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第三十五話 見るものと叶える者

 ノウ家の訓練場は、さほど騎士の訓練に力を入れていないのかあまり実用的な空間とは思えなかった。

 視線を向ける先々の壁によくわからない旗や装飾品が飾られ、ここで魔法など使うようならばすぐにでも落下してきそうである。


 床にもよくわからない宝飾された線? のようなものが入っているのだが、日本の体育館の床に貼られたラインテープにしか見えない。


「どうでしょう? 我が家自慢の訓練場です! 細部にまでこだわったのですよ!」


「うむ、騎士共は恐れ多くてここでの訓練は避けてしまいそうだな」


「そうでしょうそうでしょう! ですが、ファレス様は流石。この部屋の方が霞んで見えてしまいます」


 ……一瞬、嫌味に反応されたのかと思ったがどうやら違いそうだ。

 これ以上阿呆なやり取りを続けるのは面倒だし、早速本題に入るとするか。


「よし、ではクゾーム殿に俺の魔法をお見せするとしよう」


「おおっ! 是非ともお願いします。皇帝陛下直々にお目にかかられた魔法をこうして直接披露していただけるなど何たる光栄か!」


 ……こいつそんなおだて方でどうにかできると思っているのか?

 そんなもので調子に乗るのなんて原作ファレスくらいだぞ。

 原作のクゾームはもっとうまくやりそうなキャラだったものだが……。


 内心そんなことを考えながらも、今の俺はその原作ファレスを忠実に再現しなくてはならない。


「さぁ、その期待に応えて見せようぞ!」


 完全に調子に乗り切った自分を演じながら、俺は両の拳に火を纏う。

 ボウっという鈍い音がして俺の拳周りの空気が揺らぐ。

 その空気は熱気を伴った風となり、訓練場の壁に飾られたよくわからない旗を震わせた。


「どうだ?」


「おおっ! それはっ! ファレス様はお父君と同じ火属性の魔法を覚醒されたのですね!」


 父の魔法は帝国内ではかなり有名だ。

 それもそのはず、ああ見えてあの父はこの国では英雄と呼ばれる人間の一人なのだ。

 まあ、その話はいずれどこかでするとして……


 俺は目ざとくクゾームの表情を観察していた。

 だから、その一瞬を見逃さなかった。

 想定内に事が運んでいるとでも言いたげな、クゾームの不気味な笑みを。


「ああ、いずれはこの魔法で父をも超えて見せよう」


「ええ、ええ! ファレス様ならば必ずや成し遂げられることでしょう!」


「ふん! よくわかっているではないか!」


 自慢げに鼻を鳴らし胸を張って見せる。

 さぁ、来い! 『怠惰』の力は俺がお前よりうまく扱ってやろう!


「ファレス様、そんな素晴らしい魔法を持つあなた様にぜひ、私へ魔法の手ほどきなどしていただけないかと思っているのですが……如何でしょうか?」


 俺の想定通りのタイミングでクゾームは仕掛けて来た。

 あくまで自然にクゾームが魔法を使えるタイミング。

 それを作らせるために恥ずかしい演技をした甲斐があった。


「ふむ……良いだろう。見せてみよ!」


 それを聞いたクゾームが今度はそのニヤけた顔を隠そうともせずにこちらを見て笑った。


「ありがとうございます。……ではっ!」


 ――瞬間、酩酊感のような不快な感覚が全身へ走る。

 正面を見ていたはずの視線はグラグラとふらつき、段々と見える景色も変わっていく。


 過度な装飾で明らかにおかしな様相を呈していたはずの訓練場は我がアゼクオンのような実用的でどこか気高ささえ感じさせるような趣に成り代わり、なんだか視線も高くなっているように感じる。


「どうでしょう? これが私の魔法なのですが、やはりファレス様ほどのインパクトには欠けてしまいますよねぇ」


 ニタニタと気味の悪い笑顔と声でクゾームが話しているが、どういう訳かそれが全く不快に感じられない。

 それ以上に抗いようのない眠気のようなものが全身を襲ってくる。


「……あぁ、うぐぅ……」


 なんとか感想を述べようとして口を開くが言葉が出て来ない。

 頭では言葉が形になっていると言うのに、それを出力する手段を失ってしまったかのようなそんな感覚だ。


「ああ、流石はアゼクオンの血。私の魔法を受けてもなお口が利けるとは……まあ、残念ながら言葉にはなっていませんがね」


 ほう……?

『怠惰』の魔法には相手の言語能力を喪失させる力もあったのか?

 いや、そんな話聞いたことがないのだが……だが、言われてみればこの屋敷に入ってからクゾーム以外の声を聞いていない気がする。


「……ですが、そろそろ限界のようですね。では、数分ほどお休みください。起きれば晴れてあなたも私の手駒の一人ですよ!」


 やはり凶悪で強い力だなこの『怠惰』の魔法は……。

 なんとしても俺の力にしなくては……。


 後はサラに屋敷の外に連れ出してもらうだけ。

 サラの『嫉妬』でクゾームの動きを止めて、そのうちに屋敷を飛び出せば、問題なく俺の意識も戻るはず……。

 さすがのサラでも『怠惰』の魔法に正面から向かい合うのは無謀だから、まっすぐ逃げてくれよ……。

 段々と細くなっていく意識の中で俺が最後に考えていたのはそんなことだった。


 ◇◇◇


 私がその趣味の悪い訓練場? のような部屋に足を踏み入れたのはファレス様が崩れ落ちていく瞬間だった。


 もちろんこれが、この状況がファレス様の意図した物であることは重々承知している。


 だが、やはりこうして直接目の当たりにすると信じられないという衝撃と、そんな感情でさえ吹き飛ばしてしまいそうなほどの圧倒的な殺意が身を包んだ。


「貴様のような下賤な男が易々とファレス様の寝顔を見るとは……断じて許せない!」


 本当はぐちゃぐちゃにいたぶって、一瞬でもファレス様へ不敬な念を抱いたことを後悔させてやるつもりだった。

 もう貴族だと名乗れなくなるほどにズタズタにそのプライドを引き裂き、情けない恰好で街を一周させてやろうとか、海の神とやらのエサにでもしてやろうとか、一人になってからの短い時間で様々なプランを考えた。


