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第三十話 浮かび上がる疑念

 ノウ家の屋敷から街へ戻ると、アゼクオンの騎士たちとスペーディア商会の男性従業員が街外れの方に仮拠点を建設しているところだった。


 街外れとは言え、ここはまだ街の範囲内だろう?

 こんなところにいきなり建てていいのか?


 俺がそんな疑問を持っていると、そんな胸中を見透かしたかのようにレドがこう言った。


「この辺りは地盤が緩く建造には向かない場所ですので簡易拠点の建設程度でしたら問題ないかと」


「そうか……」


 いやいや、じゃあもっとダメだろう?

 災害の復興に来た俺たちが、もしまた災害に遭ったら元も子もないじゃないか。

 ……だが、辺りを見渡してもここ以上に適任な場所は見当たらず、こればかりはやむを得ないかと飲み込むことにした。

 幸い漁港の街はずれと言うこともあり、海からはある程度距離があるため、津波による被害の心配がなさそうなのは不幸中の幸いと言ったところか。


「ファレス様、御身にお休み頂くお部屋の準備は整ってございます」


 心配している俺の下へアゼクオンの侍従の一人が駆け寄って来てそう告げた。


「わかった」


 案内されてついていくと、これを即興で建てたのか!? と思えるような立派な小屋が建っていた。

 騎士たちが作っていたのはモンゴルの移動式テント、いわゆるゲルのようなものだったため、そう言うものを想像していたのだが……ほんと、魔法ってすごいんだな。


「先日のアゼクオン領での復興での経験が活きました!」


 そう言って少し誇らしげにしている侍従。

 いや、うん。

 きっともっと誇っていいよ。

 これを即日で建てるなんて現代文明でも難しいから。


「……そうか。良い仕事だ。その腕を明日以降も存分に発揮してくれ」


「はい! ありがとうございます!」


 アゼクオンの臣下はやはり相当優秀なのかもしれない。

 

 俺はそんな小屋のドアに手をかけ、開く。

 建付けも全く違和感を覚えるところはなく、基礎もしっかりしているのか、格安アパートなどで見られるようなあの特有の部屋の傾きなども感じられない。

 外見では分からなかったが部屋も三部屋用意されており、おそらく一番奥の大きな部屋が俺用で手前の二部屋はクインとその護衛であるレド、それにサラ用だろうか?


 侍従なんかより建築家になるべきなんじゃないか?

 いや、もう手放す気はないが。


 内装もさすがに装飾などはほとんどないがシンプルな造りとなっており、一部屋一部屋に簡易ベッドやどうやって運んだんだ? と思えるような大きさの机も備えられている。


「さすがはアゼクオンの臣下の方々ですな。これほどの物を準備されてしまうとは」


「いや、これもスペーディア商会の支援あってこそだろう。そう言う契約とは言え、これには感謝せねばならないな」


「感謝ならばお嬢様に。あの後の短時間でファレス様に最も快適にお過ごしいただける空間を作ると準備されておりましたので」


 なんと……用意が良いと思ったら、俺のためにクインが用意してくれていたのか。

 道理でやけに凝っていると思ったわけだ。

 

「そうだったのか。心遣いに感謝するぞクイン」


「いえ! こんなものしかご用意できず……それに建造にはアゼクオン臣下の方々のお力も借りてしまったようですし」


「それについては全く気にする必要はない。此度の復興ではお前がこの一団のナンバーツーのようなものだ。スペーディア商会側の責任者なのだからな。適材適所、使える者は使えるところにあてがうのが責任者の役目だ」


「はい、ありがとうございます」


 謙遜して見せるクインだったが、俺の反応を見て感謝していることが伝わったのか嬉しそうにしている。

 うむ、現場に来ても緊張していないようで何よりだ。

 明日以降は忙しくなるだろうが、是非この調子で頑張ってほしい。


「さて、日中の街の報告を聞きたい。サラ、作業中の者何名かに声をかけ俺の下へ報告に来るように伝えてくれ。クインにはとりあえず、俺からは指示は出さん。自分で必要だと思うことをせよ。確認が必要だと思えばいつでも来てくれて構わない」


「承知いたしました」


「はい! 頑張ります!」


 ススッと足音もなく仕事を始めるサラととりあえず何かしなきゃと言わんばかりにキョロキョロとし出すクイン。

 サラは言わずもがなだし、クインにもレドがついていてくれるだろうから俺が気にする必要はないだろう。


 残った俺がすべきは――


「ファレス様、メイドと騎士の責任者をお連れしました」


「ああ、入ってくれ」


 状況確認と明日以降の方針決定だ。


「作業ご苦労だった。疲れているところ悪いがこの街の状況や人々の現状についての報告が聞きたい。見てきたことの報告をしてくれ」


「「承知いたしました」」


 俺の正面に二人を座らせ、報告を始めさせる。

 まずは騎士の方が話し始めた。


「私は海沿いの家々を見て回って来たのですが、どこも悲惨な状況でした。生活の跡すら波に流されてしまったような状況で、おそらく住民は内陸側へ避難していたかあるいは……と言った状況でした」


