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第三十二話 役割

 ファレスが拠点に戻ると拠点の空気は今朝とは一線を画す賑やかな様相を呈していた。


「なにがあった?」


 街に出る前はポツポツと作業中の騎士などの姿が見えただけだったのだが、現在は――


「ほら、あんたたちちゃんと並びな!」

「爺共は最後だよ! 子供達に行き渡ってからさ!」


 見覚えのない女性たちが調理器具を手に活き活きとしている。


「あっ! ファレス様!」


 呆気にとられている俺にエプロンを着けたクインが駆け寄ってきた。


「……クイン? その恰好は? そしてこれは一体どういう状況だ?」


「調理をするには必要でしたので! 状況については、詳しい報告は夜に。とりあえず街の方々へ食事の提供をと思いまして……」


 なるほど。

 だが、これほどの食糧……王都からの食糧支援が到着したのか?


「おーい! 嬢ちゃん! あの香辛料はどこだい?」


「あっ、はい! それなら――っと、すみませんファレス様。詳しいことは後ほどご報告させていただきますので!」


 ……珍しく慌ただしい様子のクインが再び調理スペースの方へ戻って行く。

 その背中は確かなやりがいとやる気に満ち満ちていた。


「ほう……クインの判断でこの街の住人を巻き込んだ炊き出しをすることにしたのか。良い判断だな。それにしてもこの街の住人は男性も女性も本当に強いな」


「……なかなかやりますねクイン・スペーディア。女狐……いえ、そこまで賢くはなさそうなので女狸と言ったところでしょうか?」


「……」


 俺はサラの呟きには聞こえないふりをして自室へと戻った。


 ◇◇◇


 さて、次は何を進めるべきか?

 サラが貰って来てくれた昼食に手を付けながら思考する。


 ナバラたちに造らせる造船の材料の確認は明日の朝までに最低限やっておく必要があるが、おそらくそう時間のかかるものでもないだろう。

 クインかレドに聞けばすぐに済みそうだ。

 必要なものはそれこそナバラたちでないと判断できないだろうし……。


 では、やはり海の調査を?

 だが、それにも問題がある。

 もし、ナバラの言う海の神とやらが魔物のような敵対する生物だった場合、海上での戦闘経験がない騎士たちでは危険だ。

 アゼクオンの騎士がどんなに優秀でも、アゼクオン領は海に隣接しているわけではない。

 さすがにそんな状態の騎士を調査に出すわけにはいかない。

 そもそも船もないもんな……。


 とすれば、街の建物の復興だろうか?

 海沿い以外の被害状況はおそらく今日明日辺りにでも報告が上がってくるだろう。

 これに関しては事前にレドを通してノウ領のスペーディア商会の支店に遠話の水晶で指示を出していたことが大きかった。

 大人数の遠征とは言え、それでも僅か百名程度ノウ領の中心部であるこの街の被害状況の確認には到底足りない。


 やはり通信網とは偉大な発明だったのだと、まざまざと実感させられる。


 食事をしながら、俺の部屋に積まれている報告書にも目を通していく。


 まず最初に目についたのは人的被害についての報告書だ。


 残念ながら死者がゼロという訳にはいかなかったようだ。

 だが、言われてみればこの国最大の漁船が難破したにも関わらず、ピンピンしていたナバラがとてつもない幸運なのであって、大荒れで救助も出せなかったであろう海からおそらく自力で生存しているのは、流石ファンタジー世界と言ったところだ。


 それに、不幸中の幸いというかこの街の人々の考え方として、海と共に在り、命が終えるときは海にその身を沈めるという物がある様で、魔物との戦闘で命を落とすよりかは悲観的になりすぎずに済んでいることも、この街の人の強さにつながっているのだろう。


 次に目についたのは今回の災害とは直接関係のない報告書。

 今年の税率についてだ。

 ナバラが語っていたクゾームが父のバガデムに変わって政治の中心に成り代わったという件。

 この街の人々がノウ家に収める税は生産の五十から六十パーセント程度、まあ、これについてはなくもないと言う範囲なのだが……ん?

 頭の中で情報を整理しながら、思わず自分の目を疑った。

 生産量にかかる税ではなく、収入にかかる税が五十から六十パーセントだと!?


 ……言われてみればそうだ。

 この世界での帝国は貨幣の行き渡った貨幣社会。

 穀物生産中心の中世社会とは違う。

 と言うことはつまり……所得税が最大で六割だと!?


 ば、バカなのか!?

 通りで貨幣社会で帝国内は貿易も自由に開かれていると言うのに食料不足になる訳だ。

 食料不足なのではなく、自分たちで獲る魚以外を買う余裕がないんだ。


 そりゃあ、炊き出しでこれほどの盛り上がりを見せるわけだ。

 ……ゲーム世界に現代レベルの社会構築を望むつもりはないが、帝国全土で税制は一律にすべきだろう。

 現代日本じゃ土地による物価の差についてだって噛みつく人がいると言うのに……通信網の整備や民の知力向上と言うのは、社会の発展のためには重要なのは間違いないが、それが実行できる基盤がないのであればやはり安易にすべきことじゃないよな……。

 

 そんなことを考え、報告書を片手に見ながら器に向けて伸ばしたスプーンが空虚な音を立てたことで自分が食事を終えていることに気が付く。


「お代わりをお持ちいたしますか?」


 そんな様子をバッチリとサラに見られ、優しげな眼付きでそう聞かれる。


「いや、……大丈夫だ」


 何だかサラからの視線が先日から変わっている気がする。

 どうにも妙にかわいがられているかのような……母から俺の体調管理を頼まれたせいだろうか?


