第三十一話 海の男
翌朝、朝から俺は街に出ることにした。
昨日の報告で、ある程度の状況は掴めていたが、やはり現場の状態はこの目でしっかりと確認しておきたい。
「あんた、どこかの貴族様かい? あんたみたいな子供が海に行くのはやめておいた方がいいぜ」
そう思ってサラと昨日報告に来てくれた騎士をつれて、海沿いの方へ向かっていると街を歩いている老人に声をかけられた。
見た目の割に体格のいい背格好をしており、おそらく漁師なのではないだろうか?
「貴様! ファレス様に向かって何という口の利き方を!」
「よせ、ここはアゼクオンではない」
騎士が剣に手をかけて威嚇するのを手で制し、老人の方を向く。
「ご老人、親切な忠告感謝する。良ければなのだが、今の話の理由を聞かせてもらってもいいだろうか? 昨日遠目に見た限りでは、波も穏やかで近づく程度なら問題なさそうに思えたのだが」
「ああ、別に構わないよ……。これは俺たち海の男に伝わる話でさぁ――」
その老人は海の方へ目を向けながら語り始めた。
「これは俺の爺さんから聞いた話なんだがよぉ、この海には決して怒らせてはならない神サマってもんが居たらしいんでさぁ。普段は温厚な神サマらしいんだがよぉ、海で魚を取りすぎちまうと神サマを怒らせちまって、船を沈められるってな話しよ」
騎士が怒った口調でも大分遠慮してくれていたのか、話しているうちにどんどん素の言葉遣いになっていく老人。
だが、そんな口調が気にならない程、老人の話は興味深いものだった。
「ほう。そう言えばこの街の建物に比べてノウ家の屋敷は大分華美だったな。もしや税の取り立てを増やされたか?」
そんな老人の態度の変化に当てられてか俺も素の口調で質問をする。
「ああ! あのクソ野郎どもは毎年毎年税を増やしやがるんだ! だっつうのに、大波の後はすっかり家に引っ込んじまって顔すらだしやしねぇ」
どうやらノウ家に対してだいぶ怒りをため込んでいるらしい。
おかしいな? 原作ではクズだったが外面は良かったはずなんだが。ここまで顰蹙を買っているとなるともはや反乱が起きてもおかしくなさそうだ。
「つまりはこういうことか? ノウ家の増税に応えるために仕方なく漁獲量を増やしていった結果今回のような大波が起きたんじゃないかと」
「ああ、それもこれもクゾームとか言うノウ家の次期が政務を取り仕切り始めてからだ! だからもし本当に海の神サマが怒ってるってんなら、同い年くらいのあんたも狙われちまうかもしれねえ」
……なんだと?
クゾームが当主に変わって政務を?
そんな話は聞いたことがないのだが?
ノウ家の当主は本当に何をしているんだ?
「そうか、ありがたい忠告だな。だが、一つ聞きたい。見ての通り俺もノウ家と同じく貴族なわけだが、あのノウ家を見ても貴族を嫌わないのか?」
「ああ? そんなもんは当然だろう? ノウ家がクソなのは間違いないが、あんたは昨日から来たあの兄ちゃん姉ちゃんたちの親玉だろう? あれだけの人を連れてこんな辺鄙なところまで来てくれんだ。感謝こそすれ、嫌うなんて俺たち海に生きる男にはありえねぇよ!」
強い人だ。
ノウ家の圧政にも屈せず、津波の被害に遭っても絶望に顔を曇らせることなく、物事を俯瞰できる広い視野を持っている。
この人は間違いなく復興の鍵になる。
「そうか、流石は大海に生きる男だな。……改めて名乗らせてもらおう。俺はファレス・アゼクオン。隣のアゼクオン領より皇帝陛下の命を受け、その名代としてこの地の復興を成し遂げに来た」
そう思った俺は一市民には過分なほどにしっかりと自分の名を告げる。
「………………。ガハハッ、こりゃ参った。陛下の名代と来たか! 若いのに凄いんだな! 俺はナバラってんだ。この街で一番でけえ漁船の船長だ。ま、沈んじまったがな!」
すると、衝撃に一瞬固まった老人だったが、すぐに力強く笑い、名乗り返してくれた。
さすがは海に生きる男、器が大きい、それに加えてなんと船長だったようだ。
これはとんでもない拾い物だ。
「なあ、ナバラよ。この街で使ってた船というのはどこで造られていたんだ?」
「あん? そんなもん決まってんだろ? 自分たちで船を造って、それで魚を獲るんでさぁ! 船はいわば俺たちの身体みてぇなもんだ。よそ様に造ってもらってんじゃ、海で背中を任せらんねぇだろ?」
ああ、最高だ。
立場さえなければ今すぐノウ家を滅ぼして、俺がこの街の貴族に成り代わってやりたい。
アゼクオンの臣下たちのように敬ってもらうのも、俺の根底に宿る世界最高の高慢な心が満たされてそれはそれで気分がいいが、こういう豪快な男のプライドを感じさせる空気も悪くない。
「ほう、つまり造船の腕にも覚えがあると?」
「当たり前でさぁ!」
「もう一度海に出たいよな?」
「ああ!」
「よし、ならば明日の朝、仲間を集め、街外れの俺たちの拠点まで来るが良い。造船に必要なものを言えば俺が支援しよう。今あるもので造船を始めてもらっても構わない」
「ガハハハッ! さすがはその歳で陛下に気に入られるほどの御仁でさぁ! 分かったぜファレスサマ。明日の朝だな? 若い衆も爺共も皆引き連れて行かせてもらうぜ!」
ニイィっと歯を見せて豪快に笑ったナバラは歳を感じさせない動きで走って行ってしまった。