 凄惨な海沿いの状況を語る騎士の顔は暗い。

 日本出身の俺としてはその痛みがよくわかる。

 被災地というのは直接被害にあった人でなくとも、その残された光景を見て大なり小なりショックを受けるものである。


 自然の脅威。理不尽の痕跡。

 魔法と言う理外の力をもってしても、普通は立ち向かうことすら許されない人知を超えた大いなる力。

 昔の人が自然災害を神の怒りに例える気持ちもよくわかる。


「私は内陸側で人々の話を聞いてきました。幸いなことに波に呑まれなかった地域ではまだまだ人の行動は活発でしたが、魚中心の食生活だったこの街では甚大な食料不足に陥りつつあるようです。お腹を空かせて泣いている子供を何人も見かけました」


 母と同じくらいの年齢の女性メイドがそう続ける。

 もしかしたら子供のいる母親なのだろうか?

 そう思わせるほど、辛そうな表情をしている。


 やはり急務は食糧援助か。


「報告ご苦労だった。他に何か気になったことがあれば何でも話してほしい」


 俺の言葉で騎士の男が何かを思い出したように手を打つ。


「そう言えば、海沿いを歩いていた際にこんな状況下でも海に釣り糸を垂らすご老人がいらっしゃいまして、少し話を伺ったのですが、なんでも魚が全くいなくなってしまったと……。その他には話を聞けていませんので、真偽のほどは測りかねますが……」


 ほう……魚がいない?

 少し見た限りでは既に波は落ち着いている様だった。

 確かに津波は海の環境を壊すだろうし、魚が少なくなることは理解できる。

 実際に津波の後は普段はその海域で見られないような魚が獲れることもあるという話は聞いたことがあるが、全くいなくなるというのは妙だな。


 するとその話に反応するようにメイドの方も口を開いた。


「私も大波についての不思議な話を伺いました。確かファレス様のお話ではあの地の揺れが原因で大波が起きるという話だったと思うのですが」


 その話はここに来るまでに俺が語った今回の被害予測だった。

 地震による津波と言えば、プレートが上下する動きで海面の上昇または下降が起こりそれが激しい波となり陸に到達することで起こるものだ。

 そのため、俺は何処かの海底で地震が起こり、その結果として津波が起きたのだろうという話を道中でしていたのだが……


「ああ」


「どうにも、住民によると地の揺れより先に大波が訪れたとのことで……」


 なんだと?

 地震より先に津波が到達?

 それは流石におかしいだろう。

 いくら津波がとてつもない速度で迫ったとしても、そもそも大陸が揺れている地震より先に到達するとは考えられない。


 と言うことは……この津波は地震性のものではないのか?

 

「そうか……。二人とも今日は良い働きだった。もう休んで良いぞ」


「はい! 失礼いたします」

「ファレス様もご無理はなさりませんよう」


「ああ、心配ない」


 こちらに頭を下げて去っていく二人を見送りながら、先の話について思考を巡らせる。


 確かに日本出身の俺としては固定観念として地震と津波がニアリーイコールで結びついていた。

 だが、そうではないのだとすると?


 ああ、ここは日本ではないのに! どうして固定観念を捨てられなかったんだ。

 そうと分かっていれば王都で他の沿海都市の被害を聞いてきたのに……。


 街の人から聞いたという話が本当で、魚もいなくなっているのだとすれば、近海のどこかに問題がある可能性もある。

 例えば、この街に大きな被害を与えた津波を引き起こせるような魔物がこの近海に潜んでいるとかな……。


 聞いたことはないが、ここは『マーチス・クロニクル』の世界なのだ。

 魔法があれば魔物も当然いる。


「沿海部の建物については片付け程度に留めて、海中の調査をすべきだな」


 想定外の厄介ごとの香りを感じながら、俺は思考の海に沈んでいった。


 ◇◇◇


「……ス様、ファレス様!」


 しばらくして俺を呼ぶ声で俺はその海からようやく顔を引き上げた。

 声のする方に目を向ければ、少しむくれた顔のサラの姿があった。


「サラか。どうかしたか?」


「どうかしたか? ではありません!」


 珍しく怒っている様子のサラが早口気味にまくし立てる。


「お食事にも全く手を付けず、もう深夜です! 私は奥様よりファレス様のご体調の管理を賜っております! お約束されていたでしょう? 三食きちんと食べて、夜はきちんと眠ると!」


 なんだか母……というか姉のような雰囲気でサラがそう言ってくる。


「ああ、すまない」


 そんな様子に圧倒されてつい空返事をしてしまう。


「本当に分かっていらっしゃいますか? とりあえずお仕事はこの辺りで終わりです!」


 ……ふむ、まあこれに関してはサラの言う通りだ。

 十一歳の身体であまり無理をしては、今後どんな影響があるか分からない。

 張り切って俺の世話をしてくれるサラを見ながら今日は休むことにした。

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