんだぁっ!? この趣味の悪い絵画の数々は!」
「どうして調理場に甲冑が!?」
「いやぁぁぁぁ! なぜ!? 私はあんなに美人だったのに!?」
屋敷の至るところから聞こえ始めた怒号や驚愕の叫び声。
どうやらクゾームが意識を失ったことによって『怠惰』の魔法が一斉に解除されたらしい。
……ふむ、怠惰にそんな解除方法があったのか。
と、現実逃避したくなる己を叱咤し、この状況を打破する方法を全力で考える。
「騒がしいですね……ファレス様はお目覚めになったばかりだと言うのに。ファレス様、全員黙らせましょうか?」
「……いや、必要ない」
……サラちゃんや、いつからそんなバイオレンシーな思考を持つようになっちゃったの?
せっかく思考をフル回転させていると言うのに、いまいち状況を理解しているのかいないのか分からないうちの有能メイドさんのせいで、思考がまとまらない。
さすがにこの状況を見られるのはまずいんだが……。
その時、再び思考の渦に沈んでいこうとした俺の脳内に一筋の光が差し込んだ。
いや、悪いのはクゾームじゃないか。
そうだよ、俺は一体何を悩んでいたのか。
こんなの悩む必要なんて全くない事柄じゃないか!
全員が『怠惰』の支配下にあったのなら、俺たちはそれを助けた言わばノウ家の救世主。
ちょっとクゾームの首が大変なことになっているが、この家の全員を助けるには必要な犠牲だったことにすればいいし、最悪俺には「皇帝の名代」という最強の盾がある。
陛下の命で強硬策をとったとか適当に話を合わせておけば……うん、それで行こう。
もう、これ以上面倒ごとを増やしたくない。
というか、クゾームはクゾームで面倒で関わりたくないやつだが、この家は親も親で関わりたくない人種なのだ。
問題が片付いたのならさっさとお暇させてもらおうか。
ちょうどいいことに騎士たちが訓練場へ駆けこんできた。
「なっ!? なんだこのおかしな訓練場は!」
「お、おい! あそこで倒れてるのってクゾーム様じゃないか!?」
「はぁ? あの人が訓練場に来るわけ……って、おい! 本当じゃねぇかっ!」
「おい、貴様ら。貴様らはノウ家の騎士で間違いないか?」
訓練場やらクゾームの姿やらに驚いている彼らに先んじて声をかける。
「ええ、そうですが……そういうあなた様は?」
俺の姿から貴族らしきことは伺えたのか、騎士の一人がこちらに疑心の目を向けながらも敬語で反応する。
「俺はファレス・アゼクオン。皇帝陛下からの勅命によってこの地の復興に来た」
「アゼクオン!?」
「皇帝陛下の勅命!?」
俺の名乗りにテンプレのような反応を返してくれる騎士たち。
原作ファレスなら気をよくしていらないことまでぺらぺら話してしまいそうなノリの良さだ。
「貴様らは、自身がどんな状況に陥っていたのかを理解しているか?」
「い、いえ……恥ずかしながら……。自らの状況も屋敷の状況も何一つ理解できておらず……」
「そうか、いや、そうであろうな。貴様ら、今日がいつかは分かるか?」
混乱している騎士たちに不敵な笑みを見せつけながら質問を投げる。
「記憶の限りでは……帝国歴三百六十九年の……」
ふむ、レドの話は正しそうだな。
騎士の記憶は約二年前で止まっている。
つまりクゾームは魔力覚醒を果たした後すぐにこの家を乗っ取って好き放題していたという訳だ。
それでも、この領が持ちこたえられたのは一重に街の人々が優秀だったからに他ならないだろう。
「残念な話だが、今はもう帝国歴三百七十一年だ」
「「「なっ!?」」」
「貴様らは約二年にわたり、そこに倒れているクゾームの支配下に置かれていたのだ。何とも凶悪で強い魔法だろうな。だが、そのことに勘づかれた皇帝陛下と勅命を受けたこのファレス・アゼクオンによってクゾームの凶行はここに収束したっ!」
「「「おおぉ!」」」
「さすがはファレス様です!」
聞き役に徹していたサラまでもが反応に加わる。
空気を読んでくれたのか言いたかっただけなのかは定かではないが……まあ、どうでもいいか。
「後のことは分かるな?」
俺は尚も盛り立てようとするサラを手で制しながら騎士たちにそう聞く。
「はいっ!」
「それと、街が津波による被害を受けていることも伝えておく。だが、貴様らは先にこの家の問題を片付けよ」
「津波?」
「俺たちがおかしなことになっている間にいったい何があったんだ?」
「とりあえず、今聞いたことを伝えに行くぞ!」
こちらに頭を下げてそれぞれ走り出す騎士たち。
うむ、無能なのはノウ家の連中だけなようで大変良かった。
「さて、サラ。俺たちも戻るぞ」
「はい!」
最後にクゾームの様子をチラリと見てから、俺たちはノウ家の屋敷を後にした。
◇◇◇
「なぁ、サラ」
「なんでしょうか?」
日が暮れても律儀に待っていた御者に内心で感謝を伝えつつ、帰り道。
俺はサラにどうしても気になっていたことを聞いてみることにした。
「お前は『怠惰』をどう打ち破った?」
俺が気になっていたのは、言葉のままに怠惰のことだ。
あの魔法の催眠効果は尋常ではない。
使用者の能力次第で影響の与えられる範囲にこそ限りはあるが、その効力は絶大。
なにせ、魔力覚醒を果たし溢れんばかりの魔力を扱えるようになった俺ですら、ほぼ無抵抗で影響下に落とされてしまったのだ。
もし、この魔法の攻略方法があればぜひ知っておきたい。
だが、サラはキョトンとした顔をしてこう答えた。
「? ファレス様の想定通り、私の夢はこうして今もなお叶い続けておりますので、見せられる夢などないのです」
「……」
俺の想定通り? というサラの勘違いには触れないでおくとして……。
当然です。とでも言いたげな声音でとんでもないことを言ってくるなこの子は。
怠惰で見せられるのは自分が最も楽で最高な境遇にいる状態の夢。
それが現在進行形で叶い続けているから効かなかった、と。
「ふっ、流石は俺のメイドだな」
「! はい!」
俺の言葉に嬉しそうにしているサラの頭を軽く撫でながら思う。
この魔法の攻略法などやはりないのだと。
うちのサラちゃんがちょっと並外れた性能をしているだけなのだ。
考えてみれば、転生した俺以上に原作をぶっ壊しているのはもしかしたらサラかもしれない。
大罪魔法を設定を超えて覚醒し、攻略法がないと言っても差し支えない魔法を独自の理論で無力化する。
……今後はサラをもっと注意深く見ておかなければ。
何がどこで俺の不遇っぷりを発揮させてくるか分からないからな。
頭から離れた手を物惜しそうな目で見つめるサラを見ながら、そう思う俺だった。