「ファレス様、お疲れではないでしょうか?」


「まだ、こちらに来て二日だ。この程度で俺が疲れるはずがないだろう」


「では、私にしてほしいことはありませんか? なんでもやります!」


 それに、やる気も妙に高い。

 キラキラした目で俺の方を見ている。

 そう言われても、一通りの整理を食事中に済ませてしまったし、こういう状況で俺のやることはかなり少ないんだよな。


 実際に管理職は仕事を振って、上がって来た報告書などを処理して次の仕事を振るものだ。

 現代では、社長自らがやるべきことは多くあるが、ここでは俺は外様の貴族。

 それに皇帝の名代と言う肩書まで乗っているのだ。

 下手に手伝いなどを買って出て、皇帝の品位を下げたと見なされれば……あの皇帝ならば問題ないかもしれないが、基本的に貴族とは臣下を動かす立場。

 軽率な行動はかえって危険になりかねない。


「では、それを自分自身で考えよ。俺に必要だと思うこと、俺のためになるとお前自身が考えたことをするのだ」


「なるほど。承知いたしました!」


 元気よく返事をして俺の食器の片付けに走るサラ。

 ふぅ……何とかやり過ごしたか。


 そう俺が一息ついて居るところに控えめなノック音が響く。


「入れ」


「失礼いたします」


 入って来たのはレド。

 見慣れない蝶ネクタイを身に着けて、その表情は普段以上に真剣な面持ちをしている。


「どうかしたか?」


「……ノウ家のクゾーム・ノウ様についてお耳に入れておきたいことがございます」


「ほう? なにかあったか?」


 クゾームの情報か。

 大体知っているが、俺がこの世界に来てからという物、知らないことが多く起こっている。

 聞いておいて損はないだろう。


「これは昔の伝手で小耳にはさんだ程度の情報なのですが……」


 元剣聖の伝手というと信憑性はかなり高そうだ。


「昨年のクゾーム様の誕生日、彼は魔力覚醒を果たしたようなのですが……その翌日以降ノウ家現当主とその夫人の姿を見た者がいないそうなのです」


「……なんだと? それはつまり先日の陛下の生誕祭にも出席していないということか?」


「はい。確かに陛下の生誕祭は子爵以上の爵位を持つ貴族家に参加義務がございますが、中にはご高齢かつ後継ぎが幼い貴族様もいらっしゃるため、直筆の手紙とそれが分かる物があれば、代理人の出席でも可能となっております」


 ……まあ、ここが現実なのだとすれば、そのくらいは当たり前か。

 だが、去年からと言うのはいくらなんでもおかしい。


「今年の出席者はクゾーム様だったようです」


「なるほど。それで?」


 俺が口を挟んだせいで逸れてしまった話を戻し、レドに続きを促す。


「はい。これについては本当に噂程度だと思っていただきたいのですが……ノウ家の現当主とその夫人が既に亡くなっているのではないかと」


「!?」


 衝撃の言葉に思わず周囲を確認する。

 こんなこと他の人に聞かれでもしたら大事だ。


「ご心配為されずとも、防音の効果のあるこちらの蝶ネクタイを着用しておりますので」


 俺の心配を見透かしてそう言うレド。

 なんだそれ、本当に聞いたことのないアイテムも多いな。

 俺は結構『マーチス・クロニクル』をやり込んでいたはずなんだが……この手袋もそうだが、何だか自信を無くすな。


「そうか」


 自分の手元に視線を落としながら、そう答える。


「それで、つまり今のノウ家は政治関連だけでなくそもそもがもはやクゾームに乗っ取られていると?」


「はい。その可能性が考えられます」


 そう言う話は出来れば事前に教えておいてほしい。

 特に皇帝め!

 ……いや、落ち着け俺。これはそれほど問題ではない。

 確かに衝撃は大きいが考えられないことではないのだ。


 クゾームの魔法なら殺さずとも似たようなことが可能なのだ。


 なぜならヤツの魔法は、大罪魔法がひとつ『怠惰』を冠する魔法なのだから。


「そうか……情報提供感謝する」


「いえ、お忙しい中、心労を増やしてしまい申し訳ありません」


 レドはそう言いながら部屋を出て行った。


 深呼吸を一つ。

 そして以前サラが見せた風の幕でこの部屋を覆う。


「つまり、この件を解き明かすことも俺の役目ってことか?」


 道理で易々と皇帝の名代なんて肩書を持たせてくるわけだ。

 本当に食えない爺だな皇帝。


「とりあえず明日以降にもう一度ノウ家の屋敷に行ってみることにするか……」


 できればクゾームにはもう会いたくなかったのだが、こうなればもう仕方がない。

 なにせファレスの代名詞は()()なんだからな、すべてがうまくいくなんてことはない。そう言う星の下に生まれているのだ。


 ◇◇◇


「陛下、ファレスくんは陛下の真の意図に気が付くのでしょうか?」


 皇帝の執務室。

 そこでいつも通り話し相手をさせられている騎士隊長グレイグはそんなことを問いかけた。

 

「さぁ? どうであろうな」


 そう言葉を濁す皇帝だが……その目はどこか遠くを見据えており、口元には不敵な笑みを携えていて、確実に何かを確信している、と、グレイグにはそう見えていた。


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