「……失礼なのは言わずもがなですが、良い方なのはよく伝わってきましたね。ファレス様に止めて頂けて良かったです。あんな御仁に刃を向けるのは帝国の損失でした」
「ああ、きっとナバラに自覚はないのだろうが、あれで帝国の漁業を支える漁船の船長なんだからな」
ナバラとの会話を聞いていたおかげか、騎士の態度も少し変わった気がする。
「さすがはファレス様、あの短時間でそんなお方の心を完全に掴んでしまうとは……」
サラはそう呟き、なにか神聖なものでも見るような視線を向けてきている。
心を掴んだというよりかは、ああいうタイプの乗せ方を知っていただけだが、まあわざわざ説明する必要もないか。
「さて、どうするか? 予定では海沿いに行く予定だったが、ナバラの話によれば海の神とやらに狙われるかもしれないらしいが……」
……まあ、どんなに大層なものが出てきても即死することはないだろうし、最悪撤退してレドに斬って貰えばいいから、そこまで気にすることでもない気がしているのだが……。
「止めておきましょうファレス様。何が起こるかわかりませんし、万一があってはなりません」
俺の呟きに騎士がそう反応し、それを聞いたサラも昨日の夜ぶりの姉モードでうんうんと頷いている。
「では、予定より少し早いが戻ることにするか。造船に使うであろう資材も確認しておきたいしな」
望外な出会いのあった有意義な時間だった。
俺たちがもっと民に受け入れられれば、さらに復興は加速するだろう。
確かな手ごたえを持って拠点へと戻った。
◇◇◇
「どうしよう? いったい何をすればファレス様のお役に……」
ファレスが街へ出ている間、クインは一人(実際にはレドも同室にいるのだが)、頭を悩ませていた。
「私も街の様子を見に行った方が? いや、それとも街の人たちに話を聞いて必要なものを確認すべき?」
やるべきことと出来ることの区別は難しい。
そして商会の責任者としてこの場にいるクインには出来ることが多くあるため、その判断は経験の浅いクインにとっては混迷を極めていた。
「お嬢様、外にお客様が」
そんなクインにいつの間にか部屋を出ていたレドが戻って声をかけた。
「へ? え? 私にお客さん?」
「いえ、正確にはファレス様のお客様ですが、王都からの食糧支援だそうです」
「食糧支援? 王都から?」
その単語を聞き、クインは道中のファレスとの会話を思いだした。
◇
「恐らくノウ領でもっとも早急に解決すべき問題になるのは食糧問題だろう」
「はい……ですが、スペーディア商会の支援だけで足りるかどうか」
「いや、そこは心配しなくても良い。クイン、香辛料の類は持ってきているか?」
「は、はい。食料が少ない中どうして香辛料ばかり持つのだろう? と思いましたが、母に持たされましたので」
「そうか、ならば問題ないな」
「?」
◇
「そっか!! レド、その食糧って私が使っても大丈夫かな?」
「お嬢様、ここのナンバーツーはあなたですよ」
「! うん! じゃあレド、アゼクオンのメイドさんとかに声をかけて料理できる人を集めてもらえる?」
「かしこまりました」
正解だと言わんばかりにレドが微笑む。
レドに背中を押され、クインは一歩を踏み出した。
自分で判断し、行動するという第一歩を。
「きっとこれが、今の私に出来ること。私でも分かることはファレス様の指示を待つ必要はないんだ」
ファレスの意図を理解できたことで自信がついたのか、自室に引っ込んでくよくよ悩んでいた数分前のクインはもうどこにもおらず、自身も部屋を飛び出し、調理器具が積んである倉庫の方へ走り出した。
少しして――
何やら倉庫で物音を立て始めたクインの様子を見て集まって来た騎士やその他の人によって、大きめの野外調理スペースが完成した。
「皆、手伝ってくれてありがとうございます!」
丁度そこにレドが十名ほどのメイドを連れて戻って来た。
「お嬢様、お連れいたしました」
「ありがとうレド。皆さん突然すみません! 今、ファレス様が手を回してくださった王都からの食糧支援が届きました。これを使って料理を作り、ノウ領の皆さんに振る舞いたいと思います! ですが情けないことに私に料理の心得はありません。 どうか手伝っていただけませんか?」
クインは自分に自信がないおかげか、一度開き直ってしまえば立場など関係なくできないことを惜しげもなく発言することができるようになっていた。
そして、そんな素直な姿勢がファレスとは違う方向性でアゼクオンのメイド達の心に刺さった。
「もちろんですよクイン様。素晴らしいお考えかと。私たちでよろしければ喜んでお手伝いさせてもらいます!」
「俺たちは料理は出来ませんが、街の人たちに宣伝してきます! 配るのなら人に来てもらった方が早いでしょう?」
「皆さん! ありがとうございます!」
貴族位など、欠片も感じさせない深々としたお辞儀を見せるクイン。
だが、それを見つめるレドの口元には優しい笑みが宿っていた。
「お嬢様の才能はやはり貴族社会ではなく、一般社会でこそ発揮されるもの。サラ嬢には申し訳ありませんが、やはりお嬢様にファレス様と結ばれて欲しいものです」
こうしてクインもファレスのあずかり知らぬところで確かに成長を遂げていくのだった。