 しかし、どんなプランも計画も「私以外の者がファレス様の寝顔を見た」という『嫉妬』の感情が塗りつぶしていった。


「む? 貴様は……ああ、ファレス様のメイドか。うーん、顔も体もきっとあと数年したら極上になりそうだけど、僕、その反抗的な目って嫌いなんだよね」


 ここでようやく私の存在に気が付いたクゾームが舐め回すような視線で私を見てそう言った。


「僕のことを悪く思うのは止めて欲しいなぁ。本当なら今日じゃなくて最終日辺りに街中でファレス様を僕の手駒にするつもりだったのに……そうすれば、ファレス様が稼いでくれた民への好感度を僕が引き受けることができるだろう?」


 ファレス様へ魔法をかけることに成功したのが余程嬉しかったのか、クゾームはぺらぺらと自分の計画を聞かせてくる。

 その一言ひとこと、言葉の一文字いちもじが私の癪に障る。


「まあ、良いか。貴様の反応で満足するとしよう。ほら、今ならこうしてっ!」


 クゾームがファレス様の顔の横まで歩き、その足を振り上げる。

 そして、まさにその足が振り下ろされようとした瞬間。

 私の脳から、理性というリミッターが消し飛んだ。


「ファレス様の尊きご尊顔を拝謁するにとどまらず、傷をつけようと?」


 私の足元から漆黒の蛇が飛び出していく。

 その蛇は瞬く間にクゾームの下へとたどり着き、足が振り下ろされる前にクゾームの身体を拘束し締め上げていく。


「ん、なぁっ!? こ、これはっ!? なにが! どうなっている!?」


 十字に吊るされた罪人が如く晒し上げられたクゾームが驚き、喚き散らしている。


「なにもどうにも、現状の通りでしょう?」


「くっ! こんな隠し玉が……だが、残念だったな! この距離は僕の射程圏内だっ!」


 冷静に告げる私にクゾームが何らかの魔法を用いたことはすぐにわかった。

 だが、私の身には何の変化も起こらない。


「はっ! ははっ! どうだ! 僕の魔法は、最強だぁっ!!」


 何の変化も起きず、呆然としていた私の態度をクゾームは魔法の成功と勘違いしたのか、笑い叫んでいる。


「ははっ! どんな夢を見ているのかは知らないけど、僕の言うことを聞け! この魔法を解除するんだ! その後でたくさん躾をしてやろう! この僕が新しい主だとなっ!!」


 夢……ああ、そうか。

 そう言えばファレス様はこうおっしゃっていた。

「奴の魔法で夢を見せられると、その夢と現実の区別がつかなくなるんだ」と。


 では、夢と現実が一致している私にはいったい何が見えるのか?


 なるほど、流石はファレス様です。

 基本的に何が相手でもファレス様をお守りするつもりではありましたが、それでも百パーセントなんてことは基本的に不可能、あり得ないでしょう。

 身近な例を上げれば、レド様やご当主様などからファレス様を守るというのはどうしても実力不足でしょう。


 ですが、クゾームの魔法、この魔法に対してだけは私には百パーセントがある。

 私の理想は、夢は、今なお現実で更新され続けているのですから!


 そして、私が夢を叶え続けているということまでも戦略に組み込み、一見危なそうに見える橋を確実に渡り歩いていく、ああ、なんて、なんて素晴らしいんでしょう!


 ……と、ファレス様の覇道に身悶えしている場合ではありませんね。

 目の前の不快な音を排除しなくては。

 私の主は父でも皇帝でも、もちろん貴様でもない。

 この世でたった一人、ファレス様のみ。


「主を騙る不届き者。その下種な思考と生き様を改め、ファレス様に忠誠を誓いなさい。このお方の犬になるというのであれば、命だけは許しましょう」


「なぁっ!?!?!? 僕の魔法が効いていないだとっ!?」


「当然です。クゾーム・ノウ、貴様に一つ良いことを教えて差し上げましょう。夢は見るものではなく叶えるものなのですよ」


 ぎり、ぎりと『嫉妬』の魔法へ力を込めていく。


「なっ、おい! まて! 待つんだ!」


 ゆっくりとその力を左へ右へと伸ばしていく。


「うっぎぃぃぃ! や、やめ――」


 情けない声が耳に届くか届かないかのタイミングで私は急に魔法を解除した。

 Tの字に伸ばされていたクゾームは空中で突然支えを失い、真っ逆さまに落下。


「ぶへっ」


 と、何とも間抜けな顔と声を晒して頭上に星を浮かべている。


「ふぅ……これでよろしいでしょうか? ファレス様?」


 まだ、夢の中にいらっしゃる最愛のお方に声をかけ、目覚めるのを待つことにした。

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